第25話

 二日目午後に一本、三日目に午前午後で二本それぞれ、自由課題で書いて、批評をして直しをして合宿は明けた。課題はたくさん、伸びしろだらけなことがお互いに痛い程分かったけれども、納得のいく作品も生まれ、陶酔の時間もあった。終わった瞬間、俺とノバナはハイタッチした。

 次の課題として、夏休み中に中編から長編を一本書いて、夏休みの最後の日に見せ合うことを決めた。

 合宿で出た作品の冊子化は俺が担当する。パソコンで活字にするのではなく手書きで清書を各々して、その原稿を元に俺が刷る。表紙とかにイラストを入れることもノバナの技能から考えたら可能だと思ったが本人がしようと言わないので触れず、文字だけのものにする方針とした。

「お疲れ様でした」

 ノバナは疲れているけどいい顔をしている。運動以外でも人間はこう言う顔が出来るのだ。

「お疲れ様でした」

 応じる俺は自分の顔はわからないけど、きっといい顔だ。これまで運動部や受験の合宿をやったことがあったが、比較にならない、濃密な三日間だった。

 お互いの表情に納得をする時間が少しだけ流れる。「頑張った」とも「何を獲得した」とも話す必要がない。顔に全部書いてあるから、相手の顔を鏡のように見て自分の努力と成果を噛み締める。机に積んである作品は途中経過の記録に過ぎず、お互いが手に入れた力こそが、成長こそが成果なのだ。

「で」

 ノバナがフォーマルから一転プライベートの顔になる。

「次のデートはいつにする?」

 柔らかい笑顔。俺も引っ張られてきっと同じような顔になっている。

「夏休みだから選び放題」

「……贅沢言っていい?」

「もちろん」

「明日がいい」

「俺もそうしたいと思ってた」

 ノバナが小さな花を咲かせる。

「じゃあ、決まり。いつもの時間でいい? 流石に明日はゆっくりスタートにする?」

「俺はいつもので大丈夫だよ」

「分かった。いつもの時間ね」

「うん」

「じゃあ、おやすみ」

「うん。おやすみ」

 俺は座ったら立てなくなりそうだったので、直接食堂に向かった。

 一人で夕食を食べて、風呂に入って、すぐに寝る。『リードオーバー』は全然読めない。毎日疲労回復に務めていたとは言え、蓄積している疲れがあることが自覚出来る。明日は大事なデートだから、告白をするデートだから、万全でないといけない。だから他の全てのことは脇に置いてでも回復をしたい。体は俺の意識よりずっと素直に自身を捉えているようで、待っている未来のために緊張して眠れないかと思う間もなく、速やかに眠気にさらわれた。


 早目に着いた待ち合わせのベンチで、どう言うシチュエーションで告白をするのかを考える。二人きりがいい。直接、言葉で伝えたい。そうだ、大きな公園がそう遠くないところにあった筈だ。そこに行こう。……今更だけど、もっと周到に計画するべきものだったのかも知れない。でも、妥当な案が出たからよしとする。

「お待たせ」

「全然」

「今日はどこの街に行く?」

「E公園を散歩するってのはどう? でっかいらしい」

「賛成」

「じゃあ、決まり」

 歩き始める。ここ三日間の合宿の反跳だろう、世界が広い。E公園に向かうため、駅に着いたらそのまま貫いて反対側に出る。

 ノバナは平熱だ。ごくごくいつも通り。俺の秘めている計画のことなんて知らないから当然だけど、失敗すればこうやって横並びに歩く関わりが消えてしまう可能性がある。それは嫌だ。恋がたとえなかったとしても俺はノバナのことが好きだし大切だし、文学をする唯一の仲間だ。だったら告白なんてやめてしまえばいいかと言うと、それも違う。Be artに含まれるのかも知れない。俺が芸術家として生きるのならば、この胸に高鳴る気持ちをちゃんと伝えると言うことが必要なのだ。違う。そう言うことじゃない。それではto artそのものじゃないか。結果としてそうなるのはいいけど、芸術のために告白するのは間違いだ。じゃあなんでそれでも告白をするのか。こうやって目の前に彼女を置いたら、よく分かる。俺がノバナを好きだからだ。全てを失うリスクを背負ってでも、俺は彼女に気持ちを伝えないといけない。違う。伝えたい。俺の気持ちを知って欲しい。受け止めて欲しい。そして、俺が求めるように彼女にも俺を求めて欲しい。

 ノバナが言葉をリフティングするように俺に問う。

「合宿はどうだった?」

「面白かった。でも、すっごい疲れた。そんでもって人生最大の濃度だった」

「私も同じ感じだよ。もう一つ足すなら、未来に繋がることがいっぱいあった」

「あった。その通りだと思う」

「またやりたい?」

「やりたいけど、すぐはキツいな。間に成長してから臨みたいし。冬か、次の夏くらいがいいと思う」

「リュータって向上心の塊だよね」

 ノバナの顔を見ると、安らかに笑っている。

「ノバナも大概だと思うけど」

「文学にだけはね」

「俺もそうだよ。剣道とか勉強にはここまでの情熱がない」

「いつの間にか、リュータは剣士から文士になってるよね」

「そうだね。ノバナに育てられて、シモンさんに花開はなひらかされた、出会いの生んだ文士」

 ノバナが俺の顔を覗き込んで来る。やはり穏やかな顔をしている。昨日までの真剣と興奮とは違う。

「出会いって、運もあるけど、やっぱり才能なんだと思う。出会った後に捨てることは出来ても、出会えなかったら何も起きないから。リュータは出会いに於いて、文学の才能があるんだよ」

 俺はチラリとノバナの目を見てから、正面を向く。

「俺もきっとそうだと思う。ノバナとの出会いなしでは俺は全く違う人生を歩んでいた。でも、ノバナにとっても俺が出会いの才能を発揮した場所だって、思って欲しい」

「もちろん。そう思ってるよ。リュータのお陰で私の中にあるアートは、文学にカスタマイズされて行っているし、それ以外にも成長を貰ってる。私だって、リュータなしでは別の人生だった」

 これはもう今ここで告白した方がいいんじゃないか? 公園の入り口は見えているけど、そこまで待たずに。俺の緊張が急激に高まる。

「ノバナ、俺」

「リュータ、もう少しで公園だよ。公園でベンチを探そう。私はベンチがいい」

 ベンチ。いつも一階のベンチ。合宿も横並びだった。

「分かった」

 黙ったまま公園に入る。逆時計回りに歩いて行って、人気ひとけのないベンチを見付けて座る。

 そこに着くまでに、勢いで言おうとしていたものが胆力で言うものに変化して、鼓動が高まり過ぎてちょっとくらくらする。お茶を出して飲む。飲んでみて喉がカラカラだったことに気付く。

「リュータ、ベンチだよ」

「うん」

 座る。ノバナも座る。いざとなると言葉がすっと出て来ない。言うことは決まっている。単純な一言だ。でもそれが起こす可能性の両面を考えるとそれが考える度に重くなって行って、口まで上がって来てくれない。

「それとも私の話が先がいい?」

 ノバナも話があるのか。何かは分からない、だけど。俺が先に話さなくてはならない。何よりもこの言葉を先に。後がつかえていると言われたせいなのか、十分な時間を経たせいなのか、俺の腹の中で言葉が静かに結晶し始めた。行ける。

「俺が先がいい」

 ノバナは体を斜めにして俺の方を向いて、待つ。俺も半身にしてノバナの方を向く。

 力が込もるまで、何回か深呼吸をする。ノバナは待っている。待っているが同じように深呼吸をしている。

「ノバナ、俺」

「うん」

「君が好きだ」

「うん!」

 深く沈み込むような「うん!」は、俺の気持ちを全て受け止めてくれた。俺の全身を喜びが駆け巡る。

「俺と、付き合ってくれ」

「喜んで。でも、もう付き合っているようなものだと思う」

「……確かに」

「きっとやることは大きくは変わらない。文学を中心にやっていく二人のまま。それでいいなら、付き合おう」

「もちろん、望むところだ」

 ノバナは頷く。

「じゃあ、次は私の番」

 ノバナが息を吸い込む。俺は永遠を待つみたいに、待つ。ノバナもさっきこうだったんだろう。

「私も、リュータが好き」

「うん!」

「相思相愛でよかった。一緒に歩こう、ずっと」

「ずっと。ずっとだ」

「リュータ、手を出して、って言って」

 俺はちょっと考えた。でもすぐに理由が分かった。

「ノバナ、手を出して」

 ノバナが俺に近い方の手を差し出す。

 俺はその手を握る。柔らかい手。大切な手。

 繋いだ手にノバナの存在を確かに、これまでよりずっと確かに感じながら歩き出す。きっと周囲には嬉しさのドームが出来ている。

 文学と芸術、将来と進路、未来に描くべきものはまだたくさんある。俺は自分の文学を乗せる名前すら決まっていない。それでも、俺達は前に進んでいる。

「ねえ、リュータ、長編のアイデアもう出し始めた?」

「昨日の今日で、今日告白しようとしてたら、流石に出ない、と言いたいところだけど、さっき告白したときに、ポンと出たよ」

「私も。あの『』のあいだに」

「俺は恋についてを書きたい。俺のこころを占めるこの想いを書かずに、何を書こうと言うのだ」

「リュータ、軍師みたい。……でも大賛成。私も同じ。リュータが告白するって決めてくれたから、扱えるようになったテーマだよ」

「いや、扱ってもよかったよ、最初から。ただし、俺には見せられないけど」

「それじゃ意味がない」

「好きな相手にそれを言わないで、自分の気持ちを乗せた恋愛小説を読ませるのは、歪んだ作品になっちゃいそう」

「それをするならちゃんとラブレターを書くよ」

「それが一番だと思う」

 ノバナは立ち止まる。手を引かれる形で俺も止まる。彼女は俺の方に向き直る。

「リュータ、一緒に歩いてくれて、ありがとう」

「ノバナが引っ張って来たんだよ。俺の方こそ、ありがとう」

「一人じゃきっと届かない。リュータと一緒に居て、そう思う。でもね、文学のためにリュータと居るのが全部じゃない」

「疑ってない」

「でも、文学はとっても大事な要素なんだ」

「俺にとってもそうだよ。ノバナが居なければ書き始めることすらなかった」

 ノバナが今一度俺の目をじっと見る。

「リュータ、今の気持ちは、って訊いて」

 俺は自分の顔が綻ぶのが分かった。

「ノバナ、今の気持ちはどう?」

 ノバナは、大輪の花を咲かせる。



(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

花と月とポロロッカ 真花 @kawapsyc

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ