書籍版W刊行記念 勇者、酒池肉林の罠に嵌まる

本日3/27 「勇者はひとり、ニッポンで~疲れる毎日忘れたい! のびのび過ごすぜ異世界休暇~」のタイトルで、一迅社様よりコミック版と小説版が同時発売になりました!

 各書店・通販サイトで取り扱い中! 大量に書下ろしもしましたので、よろしくお願いします!


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 その“神殿”の荘厳なたたずまいを前に、棒立ちになったアルフレッドは思わず身震いをしてしまった。

「俺はついに……ついにここまで……」

 来たのか、という最後の一言は感極まって声に出せず。

 そのかぼそい呟きは、勇者の口の中で小さく溶けて消えた。


 魔王を倒すべく旅を続けてきた勇者アルフレッドは、とうとうここまでたどり着いた。

 そう……「焼肉バイキング食べ放題」に!




「ああ~……絶対にベストなコンディションで挑戦しようと調整してたら、店を見つけてから三週間もかかってしまった」

 本当はもっと早く来たかった。見つけた時はちょうど昼飯を食べたばかりだったので、翌週絶対行こうと心に決めていた。だが……。

「せっかくの百二十品食べ放題。俺史上最高にがっつける腹具合でなければと思ったら、なかなか踏ん切りが……」


 それなりにお高い、美味しいニッポンのお肉。これを好き放題食べてもいいという天国を楽しむために、妥協はしたくなかった。

 この店で満足するまで食べるには、“軽く腹が空いた”程度の心構えではダメだ。腹が空き過ぎて、何にでも見境なく喰らいつくぐらいでないといけない。

 当然どれだけ食えるか、の可能容量も大事だ。そして脂の強い肉を底なしに食う為には、胃もたれなんか感じる暇もない“心の飢え”も必要になる。

 そう考えると先週も先々週も、アルフレッドの中で己の中の魔王暴飲暴食熱

「行きたかったけど……すごく食べたいとは思ってはいたんだけど……腹が減って死にそう、って程じゃなかったんだよな」

 焦る気持ちはあっても、腹の空き具合が“普通”でしかなかった。


 それではダメだ。

 かつてハッピーアワーや中華バイキングで無双した時のように、後のことも考えずにただただがっつく……その心持ちで挑戦しなくては。

「それに週に一度、安息日にかぶせないとならないって制約もキツかったなあ……」

 週の途中で急に気持ちが盛り上がっても、ニッポンの店に「じゃあ今晩行くかぁ!」ってわけにはいかないのだ。なのでうまくタイミングを合わせるのに苦労して、とうとう三週間も経ってしまった。

「だが……三週間もおかげで、俺の心身は完璧だ!」

 “調整”は万全。

 昨晩は居酒屋に行かずに宿に直行し、宿泊場所を蚕棚カプセルにして朝食も抜いた。行きたい気持ちを三週間も抱え、さらに晩と朝と二食抜いたので腹の虫も絶叫が止まらない。今すぐ肉をあるだけ貪り食えなければ、我を忘れて今ここで破壊の限りを尽くしてしまうかも……それくらい、今は飢餓感が高まっている。


 アルフレッドは期待と欲望にギラギラした目で、外にまで良い匂いを漂わせている焼肉店を見つめた。

「まさに完璧、準備万端だ……いざいかん! 俺の焼肉バイキングユートピアへ!」


 彼はこの努力を、なぜ魔王討伐に活かせないのだろうか。


   ◆


「こちらの席でお願いします」

「はいっ!」

 広々とした席に案内されたアルフレッドは、テンション高く返事をした。

「なるほど、さすが焼肉食べ放題……席もこんなに広いとは、さすがの豪華さだな!」

「いえ、四人から六人座れるようになってるだけでして……」

「なるほど! さすが食べ放題!」


 ハイになっているアルフレッドを残して店員が下がると、勇者はさっそく席を立った。

 この店は食べ物をカウンターに並べてあり、客が好きに取って自席に持って帰って食べるシステムらしい。席を使っていい時間は決められているので、チャッチャと動かなければもったいない。

「肉だけじゃなくて、その他の料理も含めて百二十種類か。そうだよな、肉だけで百二十とか、そんなに種類は無いよなあ」

 むしろ、その他の物も食べられた方が楽しいかもしれない。

 アルフレッドは用意された盆を持つと、さっそく肉を……と思ったら。




 呆然としていたアルフレッドはやっとの思いで声を絞り出した。

「…………おいおいおいおい」

 棚に、肉が並んでいる。


 肉が。


 大皿にたっぷり山盛りで。


 棚いっぱいに。


 アルフレッドの人生で見たこともないくらいに大量の生肉が、“私を食べて!”と言わんばかりに整然と並んでいる。


「え? なにこれ⁉ これ、俺が全部食べちゃってもいいのか!?」

「食べきれる分だけお持ちになって下さいね~」

「はい!」

 慌てて冷えた棚冷蔵ケースに駆け寄ったアルフレッドは、バカでかい皿に盛られた肉をしげしげと眺めた。

「百二十は無いと言ったって、三十種類くらい肉があるぞ……!」

 こうしてみると、肉にもなんといろいろな部位があるものなのか……。

「豚や鶏はそう書いてあるから、書いてないのは全部牛肉か? やっぱりニッポンではヒツジやヤギは食わないみたいだな……」

 大皿の横に取り分け用のはさみトングがあったので、アルフレッドはガッとまとめて掴んだ肉の山を……そーっと持ち上げてその下を覗いてみた。

「ニッポンだから、もしかしてと思ったが……コメでかさ増しはしてないな。本当にこの皿、全部肉だ!」

 さすがのニッポンも、加熱用生肉で丼はやらない。


「ふ、ふふ……本当に肉を食い放題なのだな!」

 を実際に目の前にして、異世界の勇者は奮い立った。

 用意した取り皿に片っ端から肉を積み上げる。食える分だけ取れと言われたが、たぶん食える。大丈夫!

「よし、この肉をどんどん焼いて、ホカホカの熱いコメでモリモリ……モリモリ……モリモリ?」

 勢いでコメもどんぶりにたっぷり盛ろうとして、アルフレッドの手が止まった。

「あれ? もしかして……」


 コメをモリモリ食ったら、そのぶん肉が食えなくなるんじゃない?


「……そうだよ! せっかく肉をどれだけ食ってもいいんだぞ!? ちょっとの肉をコメで補ってる場合じゃない!」

 いつもの“牛丼”方式では、もったいなさ過ぎる!

「むしろ、コメをちょっと食べたらその味で肉をモリモリ食うぐらい……いや、豚肉を一枚食べたら牛肉の山を平らげる心意気で食わないとマズいんじゃないか!?」

 極論に行きついた勇者は悩んだ末……コメはちょっとにして、とにかく肉を食うことにした。

「タレの味でコメをぐいぐい食うのも好きなんだけど……食べ放題の今は、それどころじゃないよな」

 少し名残り惜しい気持ちで、アルフレッドは保温ジャーを閉めた。


「んん?」

 今気がついたが、ジャーの横にいくつか蓋が並んでいる。こんなの他で見たことない。

「こっちはなんだろう?」

 コメの横の蓋を開けたら、透き通った色合いのスープが入っていた。

「スープか。まあ、スープくらいはもらっていってもいいな」

 その隣の蓋も開けてみた。

「あ! これはあの美味しいなめらかスープコーンポタージュ⁉ これは飲みたい……」

 さらに隣を開けてみた。

「うわっ、カレーだと!? え? なに? ここはカレーも食べ放題なのか!?」

 しかも明らかに、学食のカレーよりもゴロゴロ具が入ってる……。

「うっ、カレーを好きなだけ!? ……しかし、ここでカレーとコメを好き放題したら、肉のほうが……」


 他で出会ったならば、ただちに思う存分食べてやるのに。

(なんて……なんて出会うタイミングが悪いのか……!)

 アルフレッドはあまりの苦悩に、肉の山を抱えたまま悶えてしまった。

「なんで……なんでこの店は、焼肉とカレーの食べ放題を同時にしろなんて残酷なことを言うんだ! 俺はどちらも思う存分“放題”したいのに……」

 カレーと焼肉、どっちを優先するかと言われたら「焼肉!」と言わざるを得ない。

 やはり希少価値で言ったら、カレーのほうがいつでも食べられる。だが、“好き”という感情はそう簡単なものではないのだ……。


「…………仕方ない。カレーは……あきらめよう」

 またさんざん悩んで、断腸の思いでアルフレッドはつらい決断を下した。

「すまん、カレーよ……俺の腹が一つしかないばかりに……!」

 ふがいない俺を許してくれ。また今度、思う存分食ってやるから。

 目尻に涙を浮かべ、勇者はカレーの誘惑を振り切った。


   ◆

 

「さあ、とにかく肉を食おう」

 今日は肉を食いに来たのだ。

 未練を残しつつも、アルフレッドはスープコーナーを離脱した……ら、通路の反対側は惣菜コーナーだった。

「え? こんな料理も勝手に食っていいのか?」

 この店では肉・コメ・スープ以外に、料理まで用意されていた。

 揚げ物や煮込み料理、スパゲティだの調理済みの肉料理だの……アルフレッドが閉店間際のスーパーで、何とか半額にならないかと睨んでいたパック詰めよりも美味しそうなものばかり……。

 だが、それらを圧倒して光り輝く一皿が。

「唐揚げ! おまえ、唐揚げじゃないか!?」

 アルフレッドが愛してやまない唐揚げが……大皿で、作りたてで並んでいた。

「お、おまえまでこんなところにいたのか……」




 アルフレッドは恐ろしい蟻地獄にはまったことを悟った。


「焼肉に、カレーに、唐揚げをどれでも食べ放題だと!? そしてどれか一つを心行くまで堪能したら、他の料理は味見程度にしか、食えないのか……!」


 皆を心の底から愛しているのに、誰か一人しか選べない。


 だけど一人だけを選んだら、きっと見捨てたことをいつまでも後悔する。


 そして(食べ放題)時間は有限で、悩むヒマさえ与えられない。


「神は……神は、俺にどうしろと言うんだ……!」

 いきなり巻き込まれた、とんでもない激動のハーレム展開!

 不意討ちの重たい一撃にアルフレッドはクラクラして、よろけた拍子に近くのカウンターに手を突いた。

「ん? ここのコーナーは……」

 料理を盛った大皿が並ぶ他のカウンターと違い、ここはガラスで囲われた陳列台が載っている。

 そのガラスケースの中にずらりと並ぶのは。

「……冗談だろっ!? おい、ちょっと待てよ!?」

 中を覗いたアルフレッドは硬直し……信じられない物を見て、思わず叫んでしまった。


「十種類以上の寿司も、食べ放題だと……!」


 アルフレッドの心中を、驚愕が突風のように吹き抜けた。

 焼肉に、カレーに、唐揚げに、握り寿司。舞台俳優でいったら、どいつもこいつも主役級の逸品。

 そして、もしかしたら。それ以外にもアルフレッドの知らない美味しい物が、今この場にあるのかも。


 それら全てが食べ放題なのに、自分の腹に限界があるせいで食欲を満足させるまで好きなだけ食べることができないなんて……。

 



 ここは焼肉バイキング。異世界ニッポンの魔王城。

 大食漢の天国であるとともに、優柔不断な勇者の地獄。


 空腹は容赦なく責め立ててくる。

 だが腹を満たす前に、まず何を食べるのか決断しなくてはならない。

 全ては手に入らない。 

 しかし見過ごすこともできない。

 刻一刻と迫るお食事終了タイム。

 今すぐ決めねばならないのに、飢餓と焦りが冷静な思考を妨げて……。


「お、俺は……俺は……うおおおおおおおっ⁉」

 

   ◆


 休み明けだというのにボーっとしているアルフレッドを見て、ミリアが声をかけた。

「どうしたの、アルフレッド。いつにもましてボケているわね」

「ああ、いや」

 どこかうつろな顔の勇者は、自分の掌を広げて眺めた。

「俺の力が足りないせいで、救い切れずに掌をすり抜けて落ちて行った者がどれほど多いかと思うと……」

「あら、あなたにも勇者の自覚が出てきたみたいね」

 珍しくもシリアスな悩みを吐露する勇者に、聖女は目を丸くした。

「そうね……いつか全員救ってみせると胸に刻んで、今は切磋琢磨して己を磨くしかないわね」

「そうだな」

 姫に言われ、アルフレッドも頷いた。

「頑張ってもっともっと鍛錬して……一つ残らず好きなだけ食えるようにならないとな」

「何の話をしてるのか全く分からないというか分かりたくもないけど、あなた今以上に胃を広げてどうするのよ」

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ギスギスした毎日に疲れ果てた勇者、週末は異世界「ニッポン」でまったり飲んだくれるのだけが楽しみです ~たまの休日くらい、独りで羽根を伸ばさせろ!~【23/10/27 コミック2巻発売!】 山崎 響 @B-Univ95

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