魔本の姫君は世界をバッドエンドに染め上げたい!
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一章 一の勇者編
第1話 闇の姫君─誕生─
これは闇と光の戦いを描く物語。
辺境の果て、荒廃し、時が制止した地に王国グリタニアがあった。
すべてが暗黒に包まれし呪われた地から光を切望する魔物が勇者へ復讐を誓う。
光あふれる国を闇に沈め絶望の淵へと誘うが望み。
五人の勇者の末裔と闇が生み出した少女が出会い、そして戦いが始まる──
◆
かつて西方諸国を統べた王国があった。
そこは支配者なき魔が闊歩する魔境。
グリタニアの王都の中心に朽ちた王城がある。
城内に邪悪な意思を秘めた暗黒の炎が闇の中に出現する。
そこから蒼い炎の雫が零れ落ちるとそれは当たり一面に広がった。
蒼炎が照らし出したのは無機質な大理石が敷き詰められた広大な大広間だ。
幾柱もの柱が連なる大回廊。
巨大な玉座が主なき空席をさらけ出す。
『我が復活未だならず。くちおしや。だが種は我が手に在りし。出でよ──わが分身よっ!!』
暗黒の空間に響き渡る声に反応するように空座の玉座の真上、そこに闇から一つの卵が生まれ浮かんでいた。
禍々しい妖気を撒き散らすその卵は次第に大きくなっていく。
それは波打つような波動となってこの空間に波紋をもたらした。
その中に生まれたのは邪悪な力の胎動──
卵の中にほの黒い光が浮かび上がる。
それを包み込むように種から発芽した芽から伸びた枝葉が玉を包み込み青々しい葉を生やしていく。
次から次へと花が咲き、白い可憐な花弁を開かせていく。
この暗黒の空間にそぐわない光と花の芳香が球体の中心から溢れ出る。
その光が収まると、卵の中に現れ出たのは胎児だった。
わずかに動き身じろぐ。
胎児はみるみるうちに成長していく。
胎児から幼子へ、幼子から少女の体へと変化していく。
それに合わせるように葉が茶色く、やがてしなび落ちてまた青い葉を生い茂らせる。
あまりにも速いスピードにこぼれ落ちた花弁が床に落ちた後にまた花の芽を開かせた。
ほんの数分の内に五歳から九歳児ほどに成長し、胎児から少女に成長した少女は花咲く宮にて目を覚ます。
やがて、腰まで届く銀色の髪に柔らかな肢体を抱え込んでいた腕がピクリと動き、その長い睫毛がわななくと、深い紅の色を帯びた瞳をゆっくりと見開いていた。
目覚めの世界は暗い──
形のよい唇が開き吐息が漏れ出る。
それが赤子から少女へと成長した少女が初めて漏らした言葉だった。
少女は生まれ出た殻を破る。
枝葉の檻に手をかざすと自然に球体は消滅していく。
暗き世界へとその裸身を晒して体を震わせていた。
癖のない銀色の髪がサラサラとどこから吹いたかもわからぬ風に揺れて舞い踊る。
身を起こした白い裸身が暗黒の空間の中にポツンと浮かび上がっていた。
十代の少女の姿をしたソレは大きな深紅の瞳を見開いて、闇の中、創造主の元へと視線を向けていた。
『我が娘よ──闇の申し子よ。我が願いを聞け』
「はい……お父様」
少女はコクンと首を落として答える。
裸身は隠そうともせず冷たい大理石に素足で立っている。
感情というものが抜け落ちた目で足元を見つめている。
『我はすでに体を失った身。そして、我自身が残しし残留思念である。娘よ、この世に絶望と滅びをもたらすのだ。そして我の復活を助けよ』
「この世界に絶望と滅びを。そして父上を復活させましょう」
初めて少女は意思と言える光を瞳に灯して呟いた。
それは邪悪な焔となってその瞳の中で小さく揺ら揺らと鬼火のように燃えている。
可憐な容姿と相まって、妖艶ともいえる炎をその瞳に宿していた。
『汝に魔力を! 闇の力をっ!!』
邪悪な蒼炎がぼつりぼつりといくつも現れて周囲を照らし出していた。
浮かび上がるのは荊が群れる本棚。
闇の力に包まれた絶望の物語が収められた書棚だった。
閉じ込められた物語が苦しみと解放を求めて苦怨のシンフォニーを奏でていた。
それこそが心地よいハーモニー。
闇に染まった者たちの行き場のない叫びこそが至高の喜びなのだ。
その心地よさに少女は目を閉じて聴き入る。
さあ、もっと聴かせて…………
その一角がぼうっと光り、一冊の本が紫炎に包まれて燃え上がる。
だがその炎は魔本を塵と換えはしない。
『さあ、受け取るがいい』
「はい、お父様」
少女が進み出て腕を伸ばすと魔本がひとりでに浮いてその手に収まった。
熱くはなかった。
魔本を取ると紫炎が少女を包み込んでいた。
だが炎は少女を焼かなかった。
『その力を用いて光を打ち払うのだ。きゃつらが忌み嫌う魔法の力を以って』
形を得た炎が少女の体にまとわりつき、黒きマントとボディラインをなぞった黒衣の衣装をまとわせていく。
邪悪なメイクが顔に施され薄いピンクの唇に真紅のルージュを引く。
闇から生まれし姫君に相応しい姿となっていた。
『我らを阻む忌々しい結界を破壊し、光の勇者の末裔を根絶やしにせよ』
「御意」
『結界に綻びを作る。お前を送り込むためのわずかな時間しか開けぬ。陽動を起こし我らが次の策を動かすための時間を作るのだ。すでに数名お前の助けとなる者を送り込んだ』
「助け……」
『時はない。扉を開く』
「はい」
空間が歪み向こう側が揺らいで見える。
どこかの森の中のようだ。
躊躇うことなくその向こう側に飛び込んでいた。
◆
──その少女は森の中で死にかけていた。
誰もが羨むような見事な黒髪で真新しいドレスに身を包んでいたが今は死に瀕している。
名はコーデリア・ローラン。
西方フリジニアの貴族で婚約者がある身だ。
祝言を上げる前に許嫁のことを知ろうと光国の都メルヘビナに向けて馬車を走らせていた。
驚かせて自分のことをもっとよく知ってもらおうと胸を高鳴らせての上京だった。
だが落雷の事故が起きて半狂乱になった馬が走り出し馬車は谷の底に落ちた
御者は落馬して首の骨を折り、投げ出された我が身の腹を鋭い木の先が貫いている。
死を悟ったとき突如現れたのは異様な姿をした銀髪の少女。
誰……?
その言葉を発しようとしてコーデリアは咳き込んで肺に溜まった血を吐き出す。
「人間……?」
まるで初めて見たという顔で少女は呟く。
「助けて……」
苦し気に呟いた言葉に銀髪の少女が手を出してコーデリアの額に触れる。
「……無理だ。魔法でもお前を救うことはできない。すでに死を迎える者を呼び戻す力を持たない」
「まほう?」
この世界での禁忌の力を口にする少女をコーデリアは見返す。
魔法とは魔物が使う力のことだ。
邪悪な忌まわしいものなのだ。
でも、何てきれいな深紅の瞳をしているのだろう。
「生きたいか?」
「……生きたい」
「救う力はない。だが私の中で生きることはできる」
「生きる?」
「お前の記憶は私の一部となる。お前の存在を私は忘れることはない」
「あなたは……悪魔なの?」
「そう呼びたければ呼ぶがいい」
「私……死ぬのね……悪魔さん、お願いがあるの」
「お願い?」
その言葉の意味を測りかねて少女は目の前の死にかけのコーデリアを見つめ返す。
もはや猶予はない。
死は目の前に迫っている。
「願いは心に遺して置け。私が読み取って記憶する。”記憶転写の法”で」
主の意思に反応して魔本が手元に現れると使うべき呪文が記されたページが自動的に開く。
この魔本は主の求める力が何であるかを知っているのだ。
二人の間に魔法陣が浮かび上がる。
「くぅ……」
大量の血を吐き出し最後の震えがコーデリアを襲う。
その表情が苦しみから解放されるのを確認し人の死を初めて目にする。
心に感じたものは何もない。
命が終わっただけだ。
「コーデリア……それが名前か。私には名前がない。私の名前は……そう、アコレーデ。そしてコーデリア・ローランでもある。ローラン家の子爵の娘。婚約者に会いに来た途中事故に遭った」
額に手を当て記憶を確認する。
コーデリアの近況の記憶とこれからすべきことの確認をする。
勇者の末裔が集うメルヘビナ。
コーデリアの行先と自分の目的が一致している。
敵の懐に飛び込んで情報を集めかく乱する。
遺された遺体に意識を向け炎を解き放つ。
紫炎に包まれてコーデリアの亡骸は燃え尽きていく。
「”姿見転写の法”、”肉体変異の法” コーデリア!」
アコレーデの姿に変化が訪れる。
その姿はたちまち黒髪の娘となり、コーデリアが身につけていたドレスまでが再現される。
寸分違わず、頭からつま先に至るまでコーデリアそのものであった。
これが私がアコレーデとなり、コーデリア・ローランとなった最初の日だった。
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