第10話

「ここからなら見えるか?いそしぎ


「は、はい、見えます!」


 空は快晴。太陽はまだ上がりきっていない。大木の天辺で風はほど強いが、それも心地よいほどであった。


「それにしても、絶好の鳥葬日和という奴じゃな!」


「……葬式に日和、などという言葉は使いませんよお屋形様」


 いそしぎ達は大木の天辺に登り、離れから婆の葬儀を見届けに来たのだった。婆の葬儀場にはいつかの煙の優しい匂いが立ち込めていた。烏達が婆の遺体に群がっていくのが見える。


「おお!来たぞいそしぎ!あれを見よ!」


 お屋形が指差した先にあったのは…


「金色の……烏!?」


 お屋形はカカカと笑った。


「見ておれいそしぎ。あやつがきっと一番良い肝を持っていくぞ。知っておるか、いそしぎ?鳥葬とは人の魂を空へ返すという意味があるのじゃ」


 いそしぎはそれらの様をどこか厳かなものを見るような目で見届けていた。


「…以前から不思議に思っておりましたが…どうして人の世のことをお屋形様はよくご存知なのですか?」


 崔が訝しく聞いてくる。お屋形は別段頓着もせぬようで、飄々と答えた。


「昔々に阿呆がおったからのう」


「阿呆?」


「妖狐なんぞに婚姻を申し込むいかれじゃ」


「………それはそれは………」


 それを聞き、崔にとっては今までのお屋形の奇行に対しむしろ合点がいくという思いだった。


 数日前、妖狐の里で実に百年ぶりにお触れが発布されることとなった。


 これがお屋形の初勅でもあった。久方ぶりのことになおのこと沸き立つ村の衆だったが、そのお屋形のお触れとは『先代までの法度をすべてなかったことにする』という皆の想像を遥かに超えたものだった。妖狐たちの混乱ぶりと言えば筆舌にし難いものがあった。


「お屋形様………その方がすべての元凶と考えてもよろしいのでしょうか?」


「さてのう?さ、そろそろ帰るぞ、わしらにはまだまだやることがあるからのう。いそしぎ?」


 いそしぎの耳にはお屋形の声は聞こえなかったらしく、ただただ夏空のように澄んだ瞳で金色烏の行きし方を見送るだけだった。


 生命とは。


 愛とは。


 家族とは。


 いつか縋るように答えを求めてきたいそしぎだったが、その答えは出たのだろうか。永遠に答えなど出ぬのかも知れぬ。


 しかし、いそしぎが投じた一石が村を変えたのは確かだった。


 お屋形はいそしぎの視線の先にある大空にいる金色烏の行方を見つめた。


 遥かその先には、かつての想い人がいる。


 二度と会えないとしても、その受け取った想いはきっと誰かに手渡すことが出来る、と。


 そこにいる小さな妖狐が教えてくれたのだ。


 お屋形は満足げに空を見上げた。


「さてもさても……晴れ晴れじゃ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

けだしあやかし 藤原埼玉 @saitamafujiwara

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ