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そのお守りの初仕事はすぐにやってきた。学校に着くなり、とりあえず急いで来た振りでもしておこうと、小走りで玄関に向かう。下駄箱から上履きを取り出して、履き替えたところで、担任の先生が声をかけてきた。おそらく、職員室かどこかから見ていたのだろう、と思った。
「遅刻だぞ、一体どうしたんだ、珍しいじゃないか。」
「ちょっと、知り合いに呼び止められまして。話し込んじゃったんです。」
「知り合い、ね。近頃何かと物騒な事件もあるし、あまり褒められたことじゃないのは、わかるよな?第一、高校生なのだから……。」
「これ、その知り合いの方から預かってきたんです。これを見せれば大丈夫だって。」
そう言って印籠のように担任の顔の前にスマートフォンを掲げた。
「大人の話は最後まで……、そうか、わかった。」
急な態度の変わりぶりに奈月は驚いた。いや、驚いたというより、正直なところ、気味の悪さすら覚えた。一体これは何なのだろうか。何か恐ろしいもの、こちらの理解の及ばない不思議なもの、そんな風に思えてならなかった。しかしながら、事実として、これを見せることで、遅刻してもお咎めはなかった。つまり、このお守りが何であれ、桐田さんは事実を話していたことになる。彼女が全て事実を話していると、仮定するのなら、気味が悪かろうが、手放すことはしないほうが身のためなんだろうな、と思った。
「すみません、以後気を付けますので、教室に戻っても構いませんか。」
「ああ、こちらこそ、申し訳なかったね。」
担任はやや強気の姿勢を崩さず、一言だけ言って戻っていった。強気な姿勢を崩さないように努めていた、の方が正しいだろう。
「確かに、効果はある、のかな。」
奈月からすれば、今朝から災難が続いていたのを断ち切ってくれたように感じられた。ともすれば、別に今日は厄日でもないだろう。無理に悲観する必要もない。堂々としていればいいのだ、そう自分を勇気づけ、教室に向かった。授業の真っただ中である教室に入るのは気が引けるのだが、これでも受験生。少しでも内申点は高いに越したことはない。それに、授業一回分を独学で取り戻すのは少々骨でもある。遅刻こそしてはしまったが、幸いにも、まだ前回のおさらいをしている頃だろう。そう思いながら、教室のドアを開ける。ドアが開いた音で中にいた人たちが一斉にこちらを見た。教壇に立つ先生のもとへ行き、簡単に事情を説明してから、自分の席へと戻り、教科書とノートを取り出した。隣の席には誰もおらず、荷物すら置かれていない。アイツは今日も遅刻か、いや、今日ばかりは自分も他人のことを言えないか、等と思いながら、今まで進められた分の板書を書き写していく。幸いにも、それほどの量はなく、すぐに追いついた。そこから先はただ、ボーっと授業を聴いて、時間が経つのを待った。予鈴がなり、授業が終わる。教科書とノートをしまって、次の授業の準備をしようとした時だった。
「どったの?珍しいね。」
顔を上げると奏がこちらまでやってきていた。当然だろうと言わんばかりに隣の空席に腰を落としている。
「いやー、桐田さんに声かけられて、ちょっと話し込んじゃって。」
別に嘘をつく必要もないだろうとことの顛末を話す。
「ほー、珍しい。仲、良いんだっけ?」
「お正月に御神籤をもらう程度には?」
「それ、仲良くないよね。」
まぁ、そうなんだよね、と言って奈月は苦笑いを浮かべた。
「連絡したのに返ってこないし、遅刻はするし、心配したじゃん?」
「あー、ごめん、携帯、見てなかった。」
そう言って、スマートフォンを取り出して開いてみる。メッセージアプリの通知が確かにたまっていた。開いて、とりあえず既読だけつけておいた。ついでにごめんね、と謝るウサギのスタンプを押しておく。
「何、それ?」
それは、奈月の手に持ったスマートフォンから、だらん、と垂れ下がっている。
「んぁー、ちょっといろいろ有って貰ったんだよね、合格祈願、かな?」
「ふーん、奈月って、そういうの信じるほうだっけ?」
「まぁ、神様にお願いして合格できるなら、苦労はしないよね、とは思うよ。」
「じゃあ、何でそんなの付けてるの?」
奏はやけにこのお守りについて問い質してくる。何がそんなに彼女を引き付けるのか、奈月には検討が付かなかった。ただ、彼女の顔はいつもの美しさはなく、酷い剣幕である。
「まぁ、ちょっと、いろいろ有って。人にもらったお守りって何となく付けちゃうんだよね。」
「わざわざ、スマフォに?」
やけに突っかかってきて、面倒だなと奈月は思った。普段ならそういうもん?と言ってさらっと流して、別の本題に移るはずなのだが。今日はまるで、これが本題のようだ。別にどうでも良くない?と言うよりもはやく、別の音が割って入る。
「そこ、俺の席なんだけど。昨日も言わなかったか?」
隣の席のそいつが来ていた。今日は一時間の遅刻で済んだらしい。不機嫌そうな顔で、自分の席に座る奏を見下ろしていた。
「あぁ、来てたんだ、ごめんね、気付かなくて。てっきりもう一時間は来ないのかと思ってたわ。」
今日の奏はやけに喧嘩腰だ。普段はこんなに攻撃的な子ではないのだが。小山内は何も言い返すことをしなかった。返答に悩んでいるようにも見えない。ただ、彼女をその瞳で見つめているだけだった。予冷の音が鳴る。他のクラスメイトは各々自分の席へと戻っていく。ややもして、教室のドアが開き、先生が入ってくる。それから、ようやく、奏は隣の席を立って、自分の席へと戻っていった。
「何か、ごめんね。」
「謝るべきなのはお前じゃないだろ。」
「まぁ、でも、一応ね。」
授業開始の挨拶の間、小声でそんなやり取りをした。ちらりと奏の方を見てみたが、奏はまるでそれに気付かないような素振りであった。
「お前も大変だな。」
「どう言うこと?」
「さぁな、そろそろ怒られるから授業聞こうぜ。」
そう言うのを最後に、そいつは全く返事をしなくなった。何だか世界から自分だけ置いていかれたように感じる。心が全く落ち着かない。また目が覚めてくれれば良いのに。悪い夢であってくれ、そう願って瞳を閉じた。
星の降る丘で、また会おう。 Mary.Sue @mary-sue61
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