第7話 ケビスの悪夢

 私が子供の頃、どういう事情なのか分からなかったが、離れには美しい母親とその娘が住んでいた。


 母親は父の妹で、女神の様に美しい女性だった。娘もとても美しかったが、父はその子の持つ髪や目の色が気に入らないらしく、陰では、あのような娘は早く遠くへ養女に出してしまえば良いのだとよく言っていた。


 私達が、母娘の居る離れに行く事は父から許されず、叔母が心安らかに暮らす事が大切なのだと言われた。


 それこそ、父は実の子供の私や兄、また妻である母よりも叔母の事を大切にしていた。


 どうやら私にとっては叔母となるその人は、この国では宝の様に扱われる、『精霊の加護』を持つ女性だったのだと知った。


 その美しさから『陽だまり姫』とも呼ばれて、かつては社交界で知らない者はいないほどの人気だったそうだ。


 私は、その母娘を見るのが好きで、こっそりとよく離れの庭に行っては陰から見ていたのだ。


 所が、ある日突然、叔母が亡くなったのだ。葬儀は内々に家族のみで行われた。


 娘のフェリーチェはその間、納戸に閉じ込められていた。


 暫くの間、父の悲嘆に暮れる姿は見るのも辛い程だった。


 それから、父は、溺愛していた妹を亡くした悲しみや苦しみをぶつける様に、遺された従姉妹をいたぶる様になっていった。屋敷の下働きの身分にしてしまったのだ。


 今まで手が届かなかった従姉妹が近くにいて、声を聞いたり出来る様になった事で、私も箍(たが)が外れてしまったのだろう。


 やり方を間違えたのだ。


 髪の毛を短く刈られ、やせ細った従姉妹を使用人達と一緒に虐めた。


 そんな姿になっても、美しい者は美しかった。悲しそうに泣く姿や、叩かれて色を変えた肌を見ると、自分が支配できる奴隷のように思えた。


 もっと泣かせてやろう、もっと困らせてやろう。そうしていつしか、自分に助けを求める様にならないかと・・・馬鹿な話だが思ったのだ。


 そして、あの事件を起こしてしまった。


 私には目もくれず、水の中に投げた時計を追って、冷たい水の中へなりふり構わず飛び込んで行った姿が・・・。


 悪夢の様な場面が目に焼き付いて離れない。


 それは夢の中で何度も繰り返された。


 助けたくても、自分では飛び込めなかった。


 もしも、あそこで、すぐに飛び込めば助けられていたのかもしれない。


 フィリーチェ。


 フィリーチェ。


 フィリーチェ。


 フィリーチェ。


 フィリーチェ。




 

 あれから、少し頭がおかしくなった私は、王都の屋敷に送られて、何もする気が起きず、ただ朝起きて、夜寝る毎日だった。


 池に浮かんでいた小さい靴を抱き締めては眠るのだ。




 そのうち一年もしない間に、家の没落が始まった。


 フィリーチェを酷く扱っていた使用人達が次々と事故で怪我をしたり、病で亡くなる。


 次には、山火事に、農作物の不作、雨不足と重なり、銀行の不渡りを出して領地が立ち行かなくなった。


 爵位の返還、市井へと没落。


 兄は、その急変について行けず、首を吊って、母も後を追った。


 


 そのおかげというのもおかしな話だが、私は働かなくてはならなくなった。


 市兵として志願し、働くようになった。


 父と自分で、下町の安アパートに住むようになる。


 雨風しのげれば良い。


 何も考えずに身体を動かすのは楽だ。


 父は、腑抜けのようになって、毎日路地裏にリンゴ箱を置いては、通行人を見ているだけだ。


 人は水と食料があれば、命を繋ぐことは出来るのだ。


 だけど、生きていても、その意味をみいだせない・・・。


 みいだせないない。


 


 ある年の収穫祭の日、聖女候補様を見る事が出来るのだと、下町の隣人から聞いた。


 聖女候補様を見せてあげれば、父の体調も良くなるのではないかというのだ。



 精霊の加護を受けた人達が集まるのだ、何かしら、良い方向に向かう事もあるかもしれない。


 そう思い、父の手を引いて中央広場に連れて行った。


 聖女候補の紹介の場で、目が釘付けになった。


 まるで亡くなった従姉妹が成長したかのような、特別に美しい少女が居たのだ


『陽だまり姫』様に似ている、と誰かが囁いた。


 そうだ、色こそ違えども、その色を塗り替えただけのような美しい聖女候補・・・



「こちらは、聖女候補の フィリーチェ様です」


 後から、後から、涙が零れる。


 ふと、隣の父を見ると、同じように泣いているではないか・・・。


 感情もなにもかも捨ててしまった抜け殻にも、何かが吹き込まれたのだと思った。


  


 


 

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