第8話 青の転入生
「入学式をすませたばかりだが、さっそく転入生を紹介する。本来であれば入学式で皆と一緒に入る予定だったが旅程が遅れていた者がいる」
鉄面皮のルンデール師が教壇に立って告げたのは新たな生徒の編入だ。
教室内にざわめきが走る。
「時間にルーズなやつもいるもんだなぁ……」
ヨーンが後ろの灰髪のイオリに話しかける。
「君がそれ言うか? 初日遅刻したろう?」
「遠方から来た入学生は一週間前には都入りしてたじゃないか。宿屋は大賑わいだったよな」
「まあな……押し込み宿に当たった奴もいたらしい」
イオリが首を振って残念の意を表明する。
地元出身の学生もいるが地方から出てくる生徒の方がはるかに多い。
毎年、この季節は新生徒受け入れのために宿屋は書き入れ時となっていて宿代も跳ね上がる。
人がいっぱいの宿に無理やり相部屋にさせられるというのが毎年恒例の行事となっている。
学園の規則により入学式を済ませていない者は入寮を認められていないためだ。
そのおかげで学生需要を狙う商売人は稼ぎ時なのである。
「静かにしなさい」
ひとしきり囁き合う生徒が落ち着くのを待ってルンデールが声を上げると教室は静けさを取り戻す。
「シリル・ヴァロワ、と申します。南はナヴァリアより参りました。私を乗せてきた船が風を失い小さな島で立ち往生してしまったのです。三日ほど難儀し、ようやく吹いた風を捕まえた次第です」
目元涼しげな端正な顔立ちをした少年が挨拶をする。
青い碧髪……
ブラウンの瞳。
その声は良く響き聴いたものの関心を誘わずにはいられない。
前の列、メルヴィナの隣に座るコーデリアはシリルという男を観察する。
遅れた理由に不自然な点はない。
「商船に乗って来たのでは? かいがありますでしょう?」
「南方は強い風が良く吹くから帆船では?」
「逆だろう。帆のせいで横転してしまうさ」
他の生徒らがコーデリアの疑問を口にする。
それに対しシリルは含み笑いで返した。
「いえ、人一人が乗れるほどの小さな船で来ました。風任せの旅でした。夜は満天の星を眺めながら楽器を奏でました」
その返事にみなが驚く。
どうやら相当な変わり者らしい。
「冒険家な方みたいですわね」
メルヴィナがコーデリアに囁く。
「無謀さが命取り」
そう返したコーデリアとシリルの目が合う。
ほんの一瞬であるがコーデリアは見られていたことを意識する。
「流れゆく水に身を任せ、世界中を旅するのが私の望みです。風は吹くままにね」
「君の席はそこだ」
「はい」
コーデリアの席ですれ違い、シリルは指定の席に座った。
◆
青い髪のシリル・ヴァロワは話題を一人でさらっていた。
遅れての入学もあるが、彼が乗ってきたという船がまだ港に置いてあるというので見に行くことを希望した者が続出した。
遠い異国の物語を聞きたがる女生徒らもいて一躍時の人となっている。
そんなことは無関係とコーデリアはこの日の計画をすでに進めていた。
授業の過ぎる時間はもどかしい。
加護を持つ者が多く集まる学園であるが、その力を用いた授業は週に三回あればよい方だ。
力を持たぬ生徒は違うカリキュラムの宿題を課される。
コーデリアがやるべき事柄は三つある。
1:光都における活動拠点の設置(確認)
2:会うべき人物への接触
3:勇者の監視
これを一度に行うにはやはり手は足りない。
最初に勇者の監視という項目を捨てた。
ヨーン・ノルデンフェルト……
赤い鎧の勇者。
こちらの計画の支障になる人物。
早いうちに手を打つ必要があるが、その動向を把握し情報を握ることが困難である以上は無視してしまうに限る。
勇者が動く前にこちらが目的を遂げてしまえばよい。
正面からぶつかる愚はベイオウルフという先例がある。
「やはりカラクリの蜘蛛とやらに接触するか……」
その情報を得るために用意された拠点に足を運ぶのが先決だ。
策を進めなければならない。
第一の門に穿ったくさびはもう邪気を放っていない。
今はそこはただの荒れた土地にしか見えないだろう。
軍が動いたという気配もなかった。
「マドモワゼル──」
「っ!?」
不意に呼びかけられた言葉にコーデリアは顔を上げる。
考えに集中するあまり接近に気が付かなかったのだ。
「失礼、あなたの横顔があまりにも美しいので見惚れてしまいました」
「……」
無言でコーデリアは青髪の少年を見返した。
涼やかな目元は優し気で仕草は優雅ささえある。
洗練された貴族の一員であることは明らかだが、その出自と学園来訪の話はまるで噛み合わない。
貴族の子弟が一人で旅をするなど常識から外れている。
コーデリア……
死んだあの娘でさえ供を連れて馬車で旅をしていた。
女の身、という点を含めて考えれば、コーデリアも貴族にしては慎みがなさすぎる、という評価を受けるだろう。
「これより港に行くのですが、マドモワゼル。あなたも見に行きませんか。あの広大な湖水を旅してきた船です。幾千もの小さな島々の物語を語る船なのです」
他の生徒らの視線を受けてコーデリアは内心舌打ちをする。
注目を集めるという厄介までこの男は運んできたようだ。
それにずいぶんと女性に話しかけることに抵抗がないようだ。
南の男は軽薄という話だが、典型的な南方人のイメージにシリルは当てはまる。
「どうするんですの?」
隣のメルヴィナに肘でつつかれる。
「申し訳ありませんがメルヴィナ様と約束がありますので。船は後日、ゆっくり拝見させていただきたいですわ」
「残念……では後日お誘いいたします」
そう告げて一礼しシリルは生徒の輪に戻る。
切り抜けたところでメルヴィナの視線を受ける。
「約束はしていなかったと思いますが……」
「していません」
身もふたもない返しで答える。
「では、今してしまいましょう。今日もヘルミーナのお店にお付き合いいただけます? 今日は放ったらかしにはしませんわ」
「む……」
目くるめく甘い世界にお茶の香りがコーデリアの胃と食欲を刺激する。
「用事があるのです……」
「まあ、残念です。これは貸しですね。次はお断りをお断りしますからね」
「そうします」
そう返し、コーデリアとメルヴィナは学園を出る門へ向かった。
門を通る通路には制服にもある四聖龍の姿が描かれている。
赤龍──
青龍──
緑龍──
黄龍──
龍神は女神に従う聖霊にして人類の守護者である。
学園を卒業せし者は四聖龍の名の下に儀式を受けて加護を授けられて旅立つ。
加護を持たぬ者にとってこの学園の卒業生になることは何よりも名誉なこととされている。
コーデリアは壁画を一瞥して門を抜ける。
向かう先は用意された屋敷がある一画だ。
途中までメルヴィナと同行し、ヘルミーナの店の前で別れた。
コーデリアはしばらく歩き富裕層が住む区画に出る。
ここには学園の生徒もあまり立ち入ることはない。
緑ざわめく風の音を聴きながら手入れが十分でない建物を見つける。
壁にはツタが張って修繕が必要な個所を侵食している。
壁沿いに歩き、しまった門の前で立ち止まるとコーデリアは高い門を見上げた。
手を掲げると門が自然に開いた。
来訪者の存在をどこかで見ているようだ。
コーデリアは敷地内に踏み込む。
城館の正面に向かい装飾された石畳を歩く。
かつては色鮮やかであったろう床面は色あせ、所々がはがれている。
大きな扉の前に立てば、やはり迎えるように扉が開く。
中に入ると貴族の館によくある造りの階段がまず見えた。
そして壁際に立つメイドたちの姿があった。
コーデリアが玄関から入ると彼女たちが一斉に膝をつくのだった。
魔本の姫君は世界をバッドエンドに染め上げたい! mao_dombo_ru @tukiho
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