第6話 皇太子の暴挙
それまで国のいかなる行事にも出向いた事の無かった私は、当日、街の中の賑やかな喧噪やパレード用の飾りなど、見た事が無い程に華やかな都の状況に驚いた。
大神殿から収穫祭の行われる中央広場に赴くまでにそれを見たのだった。
神殿の用事で大神官様やキルス様について行く事があっても、いつも目的地と大神殿の行き来のみだったので、こういう状況を見た事がなかった。
色とりどりの花が飾られて、収穫物やお酒や食べ物、様々な物が並び、皆、楽しそうだ。
聖女同士の顔合わせは朝、城で行われた。名前のみの紹介ですぐにそれぞれの控室に案内された。
みな同じ位の年頃で、ドレスや靴も全て国から用意された同じ意匠の物だ。
白い清楚なドレス一式を身に着けて、花冠を付け、収穫祭での表彰者に商品を渡すなどの仕事があった。そのドレスは採寸などは前もって済まされていたので、それぞれの候補の身体にピッタリあった物だった。
サークレットはそのままに前もって採寸されたドレスや靴を控室で身に着ける。
「フィリーチェ様、まるで妖精のようなお美しさです」
「まあ、ありがとう。それに今日は、わざわざ手伝いに来てくれてありがとう。助かりました」
控室には、いつも世話をしてくれる巫女が付いてくれていた。
神殿騎士もいつもの様に大神殿からついてくれていた。控室のそとには男性の騎士が扉の前に付き、中に女性の騎士が控えてくれている。
扉の外には城から配備された騎士も居たが、大神官様から予め神殿からの警護を付けると話をされていたので、何も言われなかった。
収穫祭の行事が一通り済むと、城で晩餐会が行われるとの事で、その日は城に宿泊しなければいけない。
神殿騎士もそのまま城に来てくれる予定だったのだが、宛がわれた部屋に入ると、私付きの巫女までが外されてしまっていた。
ここでは変わりの侍女と、城の兵士が警備につくといわれて、知らない者がつけられてしまった。
これはおかしいと思った。今までどんな事があっても神殿騎士を大神官様が私の傍から離した事はなかったのだ。
神殿騎士と巫女に何か危害を加えていたらどうしようかと思った。
「聖女候補様、今日の晩餐会用に、皇太子殿下からドレスをお送りいただいております。どうぞお召し替えを」
大袈裟な飾りの付いた品の無いドレスを見せられて、首を振った。
「なぜ、皇太子殿下からのドレスを着なければならないのですか?大神殿から持って来たドレスを着ます。それと、神殿騎士と巫女を私の所に戻すように要求します」
「ご無理をおっしゃらないで下さい。これは皇太子殿下からのお達しなのでございます」
必死な顔をして侍女が言うのを見て、圧力がかけられているのだろうと想像する。
「では、晩餐会には出ません。何故、皇太子殿下が関係するのでしょうか?大神官様に連絡を取って頂くことを要求致します」
「あ、あの、確認してまいりますので暫くお待ちください」
私の言葉に困った部屋付きの侍女は、そう言って、部屋を出て行った。
扉を閉めた時に、鍵をかける音がした。
何だかとても嫌な感じがする。
すると、暫くして、先程の侍女が驚く事に皇太子殿下を連れて部屋に戻ったのだ。
「やあ、フィリーチェ嬢、私が皇太子だ。何かあったのかな?そのドレスが気に入らなかったかい?」
自分の護衛を外に残し、ズカズカと無遠慮に部屋に入って来る。
「申し訳ございませんが皇太子殿下とお目通りする予定は組まれておりません。何故、ここにいらっしゃったのかすら私にはわからないのですが」
「おかしいな、聞いていなかったのかい?大神官には伝えておいたのだが」
うそだ、と思った。その様な事を何も言わずに大神官様が勝手に決められる筈がない。
「そのようなお話は聞いておりません」
「君は、四大精霊の加護をもつそうじゃないか。それならば、私の妃にしなければならない」
唐突な皇太子殿下の言葉に面食らった。
「あの、仰る意味がわかりません。皇太子殿下には確か、お妃様やお子様が大勢いらっしゃると存じております」
また、とんでもない事をこの皇太子殿下は言い始めたと思った。
それに大神官様と同腹のご兄弟とは思えない程、似た所のない方だ。
特に、濁った瞳が嫌いだと思った。
もう一つ、この方は何故私が四大精霊の加護を持つと知っているのだろう?
「妃など、挿げ替えてしまえば良いだけの事だ。今日は、貴族も集まっているし、そなたとの婚約発表もしようと思っている。その為のドレスをわざわざ用意したのだ。着て貰わないと困る」
私がまだ15才で、どうとでも出来ると思っているようだ。この方はとうに30半ばを超えているはずだ。
「私は巫女として生きるつもりでおりますので、お断りいたします」
「何と、生意気な!四大精霊全ての加護を持つとはいえ、不敬だ!皇太子の私が妻にしてやると言っているのだぞ。言う事を聞かねば、そなたの神殿騎士も巫女も殺してしまうぞ!」
なんて卑怯で醜い人なのだろう。大神官様と血の繋がりがあるなんて思えない。
怒りで、握り締めた掌に、爪が食い込み傷になっている事さえ気付かなかった。
「そのような事、許されません!」
「うぬっ、甘い顔をしていれば付け上がりおって、来い、躾けてやる!」
皇太子が私の腕を掴もうと詰め寄って来た時、バチバチと皇太子と私の間に突然、天井を焦がす程の火柱が上がった。
「ぎゃっ、熱っ、何だっ!!!」
尋常でない火の勢いに皇太子は慌てて扉まで下がった。轟々と燃え上がる炎はオレンジ色から青へと色を変えた。
そして部屋中、青い炎が舐めつくしてゆく・・・。
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