第五話 金木くんと私

   

 毎月一回のディナーが恒例となって、数ヶ月が過ぎた頃。

 彼の部屋で勉強していた私に対して、金木くんが、おかしなことを言い出した。

「なあ、大河内。たまには、ここでメシ食っていかないか?」

 一瞬、意味がわからなかったのだが……。

「何度も何度も高いメシ奢ってもらってるからさ。でも俺の財布的に、外食は無理だろ。それに、一人分作るのも二人分作るのも、たいして手間は変わらないし」

「ええっと……。つまり、金木くんが作る夕飯をここで一緒に食べる、ってこと?」

「そう、そういうこと。どうだろう?」

 確かに、彼が自分で作るのであれば、大きな経済的負担にはならないはず。また、これで彼の「何度も奢ってもらうのは申し訳ない」という引け目が消えるのであれば、大きな意義がある。

 しかも私自身、彼の手料理を食べてみたい、という気持ちもあるので……。

「ありがとう。金木くんが何を作ってくれるのか、とっても楽しみだわ!」


「よし、出来たぞ」

 少し前まで一緒に勉強していたテーブルに、彼が料理を並べていく。

 まずは、野菜たっぷりのペパロンチーノ。ナスやカボチャやパプリカなどが入って、彩りも鮮やかな一品だ。彼が作っている間、食欲をそそるニンニクの香りが漂っていたのは、これなのだろう。

 続いて、簡単なサラダ。刻んだレタスとトマトを、ツナ缶でえたらしい。よく私も似たようなものを作るので、食べる前から味は想像できた。

 さらに、キュウリとカブの漬物、豆腐とワカメを具にしたお味噌汁、炊きたてのご飯。……あれ?

「金木くん、これって……」

「ペパロンチーノ定食。まあ見た目はともかく、味は悪くないと思うぞ」

「いやいや、ペパロンチーノ定食って、何それ。焼きそば定食なら大衆食堂の定番だろうけど、パスタ定食なんてあるのかしら?」

「でも、よくハンバーグ弁当なんかに、赤いスパゲッティがついてくるじゃん。あんな感じ」

 それは、あくまでもサイドディッシュだろう。目の前の料理は、明らかにペパロンチーノがメインだと思うのだが……。

 まあ、いいや。作ってもらった私が、文句を言える筋合いでもないし。

「わかったわ。それじゃ……。いただきます!」

 と、納得した表情を見せて、仲良く二人で食べ始めるのだった。


 ペパロンチーノ定食は、悔しいくらいに美味しかった。ニンニクをたっぷり効かせたパスタで、こんなにご飯が進むなんてびっくり! 炭水化物と炭水化物の掛け合わせなのに!

 逆に、漬物は薄味に抑えてあって、良い箸休めになっていた。「浅漬けの素をわざと少なめに入れて、隠し味を加えるのがポイント」と金木くんは言っていたが……。

 そこまでするくらいなら、もう浅漬けの素なんて使う必要ないよね? ああいうのって、それだけでサッと手軽に出来る、というのが売りなのだから!


「ごちそうさま。美味しかったわ……」

 後ろに手をついた姿勢で座りながら、私の口からは、満足の言葉が漏れていた。

「大河内の口に合ったみたいで、俺も嬉しいよ」

 と、満面の笑みで言う金木くん。

 誰かに手料理を食べてもらうのは幸せなことだ、と顔に書いてあるようだった。

 それを見て、ふと気になってしまう。

「金木くんて、こういうこと、よくやるの?」

「こういうこと……?」

「部屋に来た女の子に、こうやって料理を振る舞うこと……」

 すると彼の顔に、呆れたような色が浮かぶ。

「大河内……。お前以外に、俺の部屋に来る女子はいないぞ。そんなのいたら、今までに大河内が鉢合わせしてるはずだろ?」

 なるほど、そうかもしれない。最近では、大学が終わったら金木くんの部屋へ直行して勉強する、という日も増えてきたのだから。だいたい、週に二、三度だろうか。

「でもさ。今はいないにしても、昔は……?」

 自分でも不思議なくらいに、私は追求してしまう。

「それもないな。後にも先にも、大河内一人だよ。この部屋に上げるのも、俺の料理を食べてくれるのも」

 ちょっとニヤニヤした顔で、照れたような声の金木くん。

 彼にしては珍しい言い間違えではないだろうか。『後にも先にも』ならば、『今までだけではなく、これからも』という意味になってしまう。よっぽどツッコミを入れようかと思ったのだけれど。

 口にする前に、気づいてしまった。

 彼の言葉の真意に。言い間違えではない、ということに。

 そして、同時に。

「あっ!」

 ようやく私も、彼に対する想いを自覚するのだった。

 どうやら……。ここに足繁く通ってしまうのは、専門書があって便利、という理由だけではなかったらしい。




(「お金がない」と彼が言うから・完)

   

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「お金がない」と彼が言うから 烏川 ハル @haru_karasugawa

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