灰を揺らして

生憎と生まれてこの方非喫煙者なもので、吸いたくて吸いたくて堪らなくなるという衝動さえようわからんのですが。ふとした拍子、煙草というものにやたら惹かれる瞬間がありまして。それは吸っている佇まいがニヒルだよねとかそういうことではなく、くゆる紫煙の先が何やら未知なる扉へと通じていそうだよね──とか、そんな朧な拠りどころにござい。

話は打って変わって、街を歩いていると転移ポータルめいた物体に遭遇することってありません(「ねーよ」と即答してしまった方はもっと外を出歩くか、想像力養ってどうぞ)? ここではないどこかへ繋がっていると云いましょうか、何やらそれ自体が「ここで落ち合おう」とあの日異邦人と交わした約束の"標"みたく映ってしまうもの。

それは、たとえばドア部分が塗り込められ、庇だけが生き残った洋菓子店の外壁であったり、割れた点検窓からゴミをぎゅうぎゅうに詰め込まれた、今なお稼働中の配電函であったり、昭和からタイムスリップしたようなタバコの自販機であったり──。

そういえば、J. ミッチェルとR. リカード著『怪奇現象博物館―フェノメナ』にこんな記述がございまして。「あまたの湖に潜むこれらの恐ろしい獣は、天地の実相を見抜いた魔術者が棲まわせたものだ。その職務は、英知の門を警護することである」と。とどのつまり、ネス湖のネッシーをはじめとする海獣の類は、異世界に続く門を警護するためそこに配属されたのだというお話なのですが。

だとすると、タバコ屋のおばちゃんは扉の警護人で、コンドルのタトゥーはクラブの入場受付時に捺される、ブラックライトを当てないと見えないタイプのスタンプだったりするのでしょうか。入場はともかく、退場は想定していなさそうですが。

私も、マルホランド・ハイウェイを爆走してやりたい。もちろんガードレールにブチ当たってクラッシュするまでがワンセットであると承知の上で。