第六百十二話 最後の懸念を


 ――あの謁見から五日。


 各々、自宅に戻り休息に努めることとなった。

 あの後だが、オルデンとライムはあの場で婚約。ただ、ライムは一度エバーライドへ戻って王都の人間に説明をして落ち着いたらレフレクシオン王国に戻って結婚という流れになるらしい。

 すでにヴィンシュで旅立っており、バスレー先生もヒンメルさんとご両親と一緒にエバーライドへ向かっている。

 しばらくバタバタしているだろうし、機を見て会いに行こうと思っている。

 

 兄さんやノーラ、アイナと両親といったガストの町に暮らしている者達は俺の転移魔法で帰った。結局戦いが終わっても便利だからと繋がったままだからいつでも会えるんだけどね。


 「一気に寂しくなったわね」

 「まあ、サージュとアッシュにサンドタートルはアイナについていったし、ラディナだけだからなあ」


 雪虎達はタンジさんのところからこっちへ来ることはもう無かったので、温泉付きの庭は静かになった。

 ノーラいわく親離れする時期ということもありラディナだけ残ったというわけ。

 

 ファスさんは一度ハインドさんとシャオを連れてあの山小屋へ。

 その内に帰ってくると言っていたけどハインドさんとシャオはどうするんだろうな……?


 「まだ教えたりないことがあるみたいだから、ハインドさんとここに住みそう。シャオはちょっと危険だけど」

 「危険?」

 「ああ、うん、ラースは気にしなくていいわ。これは私達だけの話だし」

 「?」


 マキナがお茶を用意しながらそんなことを言い、俺は首を傾げるが意図は読めなかった。

 静かなリビングでお茶を飲み、一息つく。


 「ふう……これでもうゴタゴタはなにも無い、か」

 「そうね。お疲れ様ラース。私も転生者というのは驚いたけど、ラースみたいに記憶が無いしあんまり実感がないわ」

 「それでいいと思うよ。俺は前世の母さんが配慮してくれたおかげで記憶があったわけだけど」


 おかげでブラオから領主を奪還することができたし、今もこうして不自由なく暮らしていける。

 【超器用貧乏】という過ぎたスキルは神であるリースをも退けることが出来た。


 母さんの意図は俺の前世の努力は無駄じゃなかったことを伝えるため。それと、虐げられていた俺に『家族』が本来優しいものだということを教えたかったんじゃないかなと考えている。

 俺を育てられなかったこと、悲痛な記憶のまま俺が死んでしまったことを埋めるために。


 「これで大きな事件は解決したけど……」

 「そうだな……王都へ来て冒険者をやるという俺の目的は当初の目的だったし、それはいいんだけど……」


 俺とマキナは思うところがあり、セフィロの寝ているベッドへと向かう。そう、結局セフィロは目を覚まさないのだ。

 人間ではないため光合成で生きて行けたりするのだろうか? リースの半身ということなので彼女が居なくなってしまったことが原因なのかと色々悩んでいた。


 だから俺はマキナへ告げる。


 「……セフィロを目覚めさせる方法を探しに旅に出ようか」

 「……うん、そうね。やっぱりこのままにはできないもんね!」

 「結婚式は――」


 俺が口を開こうとしたところでマキナにキスをされて口を塞がれる。

 驚いて目を見開いているとマキナが一歩離れて顔を赤くしながら俺の目を見て言う。


 「いいのよ、そんなことよりセフィロを助けなくちゃ! それに――」

 「ん?」

 「ううん、なんでもない! とりあえずどこから行くか決めないとね!」

 「ああ、ハインドさんやディビットさんみたいに世界を旅している人に聞いてみるのもいいかもな」


 戦いが落ち着いたら、という約束だったのでこのまま旅立つのは申し訳ない。それにセフィロを助けるのがいつになるかも分からないのだ。

 

 「大丈夫だからねセフィロ、ラースと私が必ず助けるから」


 マキナはセフィロの顔を撫でながら微笑む。やはり先に結婚式を挙げるか? だけど元気なセフィロがこのままというのも……そんなことを考えていると、玄関から声がする。


 「ラース兄ちゃんー!」

 「くおーん♪」

 「居るかい?」

 「あれ、兄さんたちどうしたんだい?」

 

 玄関を出ると兄さんとノーラ、それにアイナとアッシュが並んで訪問してきていた。中へ入ってもらうと、開口一番アッシュを抱っこしたアイナが口を開く。


 「セフィロちゃんは?」

 「まだ眠っているよ。お見舞いに来てくれたのか?」

 「うんー! 一緒に遊ぼうって約束したもん!」

 「ということなんだ。転移魔法があるけど一応保護者として僕とノーラがついてきたんだ」

 「そろそろ落ち着いたかなーと思って」


 アイナがどうしてもとせがんだらしい。

 ティリアちゃんも来るつもりだったようだけど、あまり大人数はお見舞いしにくいだろうとベルナ先生が止めたとのこと。


 「うう……起きて遊ぼう……」

 「くおーん……」

 「やっぱりまだダメみたいだね」

 「そうなんだ。ちょうど今、マキナと話していたんだけど――」

 

 少ししたら旅に出ると兄さんたちに告げる。

 最初は驚いていたけど、そもそもあちこちを旅してきたこともあるし冒険者はそういうものかもと肯定してくれる。


 「二人だけー? セフィロちゃんを馬車に乗せて移動するのは大変かもー……」

 「ま、ファスさん達にも声をかけてみるつもりだよ。……ありゃ、また誰か来たか?」

 「私が出るわ」

 「頼むよ」


 アイナとアッシュを寝室へ残してリビングへ戻ると、マキナがルシエールとルシエラ、そしてヘレナとクーデリカ、さらにウルカを連れて戻って来た。


 「あ、ラース君!」

 「久しぶりね、ラース!」

 「お見舞いに来たよ!」

 「やあ、調子はどう?」

 「俺達は元気だけど……それにウルカとヘレナはこっちに居るからわかるけど、ルシエール達はわざわざ来てくれたのか」


 俺が苦笑しながらそう言うとルシエールが笑いながら手を合わせながら頷く。


 「うん! セフィロちゃんも心配だったし、ラース君達にも会いたかったからね!」

 「わたしが誘ったの! あの戦いから日にちも経ったしいいかなって」

 「私は暇だったからよ!」

 「もう、お姉ちゃん!」

 「あはは、またやってるー」


 相変わらずのルシエラにルシエールが憤る。昔よりも仲が良くなっているなと感じる場面だ。

 するとヘレナが口を開く。


 「まあ、ラースとマキナが元気じゃないってことはないかしらねえ。セフィロちゃんを治療するアテはあるのお? アタシとしてはサンディオラで一緒に戦ってくれたから助けたいんだけど」

 

 そういえばヘレナとはそんな関りがあったっけ。

 兄さんたちに話した旅の件を再度話すと、クーデリカとヘレナが握り拳を作ってドヤ顔をする。


 「そういうことならわたしもついていくよ!」

 「そうねえ、旅に出るのも悪くないわねえ」

 「は!? いやいや、それは悪いよ! いつ帰ってくるかも分からないしな」

 「わたしは冒険者だし、いいかなって。マキナちゃん、どう?」


 クーデリカがそう言ってマキナに尋ねる。さすがにマキナも断るだろうと思っていると――


 「うーん……セフィロを守りながらになるから人は多い方がいいかも」

 「え!?」

 「うんうん、そうだよね」

 「や、でもヘレナはアイドルが……」

 「報酬で結構稼いだし、跡継ぎはいるからねえ」

 「まあ、ミルフィは嫌がると思うけど……」


 また無茶なことを言い出すヘレナだがウルカの様子を見ていると道中そんな話をしたのだろう、ミルフィの顔を思い浮かべて苦い顔をするウルカ。


 「ま、まあ、その時は――」

 「私も行く!」

 「ええ!? ルシエールまで!?」

 「その時は……」

 「いや、ルシエラは困るよ」

 「なんでよ!」

 

 冗談はさておき随分と積極的に来るもんだなと訝しむ。

 マキナを見ると笑っている。俺を取られる心配はない、といったところだろうか。まあ、言うだけならタダだし、ルシエールの親父さんやアイドルを止められるとは思えない。連れて行くとすればクーデリカくらいかな? あの力は戦いで役に立つと思うし。


 全員がセフィロのお見舞いを終えてバスレー先生のことを話す。


 「というかラースはバスレー先生の誘いを断ったんだっけ?」

 「当たり前だよ……。エバーライドが落ち着いたら神を倒した俺に王位継承してゆっくり過ごすなんて馬鹿なこと言い出すし……」

 「そんなこと言ってたの!?」

 「相変わらず意味が分からない……ヒンメルさんと二人で王族でいいだろうに」

 「あ、でもリューゼとナルはエバーライドの騎士団として引き抜かれたんだっけ?」

 

 そう、リューゼは一家ごとエバーライドへ引き抜かれ、功績もあるため貴族として移住することになっていた。ナルとの結婚後もこれで安泰だとリューゼは喜び、なによりブラオを貴族に戻すことができたことが良かったという。


 「ま、子供の頃は拗れてたからね」

 「兄さんは死にかけたのに余裕すぎるよ……」

 「デダイト君はのんびりしてるからねー」

 「それはノーラに言われたくないと思うけど……お似合いといえばそうなのかしらねえ」

 「あーあ、どっかにいい男居ないかしら。やっぱラースについていって男を探そうかな」

 「マジで止めてくれよ……」


 本気かわからないルシエラの目が輝き、俺はツッコミを入れた。

 

 「でも私は行きたいかな。レオールさんの移動販売も役に立つと思うんだよね」

 「あ、路銀稼ぎもできるのか」


 と言った話で盛り上がり、静かだった家が賑やかになる。

 とはいえいつ帰れるか分からない旅に付き合わせるのもなあ……。


 そして一度ファスさんと話し合いを行い、俺とマキナの家をハインドさん、シャオと一緒に留守番してもらうように言ってから数日で旅に出ることに。


 「本当にあたしが行かなくていいのかい? こいつらは置いて行ってもいいんだけど」

 「逆ネ、私達も一緒に行けばいいヨ! ラース、一緒に行くネ!」

 「いや、今更だ。ラディナも連れて行くから家だけ頼むよ」

 「ああ……無事に帰ってくるんだよ」

 「俺にも若返りの秘術を……いてぇ!?」


 ファスさんに殴られて庭の反対側まで吹き飛んだハインドさんに苦笑しながら俺は背負ったセフィロを荷台に乗せて御者台へ。

 誰にも知らせていないのでこのまま三人で、と思ったところで――


 「ラース兄ちゃん!!」

 「アイナ!? お前どうして……」

 

 最近、毎日お見舞いに来ていたけど早めに出発してファスさんに説明をお願いしていたのだけど……

 よく見れば困った顔で母さんが後からついてくるのが見えた。

 

 「連れて行っちゃいや! アイナ、毎日お見舞いに来るの!」

 「これはセフィロを助けるための旅なんだ、分かってくれ」

 <なら我が旅に同行した方が安全では無いか? 陸路より空路だ>

 「いや、騒ぎになるだろ……」


 人型サージュが自信満々に鼻を鳴らすが俺達が討伐対象になるからと断りを入れる。そこでアイナとティリアちゃんが荷台へ。


 「そんなことしなくても私達が起きてって言えば目を覚ますもん……」

 「言い出したら聞かないからねぇ、誰に似たのかしらぁ」

 

 一緒に来ていたティリアちゃんも涙ぐんで俺の裾を掴みながらそんなことを口にする。似たのは両親だと思うよベルナ先生……。


 「あー! やっぱり! アタシたちを置いて行こうとしてる!」

 「ラース君! 移動販売馬車を持ってきたよ!」

 「もー、一緒に行くって言ったのに!」

 

 そこへヘレナとルシエール、クーデリカまで登場して玄関先が一気に賑やかに。というかまだ早朝と言っていい時間なのによく気づいたな!?

 

 「みんな落ち着いて」

 「……マキナ、随分落ち着いているね」

 「え、そ、そう?」


 怪しい……。もしかして漏洩したのはマキナだったりして?

 まあそれは後で聞いてみるとして今はこの状況を収集しなければと思う。


 だが――


 「起きて、セフィロちゃん! お別れは嫌だよ!」

 「起きて遊ぼう」


 「この馬車より移動販売の方が広いよ?」

 「でもこの人数よ?」

 「いっそ二台で?」

 「盗賊に狙われることを考えたら……」


 「私も行くネ!」

 「止めとけって、ファスをこれ以上怒らせたら追い出されちまうよ」

 「よく分かってるじゃない、流石は元旦那だよ」

 「まだ旦那だよ!?」


 もう手が付けられなかった……。

 これは出発を延期するべきか? 朝っぱらから騒いでいるので近所の人がなにごとかと顔を見せては『ああ、あそこか』とすぐ戻っていく。全部バスレー先生のせいにしておこう。


 それはともかくどうするかと考えていると――


 「あれ? なんだかセフィロちゃんが光り出したよ!」

 「くおん!?」

 「本当だ……なんだろう」


 と、荷台に乗り込んでいたアイナとティリアちゃんが声を上げたので俺達はそっちへ注目する。確かに光り出しアッシュが驚いてころんと転がった瞬間、


 『もー、うるさくて眠れないよ!! みんな朝から元気すぎるよ!』

 「あ!?」

 「お、起きた!?」

 「嘘!?」

 『え? なに? どうしたのみんな? あ、アイナちゃんおはよう! お兄ちゃんとマキナお姉ちゃんも!』

 「お前……心配させて! ホントに寝てただけだったのか!」


 俺達は涙を流しながらわっと荷台に集まり、俺がセフィロを抱き上げるとみんなが俺をもみくちゃにする。


 『わわ?! ど、どうしたのー?』

 <……良かったな>

 「ああ……」


 本当に良かった……。

 なんでいきなり起きたか分からないけど、これで本当に賢二とリース、そして福音の降臨を巡る因縁は終わったのだ。


 ◆ ◇ ◆


 『良かったの? そもそも力が無くなっているのに注ぎ込んだら消えるんじゃ?』

 『いいさ。ボクの半神があれだ可愛がられている……すなわちボクがラース君に可愛がられているのと同義……!!』

 『そのポジティブさを別の方向に活かせれば良かったのに。ただのストーカーじゃ好かれないわよ』

 『……ふん、それでもボクは欲しかったんだよ、彼が。虐げられても一人でも屈さずに耐える英雄君が。一人は寂しいものさ。それを分かち合うことが出来れば――』

 『そうなりたければ学院に居る時にもっと周りを見るべきだったのかもしれないわね。楽しそうだったじゃない』

 『……ふん』


 リースは私を一瞥した後、装置から手を離す。

 彼女はラース達との戦いで神としての力をかなり削がれたので私、美祝ことレガーロでも御せる程度の強さしかない。しかしその残りも今、セフィロへ手渡した。


 『これでボクは殆んど人間と同じ程度しかないね』

 『これからどうなるの?』

 『さあ……この世界を創ったボクを断罪できるのはボクしかいない。他の神は不可侵。だからここで大人しく眠るくらいかねえ』

 『力が回復したらまたラースを追う?』

 『……いや、もうあきらめたよ。彼女達には敵わない。もしやるなら……息子か孫にでもアプローチするよ。あ、そうだ君、ボクの代わりに神様にならない? で、人間としてボクを下に送ってよ』

 『記憶は消すわよ……?』

 『それも面白そうだ。ここで一人いるのは……寂しいのさ』


 そう言ったリースの顔は本当に悲し気だった。

 私は――


 『なら私とここでお話をしましょう。二人なら寂しくないでしょ?』

 『そんなことをしたら別の人生を送れなくなるよ』

 『いいわよ、なにか世界を維持しつつ一人にならないようなことを考えればいい。だって時間はいくらでもあるんだもの』

 『……くく、流石はラース君の母親か。レガーロとして地上に行ったり、突拍子もないことを考えるね。ああ、そうだ……一人は……寂しいもんな。……くく、さて、それじゃなにから考えようか――』


 そう言ったリースの目は淀んだものではなく、輝いているように見えた。

 いつでも見守っているから安心して、今度こそ最後まで生きなさい、英雄……。いえ、ラース=アーヴィング――


















 ◆ ◇ ◆



 次回、最終回――

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