第一話『照れさせられるちっちゃくてかわいい先輩と、喜ばせたい素直で不器用後輩』2
「先輩、お疲れさまです」
そう挨拶をしながら
光の粒子をまとったようなサラサラの髪、少しつり目がちなぱっちりとした目、整った顔立ち、そして
身長は……平均よりもかなり低い。おそらく百五十センチあるかないかくらいだろう。
こちらに気付いていないようだったので、近づいて再度声をかけてみる。
「お疲れさまです、先輩」
「うにゃ……っ……!?」
ふいに声をかけられてびっくりしたのか、女子生徒が座ったままぴょこんと飛び跳ねた。
「え、だ、だれ! ふ、不審者? 変質者……!? あ、じゃ、じゃなくて、もしかして新入部員……!? 放送部にようこそ──って、何だ、
「どうしたの、今日は当番じゃなかったよね?」
首をちょこんとかたむけながらそう尋ねてくる。
その声は、まるで小さな鈴を鳴らしたかのようにかわいらしいものだった。
さっきまでスピーカーから流れていたものとはまた違った方向性で、耳を幸せにしてくれる心地のよい響きである。
「そうなんですけど、当番じゃないと来ちゃダメですか?」
「あ、ううん、ダメってことはないよ。
そう促されて近くにあったパイプ椅子へ腰を下ろす。
ちなみに放送室の壁には色とりどりの飾りつけがされていて、壁には『今年こそゲットだぜ、新入生!!』と書かれた垂れ幕がデカデカと掲げられていた。
「もうお昼は食べてきたの?」
「はい、教室で」
「そっか。だったらお茶でも飲む? いい葉っぱが買えてさ。熱帯果実の魔王ドリアンティーだって。へへー、おいしそうでしょ? ちょうどあたしも飲もうと思ってたところだったから、いっしょにいれてあげる」
楽しそうにそう口にしながら女子生徒が立ち上がろうとする。
それを丁重に制して、
「それもいいんですけど、先輩に一つ頼みたいことがあって」
「ん、なに?」
「はい。実は先輩に発声指導をしてもらいたいんです」
その言葉に、先輩が自分を指さして首をかたむける。
「発声指導って、あたしに?」
「はい。時間があったらお願いします。先輩の指導は的確で分かりやすくて、すごく参考になりますから」
「的確で分かりやすい……」
女子生徒が目をぱちぱちと
「ふ、ふぅん、そうなんだ。ま、まあ、あたしも忙しいんだけど、
「どうしてもお願いします」
「う、あいかわらず素直だな……」
女子生徒が複雑そうな表情でそう答える。
この女子生徒の名前は
放送部(仮)の部長を務めている三年生の先輩であって、そして実のところさっきまで新一年生たちが探していた、校内放送をやっていた当人でもあるのだった。
「そういえば、去年と同じでまたギャラリーが来てましたよ」
「え、ほんと?」
「はい。三人ほど」
その言葉に女子生徒──先輩がぱあっと
「そっかそっか、またあたしのエンジェルボイスの魅力の
「帰りましたよ。放送室の入り口まで来て」
「……え?」
「去年と同じパターンです。たぶん先輩のこと、一年生と間違えたんでしょうね」
「……」
沈黙。
先輩が苦虫を百匹くらい
実は去年もこれと同じようなことがあった。
校内放送をしていた先輩の声から、きっとその主は大人びていてモデルのような外見に違いないと想像して見物にやって来た新一年生たちが、やはり今回と同様に入り口の扉のところで引き返していったのだ。ちなみにその時に言っていた
ちょうど今と同じような感じで。
「あ、あたしは先輩なんだからな!」
先輩が叫んだ。
「そ、それは……ちょ、ちょっとだけ背は低いかもしれないし、童顔だし、普段の声はこんなアニメみたいでヘンだけど……で、でもあたしは先輩で、部長で、えっと……大人の女なんだからな! 偉いんだからなー!」
抗議をするようにじたばたとその場で手足を動かす。
そんな様子もまた純粋にかわいらしく、この上なく好ましい。
なので
「俺は先輩の声、どっちも好きですよ」
「ひょ……っ……!?」
先輩が、RINEのメッセージを送った時みたいな声を上げる。
「放送をしている時の張った声は大人びていてきれいでこの声で毎朝起こされたいと思いますし、普段のリラックスした声はかわいらしくてほんわかとしていていつまでも聞いていたくなります。どちらも甲乙つけがたい素敵な声だと思います」
それは
先輩はかわいい。
アナウンスをしている時の声はもちろんのこと、素の時の声も本人はヘンだと言って嫌がるけれど、かわいい。
そのことはだれが何と言おうとも厳然たる事実であって、曲げることのできない真理であった。
「……っ……」
先輩の顔が耳まで真っ赤になる。
まるで熟したリンゴみたいだった。
「それだけじゃなくて先輩の声は他に
「……っつつつ……」
「きっと先輩の声が世界中に流れていたら、世の中から戦争がなくなるんじゃないかって思います。それくらいに清らかで純粋で
「も、もういい、分かった、分かったからそこまで! ほ、ほら、指導をやるから、座ってって! おすわり!」
「はい」
「ま、まったく、
まだ顔を赤くしたまま、だけど決してまんざらでもなさそうにして先輩がぷいっと
そんな先輩を見て、
よし、ワンアウトだ……!
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