二章 二の勇者編
第7話 夢の君
あの方はいつも私の知らないことをたくさん教えてくれました──
ヴィルヘルム・ヨハン・レンクヴィスト。
それがあの御方の名前。
「ヴィルヘルム様、どうしてこの国には”冬”が訪れないのですか?」
冬というものを私は知らない。
他の誰も知りはしない。
父様や母様や年を取った長老たちでさえ冬が何であるのかを知らなかった。
「そう女神様が定めたのです。春、夏、秋の神たちを集めて女神さまはこう言ったのです。春は芽を出す息吹の風を運び、夏は繁栄の水を集め、秋は大地の実りを収穫しなさい。三つの季節で一つの年を数えるように大気に命じたのです」
「なぜ、冬の神がいないのですか?」
「その頃、冬の神は災厄と戦っていました。人々を奮い立たせるために夏から借りた炎を使って暖を与えました。人々は奮い立って災厄をやっつけて勝ったのです。冬の神は言いました。人間よ、私が与えた炎を持って帰りなさい。私がここでやつらを食い止めよう。悪い災厄がやってこないように大きな壁になろう、と」
「壁? どこに作ったのですか?」
「この国を包み込む結界がその壁なんだよ。壁の向こうで冬の神が災いと戦っているからこの国は平和でいられるんだ」
「でも、冬の神様は一人ぼっちでかわいそう……」
「それでも僕たちはそうやって守られているんだ。季節が三つになってから五〇〇年もずっとそうしてきた。冬の神様はいつだって僕たちを見守ってくださっているんだよ」
そう言ってあの方は私の髪を撫でてくれたのです。
「コーデリアの髪はすごくいい匂いがするね」
笑って髪に口づけをしてくださいました。
「でも、大人の人たちは冬の神様をとても怖いもののように言います。”冬来るって”。どういう意味なのです? 冬の神様が来るなら怖いことないのに。大人は怖い顔をして言います。神様が帰ってくるのに、なぜ歓迎をしないのでしょうか?」
「コーデリア、それはね……」
優しい声であの方が囁く。
私はその声音をうっとりとして聞きました──
◆
「──アコレーデよ」
「ここに……」
目覚め……否、ここは夢の回廊だ。
夢を通じて魔界へつながっている。
アコレーデが目を開けばそこは闇の王の居城だ。
永久凍土に覆われた、時すら凍り付く不毛の国土に在る、棄てられし王国の名はグリタニア──
顔を上げてアコレーデは闇の主に報告を終える。
「由々しきことよ……勇者の復活とはな。こちらの動きを悟ったような不可解さよ」
「ベイオウルフの不始末、どういたしましょうか?」
先日の戦いで、ベイオウルフは仮の体としていた鎧を捨ててでも勇者を倒そうとして返り討ちにあった。
ベイオウルフはすでに死者であった。
その肉体はとうに朽ちていたのだ。
死霊が触媒としていたのは球体の核であった。
「きゃつも我と同じく光に復讐を誓う者。妄執に動かされたは失態であるが我らが今動かせる駒は少ない……ベイオウルフの核を持ってカラクリの蜘蛛を訪ねよ」
「カラクリの蜘蛛とは?」
「我が送り込んだ魔物よ。お前よりも先に都に潜伏し陰ながら動いている。奴に会い核を渡せ。やつはそれだけで意味を理解する」
「御意……」
「それとお前に会わせる者がいる」
「は」
目の前が揺らぎビジョンが浮かび上がる。
そこに黒衣のタキシードに白い仮面姿の男が現れる。
背丈はひょろ長く細身の体でカマキリを連想させる仕草でお辞儀をして見せた。
「ナンバーズここに……」
「ナンバーズ?」
「アコレーデよ、この者が都でのお前の活動をサポートする」
「プリンセス・アコレーデ様初めまして。我らナンバーズはあなた様にお仕えできることを喜んでおります……」
昆虫じみた動きのナンバーズに苦手意識を覚えるが、昆虫が苦手なのはアコレーデではない、コーデリアの性格からだ。
コーデリアの記憶を有して以降、無意識の内に共有するものがあるようだ。
「アコレーデに用意した物を述べよ」
「はい、まずは活動拠点たる屋敷を調達いたしました。こちらです」
ナンバーズが指を弾くと映像が浮かび上がる。
貴族の邸宅と呼べるくらい大きな家が映し出される。
「すでに手入れは済ませてあります。側仕えの人間も用意いたしました」
数人のメイド姿の女たちの姿が映る。
どれも美女揃いだがその瞳は空虚で意思を映さない。
魔法で精神を縛られているのだろう。
「そのようなものは不要だ。学園に寮がある。生活拠点はむしろ邪魔になろう」
「プリンセス・アコレーデ……先のことを考えましょう。隠れ家は多いに越したことはありません」
「考慮に入れよう。だが、人間を置くのであれば怪しまれることがあるのでは?」
「心配は無用です。記憶も身元の偽装まで完璧な仕上がりとなっておりますゆえ」
ひたすら恐縮といった仕草でナンバーズが胸に手を当てる。
「ベイオウルフが再起するまで時間がかかるだろう。ナンバーズから都で仕掛けを受け取るのだ。そして今回の指揮はお前が振るうのだ。計画を進めよ」
「御意っ!」
アコレーデは深く頭を下げて礼をする。
そして意識が覚醒し始めた。
朝日が窓から差し込む寮の部屋でコーデリアは目覚めていた。
◆
「こっちですわ。コーデリア様」
朝一番の出会い頭にメルヴィナに腕を引っ張られてコーデリアは校内を歩いていた。
案内された先はある部屋の前。
「白薔薇生徒会をようこそ! 歓迎いたしますわ、コーデリア様。生徒会長代理としてメルヴィナ・グランクヴィストが入室を許可いたします」
メルヴィナが胸に手を当て優雅に一礼すると扉が開かれる。
白薔薇…‥
部屋の横にある金のプレートに白薔薇の紋様が刻まれているのを確認する。
中に入れば二人の男子生徒が敬礼で迎えた。
「いらっしゃいませ。コーデリア・ローラン様!」
いったい、なんなのだろうか?
まだ朝食前の朝早い時間であるが、あと二〇分もすれば寮の朝食が始まってしまう。
コーデリアの胃は空腹を訴えている。
「生徒会長であるヴィルヘルム・ヨハン・レンクヴィスト様は聖王様の勅命を受け西征の任に就いております。余人には明かせぬ重要任務であるため、会長は婚約者であるあなたにメッセージを残しました」
「これが鍵です」
一人が述べて、一人が前に進んでコーデリアの目の前に手を差し出した。
その手にあるのは鍵だ。
「これは?」
何の罠だ?
「コーデリア様に渡すようにとのことであります!」
しゃちほこばった物言いに少し呆れる。
取らねば不動を崩さずといった顔なのでそれを受け取った。
「我等も任務ゆえ退室いたします!」
二人が出ていき、メルヴィナが輝く黄銅の小箱を大きな机の上に置く。
何から何まで生徒が扱うには大仰しいものばかりだ。
「鍵はこの箱にお使いください。会長からのメッセージが封じられています」
「どうしても開けなくてはいけませんか……」
ふうっと息を吐き出す。
アコレーデの意識はまるで興味はないが、真下の板をつくようにコーデリアとしての意識が強まっていく。
それほどまでか……
「六年ぶりと聞きました。会長の……あの方の想いをぜひ受け取ってくださいませ」
お願いという仕草でメルヴィナがコーデリアを見つめる。
「一人にしてくれますか?」
「はい! では」
メルヴィナも退室して広い部屋に一人きりになる。
最初にしたのは罠がないかの確認だ。
魔本を取り出して何か隠していないかの確認をするが、何もないというのが結果である。
鍵を差し込み開くと封をした紙があった。
手触りからして上質なものだ。
かすかに香る匂いが鼻をくすぐる。
それがコーデリアの記憶を刺激して胸に満ちた感情に戸惑う。
何だこれは?
忌々しいほどにうっとうしい……
いっそ燃やしてしまうかと考えたが止める。
力を使う価値などコレにはない。
ボクの愛しいコーデリアへ
陣中にて立つ身であるので学園で君を迎えられないことを済まなく思っている
任務ゆえ内容は明かせぬが必ず戻る
君のヴィルより
手紙を読み終えてコーデリアは部屋を後にした。
待っていたメルヴィナと食堂に入る頃にちょうど朝の鐘が響き渡るのだった。
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