この物語を拝読するのは、二度目です。
読むほどに味わいの深まる作品は、思ったほど多くありません。それは、物語そのものに厚みや重みがあり、登場人物たちが真剣に「生」に向き合う姿を細やかに描き出した作品だけが持っている特徴だという気がします。
本作は、回を重ねるごとに味わいが一層濃くなる物語だと、改めて感じます。
19世紀末のフランスで、次々に訪れる過酷な運命を必死に生きた少年、ジュール。15歳で親を失い、引き取られた先の主人に力ずくで性を搾取され——持って生まれた容姿のあまりの美しさが、その残酷な運命を引き寄せた一つの原因でした。
弱いものに目を付け、執拗に追い詰め、自分の欲求を強引に押し付ける人間たち。その卑劣さ、残酷さに、決して改まることのない「人間」という生き物の愚かさをまざまざと見せつけられる思いがします。
与えられた運命の中で、それでも彼は何にも代えがたい出会いを手にします。彼を深く愛する恋人、そして、まるで父のように深く彼を愛する存在。彼らとの出会いで、愛し愛される喜びを知っていくジュール。深い愛情を交わすことで、今にも枯れそうな花が生き返るように輝き出す彼の姿は、読み手の心を強く揺さぶります。
人間の心にとって、「愛情」を注がれることがどれほど大切か。押し付けがましい説教などではなく、苦しみの中を必死に生きようとするジュールの姿が、まさにそのことをありありと訴えかけてきます。
この作品は、軽くて口当たりの良い物語ではありません。しかし、軽い口当たりの良さだけで埋め尽くされた物語を読み終えた先に、本当の感動はあるのかどうか。深い影があるからこそ、差し込む光が一層眩しく心に染みるのではないか。そんなことを、ふと思います。
ジュールの味わった残酷な苦しみと、その苦しみを乗り越えた先に手にしたもの。目を逸らさずに、一人でも多くの方にその明暗を深く味わって欲しい。心からそう思わせてくれる、素晴らしい作品です。
「BL」と現代風に呼ぶのではなく、敢えて「少年愛」と称したい、繊細に綴られた哀しくも美しい物語です。
「不幸な境遇の美少年」と「貴族の妾腹の青年」という組み合わせだけでごはん何杯でもいけるという人、結構いるんじゃないでしょうか。
そんな二人の物語が、19世紀フランスの空気を肌で感じるような詩的な情景描写とともに展開されていくのですから、惹き込まれないはずがありません。
主人公・ジュールは、とにかく不遇です。
酷い目に遭い、逃げ延びた先で得た安息と愛も、また乱暴に剥ぎ取られる。それを何度も繰り返します。
この、幸と不幸の配分と、それが不自然にならない展開や心理描写が非常に巧みです。
「君がッ! 幸せになるまでッ! 読むのをやめないッ!」と私の中のジョナサンが叫んだほどです。
ジュールを救った青年・ヤンもまた、心に深い傷を持つ人でした。
二人の心が近づき、引き裂かれ、再び相見えたと思ったらすれ違う——変化していく関係性の描き方が本当に丁寧で、思わず唸りました。凄い。
過酷な運命を辿った恋でしたが、二人の行き着いた答えには、温かな涙が零れました。
自分を真に幸せにできるのは、突き詰めれば自分自身に他ならないのかもしれません。
これまでの何もかもが、この素晴らしいラストシーンに繋がっていたのだと、胸が熱くなりました。
じっくりと読み込むべき作品です。素敵な物語を、ありがとうございました。
『ジュールの森』は純文学であり、ボーイズラブの要素を持つ青春小説であり、物語の色は人生を映し、必ずしも瑞々しい森の翠色ばかりではありません。19世紀のフランスを舞台に、ジュールという名の少年が、様々な葛藤を乗り越えて青年に成長していきます。その過程を丁寧な絵筆を用いたタッチで追う、彩り豊かな物語です。
少年・ジュールと、青年・ヤン。苛酷極まりない運命を生き抜こうとする彼等の愛が見えます。未来へ向かう生への希望が育まれては絶望するのですが、幾度、茎を折られても花は開くのです。決裂と融合。別離と再会。人間の残酷な面も未熟な面も乗り越えていく心の襞が、異国を舞台に織られ、時に切り裂かれ、そして再び紡がれるのです。
文章には美しいリズムがあり、異国の薫風と繊細な情緒を「日本語で綴る物語」というメディアに封印した文学。
いいえ……「封印した」と言うよりは「開放された」
心の薔薇窓が森に向かって開け放たれ、愛の旋風を巻き起こすが如くの熱情と浪漫です。
フランスの風に、やわらかな魂をたゆたわせるジュール。彼の心に寄り添うヤン。脇を固める個性的なキャスト。すべてが一織りのフィルムのようです。優秀な長編映画さながら、情景と心情は絶妙の比率を保持して、絶えまなく束の間のピースを連鎖させて永遠を形作ります。
この尊い愛の物語は大切に焔を燈し、存在しなければならない。
心の宝石に必ず成る。
そんな小説だと信じられるのです。是非、どうぞ。
二度目の通読になります。
ただただ、読み始めた瞬間から圧倒されること、間違いなしです。
無駄なく洗練された文章。内容は古きフランス文学を読んでいるかのように格調高く、それでいて簡潔で読みやすく、敷居の高さは感じさせません。
ジュールという名の、ひとりの美少年が辿る数奇な人生の物語です。
あまりに大きな幸運と不運が、おとなしく心優しかったジュールを翻弄し続けます。
その度に読者の心も大きく揺さぶられます。
ジュールの愛、喜び、恐怖、絶望……感情のひとつひとつが波となって、読者をも飲み込んでしまいます。ジュールと一緒に泣いたり笑ったりしながら、読む手が止まらなくなるのです。
各エピソードの構成力も、これ以外は考えられないというほど見事です。
最後まで読み切れば、そういった作品の魅力を心ゆくまで堪能できるはずです。
大切な一冊として、ぜひ、あなたのお手元に。