第8話 精霊の怒り

 青い炎の中、私は佇んでいた。


 なんて、爽やかな浄化の炎だろうか。


「うわああああ、何だ、精霊の加護か?私を殺そうとしたのか?あの娘を殺せ!」


 そう言って、廊下に出た皇太子は腰が抜けたらしく、這っている。


 命令された護衛は慌てて首を振った。


「いくら皇太子殿下のご命令でも、それはできません!おい、国王陛下に連絡を!」


 皇太子殿下についていた護衛の騎士はおろおろしながらも、もう一人の護衛に、国王陛下の元へ連絡に行かせ、自分は皇太子に手を貸して立ち上がらせている。こんな風に、まともな者であれば精霊の加護を持つ者に手を出そうなど考えはしない。


 その時、青い炎の中にいる私の傍に、突然人影が現れた。


「フィリーチェ大丈夫か?」


「大神官様!」


 銀色の光を纏った大神官様は、そっと抱きしめて下さった。


「心配だったので、私の精霊の加護をそなたにもかけておいた。そなたは優しいので自分からは直接手を下さないであろうと思ったのだ」


 そう言って今度は私の頭を優しく撫でて微笑まれた。


「心配せずとも、私が話をつけよう。さあ、おいで」




 私の背中に手を置かれ、皇太子殿下のいる廊下へと出て行かれた。


「皇太子殿下、お久しぶりに御座います」


「おまえは!ゼファー!」


「皇太子殿下、いくら弟君でも、大神官様にございます」


 あわてて、護衛が皇太子を諫める。


「うるさいっ、弟に偉そうにされてたまるものか!」


 大神官様は、皇太子殿下を面白いモノを見る様な目で眺めていらっしゃった。



「フフ、では、兄上、この度の始末どうお付けになるおつもりで?」


「なにっ!どういう事だ!?」


「国の宝である、複数の精霊の加護を持つ、聖女候補に向かって、殺せなどと仰っていたようですが?」


「その娘は私を殺そうとしたのだ!私は王族だぞ!」


「はは、あれは浄化の炎で、汚れた者しか燃やさないものだ。そして、炎は私の精霊の炎だ」


「どういう事だ!では貴様が私を殺そうとしたのか!?」


 『汚れた者しか』という言葉は耳にはいらないご様子だった。


 すると、青い炎が向こうの部屋から床を這い皇太子の足元までやって来た。


「兄上、気をつけた方が宜しいのでは?精霊とは、自分の加護する者を弑(しい)そうとする者は許さない。報復は苛烈で、情はない。私に加護を与えている精霊にとって、私の大切にしている者は、同じように大切な存在なのだ」


「ななな、なな、」


 意味が少しおわかりになったのか、青くなって震えていらっしゃる。


「そういえば、私の神殿で私の眼を潜り、外部へ大切な事を漏らした神官が二人いたのだが・・・。先ごろ亡くなった様だ。両足首が無くなっていたらしい。何をしたのやら」


「ひっ!!」


「何故、兄上は、フィリーチェが四大精霊の守護を持つと知っていたのだろう?その様な話はどこにも出ていないはずだが」


「知らん!そんな事は言ってない!もういい、帰る」


 護衛に支えられていた手を振りほどき、逃げようとした皇太子の足首に、ついに青い炎が巻き付いた。


「熱い!熱い!やめてくれ、ぎゃああああああっ」


 廊下を転げまわる皇太子殿下の身体には体中に青い炎が纏わりついている。



「何をしておるのだ!」


 そこに、今度は国王陛下が近衛騎士を大勢連れてやって来られた。


 王の着る赤いマントにはこの国の紋章が刺繍されていた。


「大神官、これはどういう事なのだ!」


「国王陛下。やっとのお出ましでございますね」


「・・・これは、皇太子は、何をしているのだ?」


 皇太子殿下の身体にはもう炎は見えないけれど、そのまま転げまわっていらっしゃる。


「皇太子は、精霊の怒りの制裁を受けたのだ。大精霊の加護を持つフィリーチェを、無理やり自分の物にしようとした」


「・・・何と、それは本当か?。ではもう皇太子は廃嫡だ。頭が悪いのは知っておったが、ここまで馬鹿だとは・・・」


「国王陛下、貴方も同罪だ」


「はっ?何を申す、私は何もしておらぬ」


「ほら、国王陛下の足元にも精霊の浄化の炎がきております」


 消えたと思っていた炎が、国王陛下の足元で、またメラメラと立ち上がっていた。


「な、何故だ!私は何もしておらぬ!」


「本当にそうか?精霊は嘘を嫌うのだ」


 もう、大神官様は父親である国王陛下にも敬語を使われていなかった。


 炎は次第に大きくなり、国王陛下の身体を包んだ・


「ギャアアアアアアアアア―――――――」


 国王陛下も床を転げ回ったあと、皇太子殿下と同じように気を失われたようだ。


 城内には炎の痕など何も残っていなかった。


 その一部始終を、近衛兵達は呆然と見ていた。誰一人助けようとはしない。精霊の力は恐ろしいものだ。



「だ、大神官様、あの、我々は何をどの様にすれば宜しいのでしょうか?」


「知らぬわ。私は神殿に帰る。神殿騎士と巫女を返すのだ」


「はっ、お前達、神殿騎士と巫女をどこにやったのだ?」


「只今、お連れします」


 慌ててどこかに駆け出す兵士を見て、ああ良かった、一緒にかえれるのだとほっとした。






 


 

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