第三話『ちっちゃくてかわいい先輩と、おおきくてきれいな????が照れる話』1

 りゆうすけの通う私立さいこうがくえんは、校舎が主に三つの棟に分かれている。

 中等部が入っている棟、高校一、二年生の教室が入っている棟、そして高校三年生の教室と図書室、音楽室が入っている棟だ。

 それぞれ中学棟、高校棟、高三棟と呼ばれているのだけれど、高校三年生の教室だけが独立しているのは、受験を控えていることへの配慮であるのだとか。

 そのため、三年生の教室がある棟に他の学年の生徒がやって来ることはあまりない。

 ただその日、りゆうすけは高三棟にいた。

 国語教師から授業で使った資料の返却を頼まれて図書室に行く用事があったため、普段はほとんど足を踏み入れることのないこの場所に来ていたのだった。

「ふう……」

 資料の返却自体はすぐに終わった。

 図書室の貸し出し物はパソコンで管理されているため、操作方法さえ知っていればものの五分もかからない。

 用事が終わってしまえば、三年生ばかりの高三棟はマグロの群れに紛れ込んでしまったカツオのように何となく居心地が悪いため、足早に高校棟へ戻ろうとする。

 と、その途中の廊下で、見慣れた姿が目に入った。

 百メートル先を歩いていても見間違えることのないシルエット。

 友だちらしき女子生徒と並んで笑いながら歩く、他の生徒たちよりも頭一つ小さいその姿は……

「先輩」

「ん?」

 呼びかけてみると、先輩はきょろきょろと小動物みたいに辺りを見回した後にこっちに気付くと、

「お、いちむらじゃん。どうしたのこんなとこで?」

 ぱあっと表情を綻ばせてパタパタと駆け寄ってきた。

「ちょっと図書室に用事があって。それで先輩を見かけたので、挨拶をしようと声をかけてみました」

「そうなんだ? うんうん、ちゃんと先輩に挨拶をするその姿勢、感心感心」

 満足そうにうなずきながらぽんぽんとりゆうすけの頭をでてくる。

 そのままだと(身長差で)でづらそうだったので、中腰になってそれを受け入れていると。

 と、そこで何やら周囲の視線がこちらに集まっているのを感じた。

「……?」

 見回してみると辺りにいた生徒たちが先輩とりゆうすけのことを見ていて、さらには「だれだあれ? 『放送室の人魚姫リトルマーメイド』とあんなに親しそうに話してて……」や「あ、あんな風に頭をでられるなんて……うらやましい……」や「二年か、あいつ? 何であんなに仲よさそうなんだよ……」なんて声まで聞こえてくる。

 そうだった。

 普段は放送室で気軽に接しているのでついつい忘れがちになるものの、先輩はちっちゃいけれど才色兼備の有名人で、ちっちゃいけれど学校全体で男女問わず人気が高い、ちっちゃいけれど『放送室の人魚姫リトルマーメイド』なのだった。

 改めてその人気者っぷりをたりにしていると、

「ね、ね、りん、だれ、その子?」

 と、先輩といっしょにいた女子生徒が物珍しそうに尋ねてきた。

「あ、うん、いちむらは……」

「二年生? でもりんがこんなに打ち解けた感じに男子としやべるなんて珍しいね。──あ、もしかして……」

 意味ありげな笑みを浮かべようとした女子生徒に、

「ち、違う違う! いちむらはただの部活の後輩だから!」

 即座に先輩がそう遮った。

「部活の後輩くん? なーんだ、残念。──ん? あれ、でもそれってりんがいつも話してる……」

「わ、わー、わー! 、そ、それはいいから!」

 顔を赤くしながらぱたぱたと手を大きく動かす。

 これは……ワンアウトにカウントしていいのだろうか。りゆうすけが何かをしたわけじゃないし、何に喜んでいるのかよく分からないのだけれど……

 悩んでいると、女子生徒が笑顔で話しかけてきた。

「えっと、こんにちは。はじめましてだよね? 私はとうさきりんのクラスメイトで友だちなの。よろしくね」

いちむらりゆうすけです。よろしくお願いします」

「へー、二年生なのに礼儀正しいね。すごーい」

 口元に手を当てながら先輩の友だち──さんが興味深げに見上げてくる。

「それでそれで、りんとはどんな仲なの? 恋人? 旦那? カレピッピ? もー、後輩に手を出すなんてやるねー、りん♪」

「それ全部おんなじじゃん! って、そ、そうじゃなくて、ただの部活の後輩なんだって何回言ったら……! い、いちむらも気にしなくていいから! も、もう、はヘンなことばっかり言って……」

「えー、そんな当たらずといえども遠からずだと思うんだけどなー」

「遠いよ! 地球とイスカンダルくらい遠い!」

 そんなことを言い合いながらも、二人の間にはどこか親しげな空気が漂っている。

 そのやり取りから、二人の仲の良さがうかがえた。きっと軽口を言い合えるくらい親しい間柄なのだろう。りゆうすけのような関係なのかもしれない。

「……」

 ただ、一つだけ気になることがあった。

 先輩の声は……いつもりゆうすけと話している時の鈴を転がしたようなかわいらしいものではなく、放送や朗読をしている時の発声用の張られたきれいなものだった。

「……?」

 そういえば放送室の外で先輩と会う時には、いつもこっちの放送用モードな気がする。

 先輩の素の声はそうじゃないはずなのに……

 りゆうすけげんに思っていると、先輩が思い出したようにこっちを見上げた。

「あ、そうだ。今日なんだけど放課後にちょっと委員会の用事があって部活に行くのが遅れるかもしれないんだけど、クラスの演劇部の子が機材を借りたいって言ってて、放送室に行くかもしれないんだよ。だから悪いけど、もしいちむらがいる時にその子が来たら対応してもらってもいい?」

「え、あ、はい。分かりました」

「ん、頼むね。じゃあまた放課後に」

「ばいばーい、後輩くん♪」

 そう言って、先輩とさんは去っていった。

 何だか、少しだけモヤモヤが胸の中に残ったのだった。

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