雨の日のドラム
RIKO
雨の日のドラム
6月。雨の季節です。
小学2年生のなつきは、学校から家に帰る途中、空に広がった灰色の雲を見上げて、口をとがらせました。
ぽつぽつと小さな雨粒が通学帽に当たるようになると、
「こまったなぁ。もう少しで家に着くのに」
なつきは、早足で帰り道を急ぎました。傘を持ってくるのを忘れてしまったからです。
大粒の雨が降ってきたのは、家の近くの児童公園まで来た時でした。
「あっ、降ってきた」
なつきは、あわてて、すべり台の下にもぐりこみました。
児童公園のすべり台は、白い船の形の土台に、幅広の青いスロープがついている大きな遊具で、下に入れば雨にはぬれません。
ところが、すぐ止むと思っていた雨が、なかなか止んでくれないのです。
児童公園に咲いているアジサイの花が、雨に打たれて、ゆらゆらと揺れていました。
広場にできた沢山の小さな水の流れが、一つになって、大きな水たまりになりました。水たまりに落ちて跳ねる雨粒が、生きているみたいに、ぴょんぴょんと飛び跳ねていました。
しばらくは、そんな様子を眺めていた、なつきでしたが、やがて、雨宿りにも飽きてしまいました。
その時、
「そうだ、今のうちに”宿題”しよう」
ぱっと、頭の中にそんな考えが浮かんできたのです。今日、”音楽の時間”に出された宿題は、リコーダー曲の”ソラシドマーチ”の練習でした。
なつきは、さっそく、ランドセルの横にさしてあった茶色いリコーダーを取り出しました。
なつきは、リコーダーを吹くのが大好きなのです。3時間目の音楽の時間に習った”ソラシドマーチ”は、”ソ”と”ラ”と”シ”と”ド”しか、使わない簡単な曲で、あっという間に、なつきのお気に入りになりました。
♪ ソラシド ドシラシ ドシラソ ♪
実をいうと、なつきは、勉強はあまり好きではありませんでした。けれども、リコーダーとなれば話は別です。小鳥がさえずるような笛の音が好きでしたし、教科書の五線譜の上のオタマジャクシに似た音符を見ているだけでも、愉快になってしまうのでした。
♪ ソラシド ドシラシ ドシラソ ♪
一曲の半ばくらいまで、リコーダーを吹いた時のことです。
「あれ? 何だか、おかしな音が聞こえてくる」
リコーダーを吹くのを止めて耳を澄ませてみると、
♪ トントン、トントン、トントン ♪
頭の上の方から太鼓をたたくような音がするのです。雨がすべり台に当たっている音でしょうか。けれども、それとは、少し違うような気がしました。
おかしなことに、その音は、なつきがレコーダーを吹くと鳴り出し、吹くのを止めると止まってしまうのです。
「変だなぁ」
なつきはもう一度、最初から”ソラシドマーチ”を吹いてみました。
すると、また、あの太鼓のような音が聞こえるのです。
♪ ソラシド ドシラシ ドシラソ ♪
♪ トントン、トントン、トントン ♪
誰かがすべり台の上で、なつきのリコーダーに合わせて、太鼓をたたいているのでしょうか。
児童公園には、なつきの他には誰もいなかったはずです。こんな大雨の中をわざわざ、なつきに分からないように、そうっとすべり台の上に登る者がいるとも思えません。
「いったい、何なの」
なつきの心には、わくわくのような、どきどきのような気持ちが次から次へとわきあがって、もう止まらなくなってしまいました。
たまらず、もう一度、リコーダーを吹いてみると、
♪ ドドシラ シドシ ソラシ ドシラ ♪
♪ トントン トン トン トン ♪
やはり、すべり台の上から太鼓のような音が、響いてくるのです。
♪ ソラシド ドシラシ ドシラソ ♪
♪ トントン、トントン、トントン ♪
「やっぱり、誰かが、リコーダーに合わせて太鼓をたたいてるんだ」
すっかり楽しくなってしまって、なつきは、また、”ソラシドマーチ”を吹きました。
そうこうしているうちに、空にかかった灰色の雲はうすくなり、西の空からオレンジ色の太陽が顔をのぞかしました。降り続いていた雨もお日様の光の中に溶け込むように、消えてゆきました。
すると、
「音が聞こえなくなっちゃった」
雨があがるとともに、消えてしまった太鼓の音。
なつきが、よし、確かめてみようと、すべり台の下から、雨上がりの児童公園に出ていこうとした時、
「あっ」
すべり台の上から、小さなアオガエルがぴょんと、地面に降り立ったのです。それだけなら、
「ええっ」
アオガエルの後に続いて、一匹、二匹、三匹……と、現れた小さな黒いオタマジャクシ。
それらが、一列に並んで水たまりに行進してゆく様子に、なつきは何度も目を瞬かせました。
どこからか、楽しげなリズムが響いてきます。
♪ トントン、トントン、トントン ♪
そして、その音は、水たまりに近づくにつれて、小さくなってゆきました。
ぴょんと、先頭にいたアオガエルが、水たまりに飛び込みました。すると、後に続いてオタマジャクシたちも、すうっと水たまりに引き込まれてゆきました。
「待って、待ってってば」
なつきは、あわてて、すべり台の下から飛び出して行ったのです。
……が、
「ああ……消えちゃった」
アオガエルもオタマジャクシたちも、幻のように姿を消してしまったのです。
なつきは、目をこすり、何度も何度も水たまりを見つめ直してみましたが、そこには、西日に照らされた水たまりがキラキラと輝いているだけで、何も変わったモノはなかったのです。
「もう少し、一緒に遊びたかったのになぁ」
不思議な気分で、なつきは、水たまりの上の空に目を向けました。
雨上がりの空には、七色の虹がアーチを架けていました。それが、音楽の教科書に載っていた五線譜のようで、なつきは、わぁと声をあげてしまいました。
また、雨が降ったら、リコーダーを持って、すべり台の下にきてみよう。
そしたら、また、あのカエルたちに会えるかしら。
その日のために、また、別のリコーダーの曲も練習しなければなりません。
そう思うと、なつきは、雨の日が楽しみでたまらなくなってしまうのでした。
【雨の日のドラム】 ~完~
雨の日のドラム RIKO @kazanasi-rin
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