マルホランド・ドライブ

片栗粉

アメスピは吸わない

スマホのアラームが鳴る。

 うっすらと目を開けば、開けっ放しの窓からダイレクトに入ってくる自動車の忙しない騒音と、隣の中華料理屋から流れてくる油の臭いと見慣れた薄汚れた天井。

 そういや先月上の階の爺さんが孤独死したっけ。人の形に滲んだ黒い染みを見ながらぼんやりと思った。

 汗で水を含んだ布団でごろりと寝返りを打つ。干したのは、いつだったか。思い出せない。

 枕元に置いてあったコンビニのビニール袋をガサガサと漁る。ゴミばかりで目当ての物は見つからない。

 自分の今の状況みたいに。そう、ゴミだらけで必要なものは何もない。


「あ、タバコがねぇや」


 がりがりと頭を掻いて、誰にも聞かれることのないどうでもいい独り言を吐いた。


「いつもの?」


 アパートから徒歩5分の所、雑多な飲み屋の集まるプレハブの一角にその店はあった。

 愛想のないおばちゃんが一昨日と全く同じ台詞を言った。五年住んでいるが、見た目は全く変わらない。きついパーマにブルドッグみたいなたるんだ肌。こめかみの湿布。数ミリたりとも変わらない。

 もしかしてターミネーターなんだろうかなんてバカな考えが浮かんだが、おばちゃんがターミネーターだからってどうでもいい事だった。


「いつもの。二カートンね」


 ブイサインみたく指を立てると、おばちゃんがいつも通りにがさごそと後ろの棚からキャメルのメンソールを出してきた。


「また刺青増やしたの?」


 代金と引き換えにキャメルを受け取る時、おばちゃんが呆れたように言った。


「タトゥーって言ってよ。でもかっこいいでしょ?」


 昨日右の手首にコンドルのタトゥーを入れた。コンドルは死肉を喰らう。そしてその魂を空に還すのだ。美しいじゃないか。そんなの。


「はいはい」

「そういえばさ、表の自販機って、何のためにあるの?」


 私はずっと思っていた事を口にした。この時代の流れに取り残されたようなたばこ店の前には、昭和からタイムスリップしたようなタバコの自販機がある。

 それは私がここに来てからずっと【調整中】という張り紙が貼ってあり、使ったことはなかった。


「あー。あれね。アレはね、いや、知ったら戻れないよ」


 おばちゃんはいつものように、アメスピに火を点けると、旨そうに紫煙を吐いた。

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