19駅目 秋葉原
大きい派手な掲示板にやかましい音、スタバのカップが転がる道路。お世辞にも綺麗とは言えない街だと思う。
大型の家電量販店とメイド服を着た女の子がいいコントラストになっているが、外国人の観光客も多く、日本のイメージを植え付けているのが秋葉原だと思うと少しゾッとする。
「ご主人様、寄っていきませんか?」
ピンクのメイド服を着て、白い息を吐きながら客引きをしている女の子に声をかけられる。
僕はこの街にかなり馴染んでいる。小太りで眼鏡をかけ、足早に通り過ぎる男はメイドカフェにとって格好の餌食だろう。いつもなら強引な客引きに断れないというのを口実に入店するのだが、今日は予定がある。
「や、大丈夫です…。」
小さな声で呟き、その場をそそくさと離れる。
僕は今から女の子とセックスするのだ。
28歳になったが、今まで彼女が出来たことがない。もちろん、童貞だ。いや、正確に言えば素人としたことがない。風俗に行き、本番をしたことはある。あくまでも仕事と割り切る風俗嬢は、笑顔こそ保ってくれるものの会話は事務的でセックスも淡々としていた。
やはり、素人の子としてみたい。そう思い、マッチングアプリを始めた。だが、見た目も学歴も年収も平均以下の僕は相手にされなかった。当たり前といえばそうだが、現実を突きつけられた気がした。
アプリを退会しようとした瞬間、1人の女の子から返信がきた。名前は菜子、20歳の女子大生だった。顔は左半分だけ写っていたが、よくわからない。でも、きっと可愛いに違いない。ほぼ妄想で出来上がった菜子は、夢の中では既に僕の彼女だった。
夢見心地な僕を放っといて他愛もないメッセージのやりとりが続く。そんな時、急に菜子から「私とセックスしてくれませんか?」と誘われたのだ。とても驚いたが、可愛い菜子からの提案を無下にするのは惜しく感じれた。
ただ、よく話が出来すぎている。援交希望か美人局か…悪い想像と菜子の裸が頭を交互に行き交う。僕は一か八か菜子の裸を取った。もし、待ち合わせ先に菜子らしき女の子が居なければそそくさと逃げてしまえば良い。
待ち合わせ先の少し手前で歩みを止める。白のフワフワしたコートを着てピンクのチェック柄のマフラーで口元を覆っている女の子が目に入る。着いたら電話するよう事前に打ち合わせしていたため、僕は菜子とのトーク画面を開き通話ボタンを押した。
目の前の白いコートの女の子がスマホを耳に近付けた。やっぱり菜子だ。妄想より可愛い。
「もしもし…」
少し頼りなさげな声が聴こえた。
返事をしようとした瞬間、菜子は僕に気付き少し不安げな笑みを浮かべながらも近付いてきてくれる。
「昭義さんですか?」
「そうだよ、菜子さんだよね?」
「はい、じゃあ…行きますか…?」
「え、すぐに?ご飯とか、お腹すいてない?」
「えっと、すいてなくて…」
「そっか、じゃあ…行こうか。」
「はい…。」
示し合わせたように裏路地に入る。派手な大通り沿いとは打って変わって昭和な匂いの残る居酒屋やパブが軒を連ねていた。その道を真っ直ぐ進むとポツンとかなり寂れたラブホテルが見えてきた。無言で入る。
部屋を選び、鍵を受け取りエレベーターに乗り込む。どちらも話をしない。かなり気まずかったが、この先行われる行為のことを考えると気まずさよりも上手く出来るだろうかという不安で頭がいっぱいになった。
部屋に入ると菜子は風呂場に行き、湯船に湯を溜め始めた。先程待ち合わせた時とは、別人のように慣れた手つきだ。僕は驚きつつも、菜子のペースに合わせてしまっている。多少慣れた女の子の方がいいかもしれないと自分に言い聞かせていた。
「最初シャワーどうぞ。」
その言葉に従い、シャワーを浴びた。念入りに身体を洗い流し、ベッドへ向かう。僕と入れ替わりに菜子がシャワーを浴びる。その間、ありえないくらいの脈拍数になっていたと思う。
タオルを身体に巻き付けた菜子はとてもエロティックだった。僕は我慢できず、すぐに菜子を抱いた。
セックスを無事終え、2人でベッドに横たわる。菜子は僕の腕に絡みつき、上目遣いで物欲しそうに見つめてきた。僕はたまらなく愛おしくなり髪を撫でると、嬉しそうに目を細める。好きだ、と思った。セックスをしたということは、菜子は俺のことが好きなのだ。
「菜子、順番が逆になって申し訳ないんだけど付き合いたいと思ってる、僕と付き合ってくれませんか?」
「え?私、そんなつもりじゃ…。」
え?私、そんなつもりじゃ…?じゃあ、どんなつもりなんだ?
「私、男の人に抱かれてないと生きてけないんです…。簡単に言えばビッチなんです。あなたみたいな方は誘えばすぐにしてくれるから、それで…」
「そんなことはやめた方がいい!!」
僕は声を荒らげた。
「菜子、そんなことはやめなさい。出会ってすぐの人とセックスするだなんて…。よくないよ。絶対によくない!」
「でも、あなたは出会ったばかりの私としましたよね?」
冷静に言い放たれた言葉は僕の心を抉った。
ホテルを出てから僕達は無言で駅へ向かった。
「それじゃ、今日はありがとうございました。」
菜子は僕が何か言い出す前に足早に改札をくぐった。
ただただ虚しさだけが残る夜、僕は缶ビールを買って家に帰る。
片道1時間30分、電車に揺られて君は何を想う。 杏ノ鞠和 @anno_maria
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