第六百十一話 最強の黒幕、バスレー


 さっきまで談笑していたのにオルデンが急に口を尖らせて「嫌だ」と言い出した。

 原因はライド王子をこっちに連れてくることになるのだがなにが不満なのか分からないと俺を含む一同が顔を見合わせたりして困惑する。

 流石にエバーライドが喜ばしいことになったこの場で王族不在は変だろうと陛下が口を開く。


 「オルデン、ライド殿の国が解放されたのだ。彼を呼んで今後をどうするかの話合いが必要だろう?」

 「……違う」

 「ん?」

 「違うんだよ父上。『彼』じゃないんだライドは」

 「なにを――」


 と、陛下が怪訝な顔でオルデンに詰め寄ろうとした瞬間、謁見の間の後ろにある扉からライムとドレス姿の女の子が入って来た。


 「お待ちくださいアルバート様、オルデン様のおっしゃる理由をお話します」

 「話……? いや、それよりその娘は……」

 

 金髪のショートカットをしたお姫様を見て息を飲む俺達。それも無理はない。


 よーく見ると――


 「あ!? ライド王子!?」

 「……本当だ!?」

 「ええー、お姫様だったの!?」


 口々に驚きの言葉を述べる中、渦中の人物が顔を赤くして静かに言う。


 「は、はい……そうでふ……僕の本当の名前はライム、です……」

 「ライムってそっちの子の名前じゃ?」

 「逃げ伸びてから女の子だってわかると危ないという理由で男として暮らしていたんだよ。名前を変えて」

 「……もしバレたとしても姫の顔は誰も知りません。だから私が名を名乗り、万が一は身代わりになるつもりでした」

 「マジか……」

 「なるほど……私も気づかなかった。この数十年、徹底して隠して来たのだろうな」


 言う通り相当苦労が見える徹底ぶりに陛下が感心したように頷き、続けてオルデンが機嫌の悪くなった原因を尋ねる。するとオルデンはとんでもないことを口にする。


 「ライムが女の子だというのは少しして分かってたんだよね。そして物凄く僕好みだった。だからお願いしたんだよ、結婚してくださいって」

 「「「えっ!?」」」

 「お、お前そんなことを考えていたのか!? な、なら一言くらい私になにかあってもいいんじゃないか?」

 「それを言うと反対されそうだったからここぞって時まで言わないと決めていたんだ。ガストの町へ行った時は正直、気が気じゃなかったんだよ? 僕も行きたかったけどさすがにね」


 オルデンはやれやれと笑いながら真相を口にし、言われてみればやけにライド王子……いやライム王女に構っていたような気がする。王子同士ということで親密だと思っていたけど、そういうことだったのかとその場にいた全員が苦笑する。


 「というわけで僕の結婚相手はライムにしたい。父上、許可をしてくれるよね?」

 「う、むう……確かにお前は見合いもしたがらないから困っていたが……。いや! そうではない、ライム姫がお前と結婚したらエバーライドはどうなる! そのために戦って来たのではないのか? ライム姫はお前が好きなのか?」


 いつも冷静な陛下が珍しく焦って質問を二人に投げかけるが、オルデンはなぜかドヤ顔でライムの方も満更ではない顔でオルデンの手を握る。


 「僕は……オルデン王子と結婚したいと思っております」

 「じゃあエバーライドはどうするのだ?」

 「それはわたしが引き継ぐのでご心配なく、陛下。ちょっと抜けていますがオルデン王子は良い方です、幸せにしてもらうといいですよ」

 「バスレー……! そうか、お前もライムのことを知っていたのか」

 「ご名答ですよ陛下。知らんふりをしておいた方がいいと思いましてね。一応、ライムには正体を明かしていましたけどね」


 バスレー先生がウインクをしながらそんなことを言う。恐らくオルデンがモーションをかけているのを見てライムが困っていたのをどこかで目撃したに違いない。

 いつの間にか窓に張りついているような人なので、壁に耳ありレベルで知られていたのだろう。


 「あー、そういうことか」

 「どうしたのラース?」

 「もし、オルデンが気づかずに過ごしていたら彼女を女王にしてバスレー先生が補佐になっていたんじゃないかな? でも恋仲になったのを知ったから最終決戦前に大臣を辞任して、最終的に自分が女王となる手はずだった。そうじゃない?」

 「さすがはラース君、推測通りです。というわけでエバーライドは問題ありませんよ陛下、後は許可を出すだけ……」

 「ぐぬ……」

 「くく、どこまで考えていたのか分かりませんが非常にタチが悪いですね彼女は」


 レッツェルが肩を震わせながらそんなことを言うと、ジャックがため息を吐きながら追従する。


 「まあ、バスレー先生だしな。この場で王子と姫が『結婚したい』なんて言ったら許可するしかないもんな。これも計算の内だろ?」

 <そういうことですのね。相思相愛の二人が結婚を誓っていて、わたくし達が居る前で『反対だ!』などと言ったら顰蹙ものですもの>

 「むう……!」


 シャルルが分かっているのかいないのか微妙な援護射撃をして陛下を困らせる。どうでるのかと皆が見守る中、少しの沈黙の後で苦笑しながら陛下は二人に近づいて言う。


 「こんな状態で反対できるものか。のらりくらりとしているオルデンが決めたのだ、それだけでも十分だろうな? ライム姫、オルデンを頼む。そして共にレフレクシオン王国とエバーライド王国の繁栄をしていこうではないか。なあ、バスレー女王?」

 

 せめてもの反撃とバスレー先生に笑いかける陛下。だが、バスレー先生は指を振りながらニヤリと笑う。


 「甘いですねえ陛下は。国王はもう決まっていますよ! わたしの義理の兄ヒンメル! 婿としてエバーライドで結婚します!!」

 「なんだと……!?」

 「まあそんな気はした」

 「うん、これは私も分かったわ」

 「張り合いが無い!?」


 陛下は驚いていたけど、命の恩人であるヒンメルさんを好きにならないわけがないし、今までもそういう雰囲気はあったから不思議ではない。特に一緒に居た俺とマキナは感づいていたというわけだ。


 「お前はいつも……!」

 「はっはっは、これからも長い付き合いになると思いますし改めてよろしくお願いしますね」

 「……ふう、先が思いやられる」


 椅子にドカッと座って頬杖をついた陛下が呆れた顔で口を尖らせていた。

 その様子には俺達も苦笑するしかなく、その後の報告は和やかなものとなる。


 レフレクシオン王国はガストの町と王都へ福音の降臨がちょっかいをかけられたことが損害になるが、原因となった人物は死亡。

 操り人形だったベリアース王国も国王夫妻が亡くなったことにより賠償先が無くなったのでこれ以上詰めても仕方がないだろうと判断して報告は終了となった。

 実際、エリュシュも被害者に近いし福音の降臨は当初の『ボランティア活動』という部分だけ残してほぼ解散となれば振り上げた拳を降ろす先などないのだ。


 そして、俺達は日常へと戻っていく――

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