第31話 援軍
「ほう、乗り込んできたか。救世主と呼ばれた女が逃げ惑う様を楽しみたかったのだがな」
封印の間。
その中央部分は一段高く床が作られており、そこに置かれた悪趣味な――動物の骨で組まれた――椅子に魔王の姿があった。
どう見ても座り心地は最悪そうだったが、魔王は特に気にする様子もなく
「それは残念だったわね」
魔王の足元で何かが蠢いている。
奴の触手だろう。
正面から見た魔王の姿は、頭部から3本の角が生えている以外人間のそれと殆ど変わりない。
だがこの位置から見えないだけであって、実際には奴の背から無数の黒い触手がびっしりと生えている事を私は知っている。
かつてそのうちの一本。
再封印の際に結界を抜けて来た一本に貫かれ、私は命を落としてしまう。
それが全ての始まりだった。
「これが気になるか」
足元に蠢く触手の一本が持ち上がり、鎌首を擡げる。
その先端は鋭く尖っていた。
「これはかつてお前の胸元を貫いた一本だ。あの時の感触、今でも覚えているぞ。心臓を貫いた時のあの感覚。命が終わりを告げる瞬間、拍動が止まる感触は本当に最高だった」
魔王は楽しそうに昔話をしだす。
聖剣との繋がりを絶った事で、もう敗北はないと確信しての余裕だろう。
だが此方は一々年寄りの下らない長話に付き合うつもりはない。
今でも外では仲間達が必死に戦ってくれているのだ。
私は魔王の言葉を無視し、玉座へと向かって歩みを進める。
触手の間合いギリギリで足を止めて拳を構え、聖女としての力を拳に込めた。
淡い光が私の両拳を包み込み、暗闇を照らす。
「それが世界を照らす希望の光だとしたら、随分と弱弱しい光だ」
魔王は動かない。
髑髏の玉座に腰掛け、高い位置から私を見下ろし笑う。
「……」
玉座の周囲には瘴気の様な物が漂っている。
先程迄は暗闇だったため見えなかったが、私の拳の光がくっきりとそれを浮き上がらせる。
魔王の体から溢れ出すそれは高純度の魔力や呪力を含んでおり、奴にとって鎧であり盾となって私に立ちはだかる。
聖剣を纏えれば防げたであろうそれは、今の私にとって鬼門に等しい。
恐らくあの瘴気の中だと、私は5分と持たないだろう。
短期決戦。
今の油断しきっている魔王に特大の一撃を打ち込み。
一気に押し切る。
それだけが私の勝機だ。
私は姿勢を低くして、クラウチングスタートの構えを取る。
これで一気に間合いを詰めるつもりだ。
「ん?なんだその奇妙な恰好は?」
「すぅぅぅぅ……」
魔王が怪訝そうに首をかしげるが、それを無視して大きく息を吸い込み。
そして止める。
ここからは吸気無しだ。
瘴気を体内に吸い込むわけには行かない。
私はそのまま地面を強く蹴って、ロケットスタートを決める。
普通に考えれば自殺行為に等しい行動だ。
相手の攻撃範囲に前傾姿勢で突っ込むのだから。
案の定、私の顔に向かって一本の触手が飛んでくる。
普通なら躱しようのない一撃だ
だが私には神から貰った
時間を停止し、それを手で払って勢いを止めずに魔王へと突っ込んだ。
「――っ!?」
瘴気に触れた瞬間、体に痛みが走る。
思った以上に強力な毒だ。
これでは5分所か3分すら怪しい。
だが私は歯を食いしばって痛みを堪え、魔王の元へと到達する。
私はポケットに突っ込んであった宝玉――聖剣を素早く手に取り、力を籠める。
宝玉が強い輝きを放ち、私の手の中に美しい白銀の剣が現れた。
聖剣だ。
魔王は呪いで関りを絶てば扱えないと思っていた様だが、聖女としての力を籠めれば、例え選ばれた者でなくとも剣としてなら扱う事が出来た。
勿論本来の力には程遠いが、私にはチート能力がある。
躱す事も防ぐ事も出来ないこの状況でなら、パワーダウンしていても十分通用する筈だ。
私は剣を水平に構え、魔王心臓部分に向かって真っすぐに突き刺した。
本当は滅多切りにするつもりだったのだが、この瘴気の中動き回るのはきつい。
だから必殺の一撃を持って魔王を葬る。
「はぁぁぁぁぁ!!」
息を吐き出しながら雄叫びを上げる。
聖剣に力を、私の内にあるありったけの全てを注ぎ込み。
魔王を内部から焼き尽くす。
「がっああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
魔王が雄叫びを上げ、椅子を粉砕して暴れ出す。
力を使い過ぎてフラフラだった私はその勢いに弾かれて剣を手放してしまい、吹き飛ばされてしまう。
「つ……うぅ……」
背中を打ち付けた衝撃で意識を失いそうになるが何とか堪え、立ち上がる。
瘴気に侵されたせいか全身焼ける様に熱い。
「あぁぁぁぁ……」
見ると魔王は膝を付いて蹲まり、苦悶の声を上げていた。
体からはじゅうじゅうと肉の焼ける音が立ち昇り、全身から煙が上がっている。
「さっさとくたばりなさいよ」
その一言は願いに近かった。
正直これで倒せないようならお手上げに近い。
こちらももう力を使い果たし、全身ボロボロでとても戦える状態ではないのだから。
「やって…………くれたな……小娘……」
魔王がゆっくりと立ちあ上がる。
その形相は怒りに醜く歪んでいた。
どうやら私の願いは天に聞き届けられなかった様だ。
魔王は足元に転がる宝玉の形に戻った聖剣を拾い上げ、そのまま口元に運んで飲み込んだ。
「――っ!?」
「これでもう、聖剣は使えまい……」
全ての力を放出した今、もう私に聖剣を真面に扱うだけの力は残されていない。
とは言え、聖剣さえあればまだ辛うじて戦う事は出来ただろう。
だがその僅かな可能性すら、完全に潰されてしまった。
私の負けだ。
「皆……ごめん」
俯き、歯を食いしばって言葉を絞り出す。
聖剣を鎧として纏えてさえいれば、チートと合わせて圧倒する事も出来た筈だった。
だが、油断して罠にかかったばかりに私は負ける。
皆は私を信じて必死に戦ってくれていると言うのに……自分の間抜けさが情けなくて悔しくて……謝っても謝り切れない。
「死ね」
魔王の触手が蠢く。
地を這っていたそれは魔王の言葉と同時に跳ね上がり、切っ先を私に向けて一斉に襲い掛かって来た。
魔王も相当ダメージを負っているのだろう。
触手の動きは鈍い。
だが今の私には、そんな物すら躱すだけの力が残っていなかった。
触手が私の体を貫く。
そんなイメージを脳裏に浮かぶ。
それはほんの一瞬先の未来。
「はぁっ!」
だがその未来は、一振り大剣によって切り開かれた。
旋風が巻き起こり、触手が豪快に薙ぎ払われる。
「よ、なーに負けそうになってんだよ」
「ハイネ!?なんで……」
「はぁ……はぁ……なんとか間に合ったみたいね」
「アーニュまで!?」
少し遅れてアーニュが現れる。
その手にはワンドが握られ、先端から放たれる強い光が魔王の姿を闇の中から浮かび上がらせた。
「あれが魔王……」
「へっ。もっと化け物っぽいのを想像してたのに、背中からなんか生えてる以外は思ったより普通だな」
私には闇を見通す能力があるが、彼女達には勿論そんな能力はない。
真っ暗闇の中、気配だけで私に迫る触手を払ったハイネの野生の勘には脱帽させられる。
「虫けら共め……此処に死にに来たか」
「違うね!てめぇをぶっ殺しに来たんだよ」
魔王の触手が足元で蠢き。
ハイネが剣を両手に構えて魔王を睨み付ける。
「あっちもボロボロみたいだし。もうひと踏ん張りよ」
アーニュが私の肩に手を置く。
それが凄く温かくて心強い。
全身ボロボロで体力も残っていない私だが、この二人と一緒ならまだ戦える。
「ええ、そうね。倒しましょう!魔王を!」
そして守る。
この世界の平和を。
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