第3話 新しい住処(すみか)

 あれから、ひと月以上経った。私は神殿の最初に目が覚めた部屋であのまま生活している。


 大神官様から、直接きいた話によると、精霊の加護が有るか、無いかは、10歳の年に最寄りの神殿で鑑定が行われるそうだ。富貴は関係なく必ず最寄りの神殿に赴く事が課されている。


 普通は加護を持っている者は、何らかの普通の人とは違う特別な力がそれまでに顕現するので、この人は加護を持っているだろうとなんとなく分かるようだ。


 だから、そういう人は大切に扱われるのだという。何故ならば、そういった者の家族には褒賞金が支払われるのだそうだ。それが施設ならば、施設に支払われるらしい。


 私の場合、池に落ちて死にかけた事が、加護を発動させたようだった。


 今までは抑えられていたのだという。その理由は、また今度教えると言われた。


 神殿では、聖女候補は聖女教育を18才から受ける。けれど、貴族の子女でない場合等は環境を整える為に、10才の鑑定で加護を持っている事が分かった時点で神殿で預かる事もあるそうだ。


 それは、親の居ない場合、環境が劣悪だとか、施設にいる場合だそうだ。


 私が今居る所は、そういう聖女候補の為の施設だと言われた。


 聖女候補とは、聖女様が亡くなった時にその中から神託で選ばれて代替わりするのだそうだ。


 今の聖女様はご高齢だといわれた。


「そなたは、大切にされなくてはならない聖女候補である。10才の神殿鑑定で、加護の力が分かるだろう。今から神殿で神に仕え、色々な教育を受けなさい」


「はい、ありがとうございます」


 私には教育の為の神官が付けられる事になったと言われた。


 朝起きてから、その日の日程が細かく決められている。


 聖女が決まった時に、聖女に選ばれなかった者はそのまま巫女として神殿で働く事が出来るそうだ。


 それはいいお話だと思った。聖女に選ばれなくても巫女のお給金をもらって生活できる。


 神殿での生活は、単調ではあっても、穏やかだ。朝の祈りから始まり、自分の勉強に掃除等の奉仕や手伝い。夜の祈りで終わる。


 伯爵家で悪意に晒されていた時の事を思えば、どれもたいしたことはない。


 理不尽な暴力を振るわれたり、蔑みを受けなくてもすむ。


 夜は、眠る前に頭の上に飾られた天使の絵を眺める。


「母様、おやすみなさい。今日もしあわせな一日でした」


 そうつぶやくと、天使様が笑った様に見えた。


 

 


   ※      ※      ※





 少し前の事だ。


 ディドゥリア伯爵家では、その日、大変な事件が起こった。


 伯爵の妹の娘であるフェリーチェが、屋敷の裏庭で池に落ちたのだ。


 そのまま浮かんでこなかった。


 フェリーチェが池に落ちたと、気が狂ったように屋敷に助けを呼びに行った伯爵家の次男が、使用人を連れて池に戻った時、池は静まり返り、汚れた小さい靴が浮かんでいるだけだったそうだ。


 直ぐに使用人が冷たい池に潜り探したが、フェリーチェは見つからなかった。


 裏庭の池は屋敷を建てる時にも、もともとあった池を利用したものだ。


 底なしで、何処かに繋がっているのだという話がある。


 フェリーチェを虐めていた使用人達はとても寝覚めが悪かった。


 伯爵から甘やかさぬ様に、下働きの使用人として扱えと言われていたので、喜々としてそれ以上の酷い扱いをした。ようは鬱憤晴らしだ。弱者を痛めつけ、自分達よりも下にいる者がいれば心が満たされる。


 それ以前に、『陽だまり姫』がその娘を連れて戻り、良い暮らしをしていたのを知っていた分、特に序列の低い使用人達からは反感を持たれていたのだ。


 今まで、傅いて世話を焼いていた者が自分達よりも下の暮らしをする事に、喜びを感じるのだ。


 だが、それが死んだと聞かされ、皆、恐ろしくなった。


 その後、伯爵から使用人には緘口令が敷かれ、フェリーチェは元々、存在しなかったものとされたのだ。


 これは、神殿の威光を笠に、個々に呼び出し圧力をかけてそれとなく伯爵家の使用人達から聞き出された話だった。


 次男はその後、領地から出て、王都の屋敷で過ごしているとの事だった。


 自分が人を殺した場所に住むのがいたたまれなかったのだろう。



「という話です。大神官様。あの娘の扱いをどの様に致しましょうか?」


 キルスは報告をすませると、大神官に聞いた。


 彼は大神官の忠実な部下だ。


「フェリーチェは大神殿で保護する。私には分かるのだが、あの娘の加護は桁はずれのものだ。大切にせよ」


「はっ、大神官様の仰せのままに」


 そのようにして、フェリーチェの居場所が決まったのだ。

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