第9話
その後の
食事も満足に喉を通らない様子に、村の衆も流石に叱る気も失せたらしく何日もそのままにしていた。
何日も夢と現を彷徨うような時間を過ごし、ある日の昼、
その気配がいつまで経っても去っていかないので、
「…お屋形様?」
「少し来い、
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
外に出てみれば、初夏が既に盛夏になりつつあるようであった。小川のほとりをぶらぶらと先導して歩くお屋形の背中に
お屋形の表情は何かを考え込むように、いつもより神妙であるように、
しばらく黙って川のほとりを歩いているとお屋形からようやく声がかかった。
「して…どうじゃった?」
「どうって…」
お屋形が振り返る。その表情に沈殿した感情は何故か読み取れなかった。
「婆の最後を看取ったのじゃろう?人の死を見届けるなど…我々妖狐になかなかに出来ることではない」
「…………」
「人の死に涙する……か。主はほんに面白い妖狐じゃ。して、
「……言い方を変えよう。後悔はあるか?人という、限られた命を持つ生き物に情を持つこと。そのことを愚かなことだと思うか?」
「わかりません…でも…」
「…この胸の痛みや悲しみ…温みは…私の知り得なかったことで…それはとてもうつくしいことだと……私は思うのです」
「うつくしい……?」
「……ばっちゃを思うと私の心に星空のように静かな灯りが灯ります。それはとても…うつくしいことだと私は思います」
「……たとえ、限られた時を生きるだけの命だとしてもかえ?」
お屋形は小川の流れを見つめて、そう言った。その横顔に沈殿した何某かの感情は、やはり
「箒星の如くに、お主を一瞬魅了し、幻惑し…ぱっとお主の元から去っていくだけ……すべては流転し、留めること能わず、心触れ合うとてそれは火花のごとく一瞬………生命とは……そのようだとは思わぬか?」
お屋形は今度は真っ直ぐ
「…私は掛け替えのないという言葉の本当の意味を知ったような気がします。”あの夜”から……」
うつむき加減の赤い目をした
「”あの夜”以来です、このように感じるようになったのは…。それは、この世に数多の生命の、そのどれもが小さく、儚くも、それぞれ懸命に、まるで星々のように輝いているように感じるのです…」
「………ふむ」
「…
とぼとぼと家へ帰る
「お屋形様……どうなされるお積りですか?」
「…正直わしはずっと迷っておった。この村を滅ぼさぬこととこの村を生かすことの間で」
滅ぼさぬことと…生かすこと?禅問答のようなお屋形の言い様に崔と丙は小首を傾げる。
「お屋形様……それらは相反しないものでは…?」
「違う」
お屋形は
そういえば妖狐の里では見ぬ細工物だったと、崔は今更ながら思った。
「それらは…きっと違うのじゃよ」
重ねて言ったお屋形の口がふっと笑みを形作った。
「
「な、何を今更仰るのですか。気色悪い…」
お屋形の口元にいつもの不敵な笑みが浮かんだ。それを見て丙は、自らの背筋に冷たいものが走ったような気がした。丙はとても言いようのない悪い予感を感じたのだ。
「これからのお前らの苦労を思うてな…労おうと思っただけじゃ」
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