深海魚は夢を見ない
満員電車に乗ると、私は深海魚になった気分になる。
息苦しい箱の中に、ぎゅうぎゅう詰めにされた哀れな魚共。
その眼は光なんて映さない。深海には光は届かないから。
凄い勢いで流れる景色を見る。これがハリウッドならどんなにいいだろう。
煌びやかで、華やかで、レッドカーペットの上を、シャネルの赤いドレスを着て歩くんだ。
フラッシュの光と、拍手、歓声。黄金色のシャンパンを手に、豪勢にドレスアップされた人の群れの中を泳ぐのだ。
そんなの叶いっこないってのは、笑えるほど分かってるけど。
私が今いるのは箱詰めの深海。
汗と香水とタバコの臭いがむせ返る、深海。
反吐が出る。
くそったれ。
箱が大きく揺れて、ガタンと止まる。
何だか忙しないアナウンスが聞こえてきて、私は深海の窓から煌びやかな世界を夢見た。
「酷い顔だよ」
仕事の帰りに、いつものタバコを二カートン買うと、おばちゃんが私の顔を見て言った。
「そうかな」
「疲れてるって顔してる」
「そんなんいつもだよ」
「そうかねぇ。何か今日はいつにも増してだよ」
ぺたりと自分の顔を触る。冷たい頬がただあるだけ。疲れてる?そんなん決まってる。全部に疲れてる。
クソみたいな仕事、クソみたいな満員電車、クソみたいな同僚。
クソみたいな、人生。
何をやってもうまくいかない。
「ちゃんと食べてんのかい?」
「はは、食べてるよ。大丈夫。そういえば、この店の名前、どういう意味?」
低いひさしに掲げられた古い看板を見る。金属製でレトロなカタカナ字体で書かれた店名。
「ああ、それね。死んだ亭主が付けたんだけど、あたしゃよくわからないんだけどさ、何でもアメリカの道路から付けたんだってさ」
こんな昭和のたばこ店の名前の由来が随分とオシャレなのが意外だった。直ぐにスマホで由来を調べる。
「へえ、ハリウッドが見渡せるハイウェイか……」
マルホランド・ハイウェイ。でっかい高級車で爆走したら、どんな景色が見られるんだろうか。
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