第31話 勇者、絶体絶命になる
前回の話。
猫ちゃんついて来ちゃった。
以下略。
「きさまはしっかり休むべき安息日に、どこをほっつき歩いてこんなのを拾って来たんだ……!」
バーバラが苦々し気に仔猫を摘まみ上げるのを、アルフレッドが慌てて奪い返した。
「しかたないだろう! 腹を減らしていたらしくて、ついて来てしまったんだから」
「だからといって宿に連れ込むな! 何か食べさせて置いて来ればよかったじゃないか!」
「俺だってまさかついて来れるとは思わなかったんだ!」
自分で言っておいて、そこに引っかかってアルフレッドは首を捻った。
「しかしどういうことだ? ニッポンから一緒に来ちゃうだなんて……俺の服の中に包んでいると連れて来れる? それとも生き物なら一緒に転移できるのか!?」
「叱られている最中に何をぶつぶつ言ってる!?」
「あっ、すまんすまん!」
いっこうにご飯を出してくれないので、猫がベッドの上をウロチョロしだす。それを見下ろし、ミリアが額を押さえる。
「とにかく、こんなのを旅に連れて歩けないわ。宿の外に置いていくしかないわね」
「そんな!?」
「どうせ元々野良猫でしょう?」
姫の非情な宣告に、情が移った勇者が悲壮な雄叫びを上げる。
「そんな……俺にはできない! アレクサンダーを捨てるだなんて!」
昨晩拾ったばかりの仔猫から離れられないアルフレッドの頭に、剣士が激しくチョップをくらわせた。
「もう名前を付けたのか! というか、きさま……何て名前を付けるんだ!?」
「……ぴったりだと思ったんだが、なんかまずかったか?」
「アレクサンダーは
「…………あっ!?」
「忘れてたな!? きさま、忘れてたんだな!? それでも王国貴族か……!」
「……道理でなんか、聞き覚えのある名前だと思ったんだよなあ」
「それで
「ふーん。猫ねえ」
もう今にも勇者を手打ちにしそうな騎士の横をすり抜け、ダークエルフが猫を摘まみ上げた。じたばたする猫をしげしげと眺める。
「おい、アルフレッド。この猫メスだぞ」
「……見て分かるのか?」
「むしろ、なんで分からないと聞きたいんだが」
アルフレッドは残念そうに猫を抱き上げた。
「そうなのか……これでパーティにも男友達がと思ったのに」
「あんた、猫を旅に連れ回すつもりだったの?」
「それ以前に、猫を友達にカウントするのか?」
魔術師とダークエルフが呆れた目で見て来るが、その視線にも気づかず勇者はぶつぶつと呟いた。
「しかし女の子かぁ……となると、アレクサンダーというわけにはいかないな。女の名前でイイ感じのヤツか……」
「!」
「!」
ピクッと反応したミリアとエルザが横目でお互いを睨み合う。
バーバラが何か言いたげに困惑の視線をさ迷わせる。
そして急に活き活き周りの仲間を見回し始めるフローラ。
女性陣が黙り込んでそれぞれの反応を見せる中……思いついたアルフレッドが指を鳴らした。
「よし、決めたぞ。おまえの名前は」
「名前は!?」
「アンヌマリーだ!」
一人納得している勇者と、コメントもなく立ち尽くすパーティメンバー。
「……アルフレッド、どこからその名を?」
「ん? 俺のおばあ様の名だ。気高く、かつ親しみやすい。令嬢として最高の名前だと思わないか?」
胸を張る
「なんで!? 他にもあるだろ! ほら! 女の子に相応しい名前が!」
「どうして? アンヌマリーって貴婦人に相応しい名前だろう?」
「それには文句は言わない。だが今考えるなら、もっと、いかにも高貴な名前があるんじゃないか!? ほら、アレクサンダーの次と来たら! なっ!?」
やたら訂正を急かしてくる女騎士は、なぜか横をチラチラと気にしている。そちらには
「どうでも良いがバーバラ、おまえなんで震えているんだ?」
「本当にどうでも良い質問は後にしろ!?」
切羽詰まってそう叫んだバーバラの肩を、ガシッと
「ひぃっ!?」
ビクンと跳ねて目を見開いたまま固まる騎士を押しのけ、なぜか冷気と怒気を噴き上げた姫はアルフレッドの手中から猫を取った。
「あ、あの、姫?」
「裏の森に投げ捨てて来るわ」
「え!? そんな!」
抗議の声を上げかけた
「だ・ま・り・な・さ・い」
姫様、なぜか目が据わっている。
え? なんで姫様、見たことないくらい怒ってんの?
さすがのアルフレッドも今のミリアの迫力に逆らえず、硬直して声も出ない。バーバラはおろか、エルザさえ茶化せない中……部屋を出て行こうとするミリアにのんきなフローラが声をかけた。
「出発は遅らせるのか?」
「……今日は日取りが良くないから明日にするわ」
激しく扉を閉めてそのまま自室に戻ったらしいミリアを見送り、ニマニマ笑いが止まらないダークエルフは肩をすくめた。
「日取りっていうか、虫の居所だな」
◆
泊まっていた部屋に戻ったミリアは勢い良く扉を閉め、そのままぐったりベッドに寝そべった。
「アルフレッドめ……!」
あのバカ勇者めが……。
可愛がる猫にそのものズバリ、本人の目の前で“ミリア”と付けろとなどとは言わない。
「だけどせめて、考慮するフリをするとか。冗談めかして口にするとか……!」
これが普段なら、猫にどんな名前を付けようと(まじめに付けたのなら)怒りはしない。しかし今日はその前段階で、“気高く”だとか“親しみやすく”だとか“令嬢として最高の”などと条件を上げていて…
「……まあね。その手の
それにしたってチラリとも考え至らない様子に……
ミリアは人気がある。もちろん姫という身分へのおべっかもあるだろうが、それを抜きにしてもそれなりに魅力はあるだろうと思っている。
ところが、あのアルフレッドという男は……。
「……忘れてそうね」
そういえば、そういう種類のアホだった。
いや、いっそ忘れている方が良い。
分かっているのに興味もないよりは。
ため息をついて顔を上げたミリアは、顔のすぐ横でうずくまって覗き込んでいる小動物に気がついた。
「ナーウ?」
「……なんですの。慰めているつもり?」
「ナーン」
「はぁ……言葉も通じない猫の方が気遣いできるなんて、本当にあの男は……」
猫はさらに寄ってくるとふんふんとミリアを嗅ぎまわり、ペロッと頬を舐める。
「ウナーン!」
これは親愛のしるしだろうか。猫の無邪気にフレンドリーな態度に、ミリアも思わずクスッと笑った。
「……はいはい、脅かした私が悪かったわ。心配しなくても良いわよ、気をつけて王宮に送ってあげる。あっちには私の飼っているディアマンテもいるのよ? 猫が好きな人間もいくらでもいるから大丈夫」
「なんだか、朝から疲れたわ……」
仔猫は寝始めた(らしい)人間を見て、エサはもらえ無さそうだと判断した。
だったら一緒に寝ようと思った仔猫はうろうろし、一番良さそうなところを見つけた。
猫は高いところが好きだ。しかも拾われたばかりの仔猫だから分別も無い。枕より高い、つまり
「え? え? ちょっ、猫ちゃん?」
ちょうど目をつむっていたミリアは、急な感触に軽くパニックになった。
もぞもぞ動く小さいふわもこがいきなりくっついて来たかと思うと、可愛らしい短い足でミリアの頭をよじ登り始める。
(冷静なら)ミリアはアルフレッドどころじゃない猫好きだ。仔猫が失礼なことをしても怒れない。しかも顔に足を置いているので、爪を出されたら怖いから目も開けられない。
猫がいきなり何を始めたのか分からないミリアがオタオタしているうちに、登頂を果たした仔猫は満足そうに伸びをして、四肢をだらんと垂らしてミリアの顔の上で寝始めた。
閉じたまぶたの上に感じる、柔らかい綿のような仔猫の腹毛。
ほのかに暖かい体温が顔の上半分を覆い。
トクントクン言う心臓の鼓動や、呼吸に合わせて上下するお腹の感触。
いきなり顔を踏みつけられたとはいえ、仔猫が自発的にアイピローになってくれるなんて愛猫家にはむしろご褒美だ。だから当然、王国屈指の愛猫家であるミリア姫も……。
「ふ、ふぉおおおおおお!? ちょっ、猫ちゃんダメ! そんなことされたら私、起きられなく……あああああでも、このお腹のふわふわもこもこもこが……」
「ニャウ? ナ〜ウ、ナンナンナウー」
「あっ、あっ、ちょっ!? 耳元で可愛く囁いちゃ……!? いけない、今は大事な旅路なん……」
「ウナ~ウ……」
スゥー……フゥー……。
「寝ちゃった!? 猫ちゃんそんな無防備に……あああ、寝息に合わせてお腹の感触が上がったり下がったり……あ、猫ちゃぁぁあああっ!?」
◆
アルフレッドに命名候補にも挙げられずミリアが逆ギレした、あの日から三日。
ミリアの部屋の前に、勇者パーティの一同が集まっていた。泣きそうな顔のバーバラが、代表して部屋の扉をノックする。
「姫様? 姫様、そろそろ出立しましょう」
起きてはいるらしく、すぐに返事は返ってきた。
『イヤです。
「でも、無意味にここに留まっていても……」
『じゃあ都に戻ります。
「そんな!」
昨日も一昨日も同じ返事。気を揉む女騎士は再度扉を叩く。
「姫、我らは魔王討伐の使命を帯びて旅をしているのですよ! 猫にかまけてだらだら時を潰すわけには……」
『あっちの都合で来るんだから、魔王なんか待たせておきなさい! 猫が成長するのは早いのよ!? かわいいリュビが大きくなるのはあっという間なの! 次に王宮へ帰るまでなんて待ってくれないわ! 今 かわいがるのを逃したら、絶対私後悔する!』
「ひーめー!?」
崩れ落ちる騎士の後ろで、勇者と魔術師はとっくに諦めてる顔を見合わせる。
「そう言えばミリア、王宮で猫飼ってたわね。猫を飼うと人間、バカになるとは聞くけど」
「あのクソ生意気な白猫だろ? かわいがってたな、確かに」
「アル、あんた猫に舐められてるのよ」
なんだか微妙な顔をしている弓使いが、がっくり肩を落としている騎士に質問する。
「で、どうする?」
「…………今日は、解散…………」
勤め人の悲哀を背中に浮かべたバーバラはそうひとこと呟き、自室へと戻って行った。
「だ、そうだ」
「りょーかーい。はぁ、明日は旅支度し直すの止めようかしら。どうせ無駄でしょ」
「うむ、そうだな。せっかくだから朝から飲むか?」
「姫、ちょっとでいいから俺のアンヌマリーを貸してもらえないか!?」
『やーだー』
◆
(しかし……)
自室のベッドに崩れ落ちたバーバラは、ふと一つの疑問を思い出した。
騎士団の任務には領内の治安維持やパトロールもある。小隊長をしていたバーバラは、地方の植生や生き物にも詳しい。
◆
(……それにしても)
時間が有り余っているので街に買い物に出かけたエルザは、魔術の触媒に使える素材を市場で探しながら思った。
賢者の園で抜群の成績を収めたエルザは、歳は若いが博識で知られている。
◆
(あれは間違いないな)
暇つぶしに森へ出たフローラは、見つけたハーブの香りを嗅ぎながら考えた。
大陸中を旅したフローラは、あらゆる土地で様々なものを見ている。そして“地上でもっとも神に近い存在”としてあらゆる知識に通じている。
◆
三人は、三者三様に思った。
(あんな模様の猫が
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あとがき
「ギスギス勇者」第2期、これにて一旦締めさせていただきたいと思います。
最初に書いた第1期からだいぶ時間が経ってしまいましたが、引き続いて読んで下さった方、新規に見つけて下さった方、ありがとうございました。
ちょこちょこネタは湧いていたので、本当は1周年になる昨年8月に投稿したかったのですが……異動・転勤・引っ越しとありまして、新しい土地に馴染むのとか、本業の忙しさもあってなかなか書けておりませんでした。
今回はまさかのコミカライズが決まって連載開始の応援ということで、書き溜め半分の状態から勢いで始めちゃいました。1話当たりの分量を倍近くにしたので、ストックない状態ではきつかったです。
第1期は気軽に書ける量ということで1話3,000字見当で書いていました。その分アルフレッドの食レポは飛ばしていたので、今期は読み味が重めになったかなと思っています。
以前第1期の〆の時に、パーティメンバーをニッポンへ連れて行くネタを話しさせていただきました。その設定を生かすかどうか、今回はやる/やらないをまだ決めかねてまして……他にもネタはあったので、第2期は判断は先延ばしにする事に致しました。
というわけで3期目も計画(だけは)しております。いつ頃とかの予定はまだ何も考えていませんが、コミカライズが順調に続けばそのうちに……と思っております。
コミカライズ版「勇者はひとり、ニッポンで」の第5話が掲載されているコミックREX12月号が本日発売になります。
一応予定では年明けくらいにコミックスが出てくれるんじゃないかなと思いますので、発売告知に単発でも1話掲載したいと思います。段階を踏んでと思って2期ではやらなかった、焼肉バイキング回とかどうでしょうかね。
コミック版の連載はまだまだ続きます。
そちらもどうぞよろしくお願い致します。
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