また伝説の剣を抜きに来たのか

詩一

魔王を倒した勇者518人目

 伝説の剣。


 いにしえより伝えられし魔王を倒す剣。

 この剣を抜ける者は世界にただ一人、伝説の勇者だけ。


 ——のはずだった。


 ところがどっこい最近では、


「大臣、今月これで何人目だ」

「518人目でございます」


 スーツに身を包んだ白髪の男は、髭をぴょんぴょんいじりながら、手に持った資料を捲りながらそう呟いた。


「なーんでそんなに勇者が出て来るんだー! 毎回毎回! っていうかなーんで剣がそんなにもあるんだー!」


 王は王冠と共に頭を抱えて嘆いた。

 伝説の剣は伝説の丘に生え渡っていた。ブナシメジの如くに。遠目で見たら毬栗いがぐりである。


 魔王は既に倒されていた。

 魔王が死んだことで、その力によって動いていた魔物たちもサンピー!オキャラクターさながらの姿形に生まれ変わり、人々に愛されるようになった。いまではマモノズピューロランドの中で子供たちのためにせわしなく働いている。


 伝説の剣は魔王を討伐した瞬間に折れた。役目を終えたかのように。

 世界を救った伝説の勇者には王から英雄の称号を与えられ、称賛された。


 あまねく人々に平和が訪れて数年が経った頃だった。自分は勇者だと言うものが突如として現れた。嘘だろうと最初は無視を決め込んだ王だったが、勇者の名を語る不届きものなら寧ろ国の方で処罰をしなければいけないのではと考え、その者と会うことにした。

 王に謁見えっけんしたその男には伝説の剣が握られていた。目んたま飛び出すかと思ったマジで。


「もうこの剣は役目を終えました」


 そう言って男は目の前で伝説の剣を折った。本当に魔王を倒したらしい。こんな発泡スチロールみたいにポスッって折れるとは思わなかったけれども。

 男は声高に続ける。


「私も世界の脅威を倒しましたぞ! 王よ、私に英雄の称号をお与えください」


 自己申告制だった。


「そ、そうだな。うむ。……与えようぞ!」


 前回の勇者を英雄と認めた以上、お前はダメだとは言えない。人権侵害などで騒ぎ立てられたら困ってしまう。いくら王とは言え世論には抗えないのだ。


 それを皮切りに続々と伝説の勇者が英雄の称号を得るために王都を訪れた。普段税金を納めに来るときは3日後れくらいで「なんかすいませーん(笑)」って感じで来るくせに、そのときは異様なスピード感があった。


 あまりに人が来るので、入場制限を設けた。しまいにはスタッフの人件費などを考慮して入場料を取るようになった。入場料999ゴールドのときはまあまあきたのに1000ゴールドにしたときは一気に減った。やっぱりトイピー!らスってスゲーんだなって思った。


「以前より減ったというのにこの人数とは。勇者のせいで財政難だ」


 そう。英雄の証はただ王から「いいね」と既読感覚でポチられるものではなく、本当に実益を兼ねた称号なのである。


 実益その1、税金を納めなくて良い。

 実益その2、あらゆる乗り物が無料。

 実益その3、買い物全品合計金額から5割引き。

 実益その4、役所に提示すれば月々30万ゴールドの給付金が貰える。


 これらの実益を実現するためには、税金が使われる。勇者は一人しかないという前提があったために大盤振る舞いだったが、何人も出てきてしまったら破綻するに決まっている。


 とても便利な証なので、中にはメルカリで転売する者も現れた。

 これにはさすがに国も動いて、伝説の剣の転売をした者とその運営会社を厳罰に処するという法律が制定された。制定されるまでの間に、借金をして大量に仕入れてしまった転売ヤーは、その後自ら命を絶った。法改正により何人もの自殺者を生んでしまったわけだが、王にとってみればそんな転売ヤーのムーブなど気にするところではなかった。



「なんとかならんかのう」


 ぼやくように言うと、大臣はため息交じりに王にナイフを渡した。


「死ぬよりほかに御座いません」

「嫌じゃああああ!」

「そもそも王があんなこと言ったから悪いんですよ」

「だってあのときは魔王をマジで殺さんとヤバイって思ったんじゃもん!」


 当時、まだ伝説の剣が一本しか生えていなかった頃、それを抜きに来る者はいなかった。自分がそんな選ばれし者なわけがないという諦観ていかんと、住宅地から結構遠いので抜けるかどうかもわからないもののために行くのは時間も金ももったいないというリアリズムに基づくものだった。それになにより、引き抜いたが最後、魔王と戦うハメになる。命懸けだ。しかも自分が死んだら、たった一本の伝説の剣を失ったと言うことで、他の人から非難を受けることになるかも知れない。そしてその予想は恐らく正しい。自分では行かないくせに、誹謗中傷に関しては時間も労力も惜しまずするのが民衆と言うものである。

 そこで王は先のような大盤振る舞いの英雄の証を発行したうえで、その証がどんな法改正によっても変わらないことと、そこに命を賭けることを誓ったのだ。


 ナイフをふところに戻して、大臣は王に語り掛ける。


「王。今日は神の言葉を聞けるという神官を連れて参りました。神にお尋ねすればきっとこの国の未来が切り開けることでしょう」

「なんと。それは頼もしい。神に、どうして伝説の剣が増えたのかを聞きたいと思っておったのじゃ」


 大臣に招かれて、一人の神官が王の前でひざまずく。


「わたくしはこれより神からの御言葉をそのままお伝えしますので、口調が変わりますがどうぞ悪しからず」


 立ち上がり、十字架を握り締めた。王はそれを見て何度も頷く。


「では……はぁっ!」


 神官の首がカクンと前に垂れる。しばらくして顔が上がり、王と目が合った。その目の輝きは尋常ならざるものだった。ベルピー!イユの薔薇並みにきらきらしていた。


「おお、愛しき我が子よ。どうしました?」

「神よ。なぜこの世界には伝説の剣がこんなにも増えたのでしょうか? これは試練でしょうか? 乗り越えられないものは試練じゃなくて虐待だと思うのですがどうでしょうか?」

「私は先々代の王との約束を守っているにすぎません」

「その、約束と言うのは?」

「魔王が現れたとき、先々代の王は私に世界を救ってほしいと言いました。しかし私が直接手を下すことはできないので、人間の敵となる究極の生命体1対につき1本の剣を授けることを誓ったのです。だからいままでずっと一本だったでしょう?」

「はい、そうですね。あの、ねえ、でもなんかもう最近凄く増えたんですよ。そんなに魔王が発生しているということですか?」

「いえ、それは人間にとっての究極の生命体の概念が変わったからです。魔王は居なくなりましたが、人々は魔王に匹敵するなにかを敵とみなしてしまったのです。それが人間全体の固定観念に根差せば、それがすなわち魔王的存在となりうるのです」

「魔王的存在……」

「人間は強欲です。魔王さえいなければ幸せになれると言っていたのに、実際魔王を倒していざ平和が訪れても、やれ食糧難だ、やれ原油価格の高騰こうとうだなどと言い出し、結局魔王が居る前と変わらない幸福度のまま過ごしていくのです。本当に愚かしい」


 目を閉じて大袈裟にため息を吐いた神官。王は顔を横に向けてぼそぼそと呟く。


「お前が作ったんじゃろがい」

「あ?」


 眉をハの字にして眉間に皺を寄せた。神の怒りがこんな目の前で炸裂さくれつしたら死んでしまう。


「いえ。なんでもありません。ところでその魔王的存在と言うのは?」

「王よ。それは己が目で確かめるとよいでしょう。伝説の剣が刺さりまくっている伝説の丘には行きましたか?」

「そう言えば行ってませんね」

「伝説の剣はもはや剣ですらなくなっていますよ。見た目は剣ですけど」

「どういうことです?」

「なぜ伝説の剣が弓や棒ではなく剣だったかというと、魔王を倒すために一番効率が良く、かつ人間にも扱いやすいと思われるものだったからなのです。ですが今の魔王的存在は魔王ではないわけですから、性質は異なっているわけです。伝説の剣だとわかりやすいように見た目は剣のままなのですが」

「なるほど」




 王は伝説の丘へと足を運んだ。


 丘には行列が出来ていた。ロープで仕切られ、列はカクカクと曲がりくねっている。その列を王の特権で横入りすると、あからさまな舌打ちをされたが聞こえないふりをした。


 丘に入場し、刺さりまくっているブナ——伝説の剣をしげしげと見つめた。


「剣じゃないか? 普通に」

「いえ、王、なにか柄の方についています」


 柄にはまるでトリガーのようなものが付いている。指を掛けつつ、発砲しそうな穴がないか注意深く見る。すると、物凄く小さな穴が見つかった。


「それに、なにか柄の部分に書かれていますよ」

「うん?」


 剣の柄にはなにやら文字が書かれていた。

 王は顔を近づけた。




KINCHOキンチョー!!」


 剣の先端ノズルから白い煙が勢い良く上がった。

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