第2話 大神官様
私が目を覚ますと、白い壁の小綺麗な部屋に寝ていた。
壁は白く。カーテンも白く。机も、ベッドも白かった。何もかも白で統一されている。
必要最低限の物が揃っている、清潔な部屋だと思った。一人部屋で、病室というのでもなさそうだ。小さいクローゼットもある。
括り付けの本棚には何冊か本が並んでいた。
余計な物は何もないけど、窓や天井には蔦のレリーフがある。
そして、ベッドの頭の上の壁には四角い窪みが作られ、大人の掌大の小さい額縁が飾られていた。
とても小さい絵だけど羽を背にした美しい天使が祈る姿が描かれていた。
その姿は、亡くなった母に似ている様な気がした。
ベッドから足をおろすと床には子供用の白い布で出来た靴が置かれている。
これを履くようにということだろうかと、足をいれると、ピッタリだった。
ああ、これは私の靴なのだろうか?柔らかく、しっとりとした生地で出来ている。
今まで私の足にはもう合わない、擦り切れて汚れた靴をずっと履いていたので、とても気持ち良かった。
かなり汚れていた私の身体からは、石鹸の匂いがした。
ふと見ると、着ている服もストンとした白いワンピースで何も飾り気はないけれど、やはりやわらかい上等の生地だった。
ここはどこだろう。こんな場所は知らない。伯爵家にも無かったはずだ。
それに伯爵家でこんな良い場所で眠らせてもらえるわけがない。
あ、そうだ、懐中時計はどうなったのだろう?部屋を見回したけれど見つからなかった。やはり失くしてしまったのかとがっかりした。
歩こうとすると、フラフラしたので這うようにして窓まで近づいて寄りかかった。
窓から外を見ると、壮大な庭園が見えた。ここは二階よりも高い位置にある部屋のようだ。
左右対称の造りになっている庭園の中心となる場所には林立する白い柱が何本も並び、ここが普通の場所ではないのだと知らしめているようだった。
ぼーっと外を見ていると、ノックの音がして、静かに戸を開けて知らない男の人が二人入って来た。
二人とも、白くて長い服を着ていた。
「ああ、目を覚ましたのだな。どうだ、身体の具合は?二日も眠っていたのだが・・・」
二人のうち、たいそう綺麗な人の方が私に問いかけた。
その人は月星(つきほし)の静かな光を集め、それを紡いたような静かに煌めく長い銀糸の髪に、新緑の翠に金を刷いた瞳を持っている。そして、よく似合う白い服には金糸、銀糸で細かい模様が刺繍されとても美しかった。
男の人だけど、私の知る限り、母と同じ位美しい人だと思った。ぽかんとして、答えられずに、ただ見つめるばかりの私に、もう一人の人が言った。
「これ、大神官様に失礼だ。答えよ」
その人を手で制し、大神官様と呼ばれた人は言った。この人が『大神官様』なのだろうけど、私にはよく分からなかった。伯爵家では、母と暮らしている間、文字は母が教えてくれたけど他に教育は受けていなかったのだ。
だから大神官様が何なのかよく分からなかった。
「良い、今目覚めたばかりなのだ、そのように言うな、委縮してしまう。娘、どこか苦しくはないか?」
私は首を横に振った。
「そうか、それは良かった。だが、池の水を飲んで気を失っていたのだ、今日はここでゆっりすると良い。後で飲み物など身体に優しいものを持って来させる」
そう言われて、喉が渇いている事に気付いた。
「所で、そなたの名は何と言うのだ?」
「・・・フェリーチェ」
すこしかすれた声が出た。
「そうか、『幸福』を意味する名だな。良い名を持っている。少し話をしたいが、まずはそこに座りなさい」
ベッドを指差されたので、素直に腰かけた。
それを見て、大神官様は部屋にある白い木の椅子に腰かけた。
もう一人の人は立ったまま、大神官様の後ろにいる。
それから、この人は神官という仕事をする人達の一番上でその人達を纏めている『大神官様』である事を聞いた。
なぜ私が今ここに居るのか、状況をおしえてもらった。
私は、この大神殿の池に突然現れたのだという。
神官には分かるらしい、強い世界の力の揺らぎを池に感じ、その場に行くと、私が池に浮いてきたそうだ。
すぐに水から引き上げ手当したのだと聞いた。靴も履いていなかったと言われた。
大きさが合わずに踵を潰して履いていたので、脱げたのだ。
向こうの池に浮いていたかもしれない。
大神官様には精霊の加護を持つ人が分かるのだそうだ。私にはそれを強く感じたのだという。
「強い精霊の加護を持つ者は次の聖女候補として大切にされなければならないが、そなたの今の状態は良い生活をしていたとは思えない。一体どこでどの様な生活をしていたのだ?」
そう、聞かれた。私は私の知っている範囲の事しか話せなかったけど、母の話をすると直ぐに思い当たった様子だった。
「なるほど『陽だまり姫』か、次の聖女候補としても名高かったが、婚姻を理由に候補から外された者だな。それでは取り敢えずその伯爵家を調べる事にしよう。そなたの事は私が責任を持ち一番良いと思える方法で保護する事にする。心配せずとも良い。キルス、頼むぞ」
後ろに立って居る人にそう言って大神官様は椅子から立ち上がった。
「大神官様の仰せのままに」
キルスと呼ばれた人は両方の拳を合わせ、顔の前で掲げると、頭を下げた。
それを見て何だろうと不思議に思ったが、これは目上の人にする拝礼を簡略化したものだと、後に知った。
本来ならば跪いてする必要があるそうだけど、神殿では大神官様の思し召しにより式典や客人を迎えた時以外はしなくて良いと決められていたのだ。
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