第一話『照れさせられるちっちゃくてかわいい先輩と、喜ばせたい素直で不器用後輩』2

、お疲れさまです」

 そう挨拶をしながらりゆうすけが放送室に入ると、ヘッドフォンをしてマイクの前に座っている一人の女子生徒の姿が目に入った。

 光の粒子をまとったようなサラサラの髪、少しつり目がちなぱっちりとした目、整った顔立ち、そしてきやしや身体からだ

 ねことか、リスとか、そういった小動物的な印象を与える外見だ。

 身長は……平均よりもかなり低い。おそらく百五十センチあるかないかくらいだろう。りゆうすけは百七十センチ台後半だから、並ぶと大人と子どもほどの差になる。

 こちらに気付いていないようだったので、近づいて再度声をかけてみる。

「お疲れさまです、先輩」

「うにゃ……っ……!?」

 ふいに声をかけられてびっくりしたのか、女子生徒が座ったままぴょこんと飛び跳ねた。

「え、だ、だれ! ふ、不審者? 変質者……!? あ、じゃ、じゃなくて、もしかして新入部員……!? 放送部にようこそ──って、何だ、いちむらじゃん」

 りゆうすけの姿を見て、拍子抜けしたようにヘッドフォンを頭から外す。

「どうしたの、今日は当番じゃなかったよね?」

 首をちょこんとかたむけながらそう尋ねてくる。

 その声は、まるで小さな鈴を鳴らしたかのようにかわいらしいものだった。

 さっきまでスピーカーから流れていたものとはまた違った方向性で、耳を幸せにしてくれる心地のよい響きである。

「そうなんですけど、当番じゃないと来ちゃダメですか?」

 りゆうすけの言葉に、女子生徒はふるふると首を横に振った。

「あ、ううん、ダメってことはないよ。いちむらは放送部員なんだし、いつ来てくれてもウェルカムだから。あ、そこ座って」

 そう促されて近くにあったパイプ椅子へ腰を下ろす。

 ちなみに放送室の壁には色とりどりの飾りつけがされていて、壁には『今年こそゲットだぜ、新入生!!』と書かれた垂れ幕がデカデカと掲げられていた。

「もうお昼は食べてきたの?」

「はい、教室で」

「そっか。だったらお茶でも飲む? いい葉っぱが買えてさ。熱帯果実の魔王ドリアンティーだって。へへー、おいしそうでしょ? ちょうどあたしも飲もうと思ってたところだったから、いっしょにいれてあげる」

 楽しそうにそう口にしながら女子生徒が立ち上がろうとする。

 それを丁重に制して、りゆうすけは言った。

「それもいいんですけど、先輩に一つ頼みたいことがあって」

「ん、なに?」

「はい。実は先輩に発声指導をしてもらいたいんです」

 その言葉に、先輩が自分を指さして首をかたむける。

「発声指導って、あたしに?」

「はい。時間があったらお願いします。先輩の指導は的確で分かりやすくて、すごく参考になりますから」

「的確で分かりやすい……」

 女子生徒が目をぱちぱちとまばたかせながら、どこか落ち着かない表情になる。

「ふ、ふぅん、そうなんだ。ま、まあ、あたしも忙しいんだけど、いちむらがどうしてもあたしがいいっていうなら、的確に分かりやすく指導してあげるかな。ほら、あたし先輩だし」

「どうしてもお願いします」

「う、あいかわらず素直だな……」

 女子生徒が複雑そうな表情でそう答える。

 この女子生徒の名前はたかとおりん

 放送部(仮)の部長を務めている三年生の先輩であって、そして実のところ

「そういえば、去年と同じでまたギャラリーが来てましたよ」

「え、ほんと?」

「はい。三人ほど」

 その言葉に女子生徒──先輩がぱあっとうれしそうに目を輝かせる。

「そっかそっか、またあたしのエンジェルボイスの魅力のとりこになっちゃう後輩が出ちゃったかー。もう、しょうがないなー。ふふ、でも今度こそいちむら以来となる新入部員をゲットかも。──で、その一年生たちはどこにいるの?」

「帰りましたよ。放送室の入り口まで来て」

「……え?」

「去年と同じパターンです。たぶん先輩のこと、一年生と間違えたんでしょうね」

「……」

 沈黙。

 先輩が苦虫を百匹くらいつぶしたみたいな渋い顔になる。

 実は去年もこれと同じようなことがあった。

 校内放送をしていた先輩の声から、きっとその主は大人びていてモデルのような外見に違いないと想像して見物にやって来た新一年生たちが、やはり今回と同様に入り口の扉のところで引き返していったのだ。ちなみにその時に言っていた台詞せりふは「何でちんちくりんの中学生が高等部の放送室にいんの?」。それを聞いた先輩は、冬ごもりのために地面に埋めた果物の種を横取りされたリスみたいに身体からだを震わせていた。

 ちょうど今と同じような感じで。

「あ、あたしは先輩なんだからな!」

 先輩が叫んだ。

「そ、それは……ちょ、ちょっとだけ背は低いかもしれないし、童顔だし、普段の声はこんなアニメみたいでヘンだけど……で、でもあたしは先輩で、部長で、えっと……大人の女なんだからな! 偉いんだからなー!」

 抗議をするようにじたばたとその場で手足を動かす。

 そんな様子もまた純粋にかわいらしく、この上なく好ましい。

 なのでりゆうすけはこう言った。

「俺は先輩の声、どっちも好きですよ」

「ひょ……っ……!?」

 先輩が、RINEのメッセージを送った時みたいな声を上げる。

「放送をしている時の張った声は大人びていてきれいでこの声で毎朝起こされたいと思いますし、普段のリラックスした声はかわいらしくてほんわかとしていていつまでも聞いていたくなります。どちらも甲乙つけがたい素敵な声だと思います」

 それはりゆうすけにとって、まがうことなき心からの言葉だ。

 先輩はかわいい。

 アナウンスをしている時の声はもちろんのこと、素の時の声も本人はヘンだと言って嫌がるけれど、かわいい。

 そのことはだれが何と言おうとも厳然たる事実であって、曲げることのできない真理であった。

「……っ……」

 先輩の顔が耳まで真っ赤になる。

 まるで熟したリンゴみたいだった。

「それだけじゃなくて先輩の声は他にけんするものがなくて世界で唯一無二で……」

「……っつつつ……」

「きっと先輩の声が世界中に流れていたら、世の中から戦争がなくなるんじゃないかって思います。それくらいに清らかで純粋でこうごうしくて……」

「も、もういい、分かった、分かったからそこまで! ほ、ほら、指導をやるから、座ってって! おすわり!」

「はい」

「ま、まったく、いちむらはいっつもヘンなことばっかり言うんだから……ぶつぶつ……」

 まだ顔を赤くしたまま、だけど決してまんざらでもなさそうにして先輩がぷいっと明後日あさつての方を向く。

 そんな先輩を見て、りゆうすけは心の中でひそかにこうつぶやいたのだった。

 よし、ワンアウトだ……!

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