前のエピソード――第一話『照れさせられるちっちゃくてかわいい先輩と、喜ばせたい素直で不器用後輩』４

「なあ龍（りゆう）之（の）介（すけ）、今日帰りにカラオケ寄ってかない？」

　放課後の教室。

　龍（りゆう）之（の）介（すけ）が自分の席で黙々と帰りの支度をしていると、一人の男子生徒が前の席に座りこんでそう話しかけてきた。

「こないだ言ってた最近気に入ってるバンドの新曲が入ったんだってさ。もう歌いたくて歌いたくて俺の中のバーニングソウルがガマンできないってわけ。だから、付き合ってよ。な？」

　身を乗り出しながらそう言ってくる。

　だけど。

「悪い。今日は部活があるんだ」

「えー、今日もかよー」

　そう答えると、こっちを見ながら不満そうに男子生徒が大げさに声を上げた。

「昨日も一昨日も、そう言って来てくれなかったじゃん。いつになったら俺のリサイタルに付き合ってくれるわけ？」

「部活がない日なら」

「それっていつ？」

「先輩が来ない時……かな」

「うわ、言い切ったよ……」

　男子生徒が呆（あき）れたようにこっちを見てくる。

　そう言われても放送部（仮）に所属している以上、活動がある日は出席をするのが当たり前だし、そして先輩がやって来る限り活動があることは決定されている。ゆえにすなわち先輩が来る時は、必然的に全て部活がある日という結論になる。何も間違っていないはずだ。

「ホント、お前って昔から真面目だよな。思い込んだら一直線っつーか、他がまったく目に入んなくなるっつーか。ピンチの時もだいたいストレート勝負だったし」

「どうしたらいいか分からない時ほど、自信のある球種で勝負した方が勝率が高いってリトルリーグ時代の監督から教わったから」

「それは野球の話だろ。まあいいけどさ……」

　何かを諦めたようにため息を吐く。

　この男子生徒の名前は日（ひ）野（の）明（あき）良（ら）。

　龍（りゆう）之（の）介（すけ）と同じ二年一組のクラスメイトで、中学からの友だちだ。

　見た目は明るく軽い感じの陽キャラで、人と話すのがこの上なく得意でない龍（りゆう）之（の）介（すけ）とはほぼ正反対といってもいい。だけど中身は人当たりがよく友だち思いで、周りへの気遣いもできる。教師からの評判も悪くない。一言でいって気のいいやつなのである。親友……と言っても差し支えないかもしれない。

「でももったいないよな。お前、けっこうモテるのに」

　と、日（ひ）野（の）が言った。

「ほら、龍（りゆう）之（の）介（すけ）って顔が怖いしごついし堅物で石頭で融通が利（き）かないとこもあるけど、その分正直で義理堅いし、それに何だかんだで面倒見もいいだろ。ちゃんと話してみればそういうところが安心できるって、けっこう隠れファンがいるらしいぞ？」

「隠れファン……？」

「ああ。聞いただけでも二、三人は知ってる。うちのクラスだと委員長とか」

　それは多い方なのだろうか。

　そういうのはいまいち龍（りゆう）之（の）介（すけ）には分からない。そもそも昔から女子相手には怖がられることこそあれ、あまり積極的に話しかけられることなんてなかったからだ。

　というか──モテるというのなら、目の前の日（ひ）野（の）の方がよっぽど女子から人気がある。高等部に上がってからのこの一年だけでも告白されているのを何度も見た。中等部時代も合わせたら両手で数えてもきかないくらいだろう。とはいえ見た目も良く成績も悪くない上に運動神経もよく、さらには意外と根は真面目で気が利（き）くときているから、それは当然の評価なのかもしれないけれど。

「とにかく、今日は部活だから。悪い」

「はー、分かったよ。しゃーない、またな」

　まだどこか未練ありげな日（ひ）野（の）にそう言って手を振ると、龍（りゆう）之（の）介（すけ）は教室を出た。