第16話 不死身の化け物
「あそこか……」
「ええ」
シェナスが手綱を握る馬の上で、私は彼女の背にしがみついていた。
遥か前方に強大な建物がある事に気づき呟くと、彼女が肯定の返事を返してくれる。
「祠にしては異様に大きいわね」
封印の祠と聞いていたので、もっとこじんまりとした物を想像していたのだが、それはまるで要塞であるかの様に巨大で堅牢に見えた。
「あれは祠ではなく、それを守るための砦です」
成程と納得する。
王家の威光を守るための封印だ。
万に一つでも解かれる事の無いよう、封印任せではなく厳重に守られていると言いう事だろう。
「あそこには常に100人からの兵が配備されています。今は緊急事態なので、通常の3倍である300人が詰めていますが」
遠目では分からなかったが砦に近づくにつれ、その綻びが目について来る。
恐らく少し前にあったと言う魔物の襲撃の跡だろう。
その傷跡から戦いの激しさが伺えた。
「流石に今回は魔物に襲われないわね」
周囲を見渡す。
馬を駆る騎士30人に、馬車には10人からの魔導師が詰めている。
流石にこれだけの規模になると、魔物も寄ってはこない。
「まああの時は運が悪かったというのもありますから」
話を詳しく聞いた所、替え玉などは用意されてはいなかったらしい。
普段は街道に強力な魔物が出る様な事はなく、まさかあの警護で不測の事態に落ちるとは国も考えていなかった様だ。
今回護衛の数が多いのは、その点を反省しての事だろう。
砦に辿り着いた私達は早速祠へと通される。
着いたばかりだと言うのに、あわただしい事この上なしだ。
まあそれだけ緊急の事態という事なのだろう。
実際、魔物の再襲撃がいつあってもおかしくはない状況だ。
魔王も封印が弱っている今の状況を、見過ごす程愚かではないだろうし。
因みに私の身分はレア様付きの魔導師という事になっている。
街道での襲撃で亡くなった方の物だが、その女性は心からレア様の事を心配していたというから、彼女を救うためならきっと許してくれるだろう。
「レア様。早速で申し訳ありませんが、お願い致します」
砦の責任者である老人が頭を下げる。
その表情は、苦虫を噛み潰したかの様な苦悶を浮かべていた。
まだ16になったばかりの幼い少女を生贄に捧げる事への苦悩なのだろう。
「はい。お任せください」
レア様は純白の長襦袢の様な衣装を身に着けていた。
白は清廉潔白を示すとともに、それが彼女の死に装束である事を表わしている。
「お願いします」
「ええ、分かっているわ」
シェナスが私に寄り、耳打ちしてくる。
私の役割はレア様に強化魔法をかけ、儀式中魔力を送る事だ。
強化魔法の方は既にかけてある。
魔法で基礎能力を高め、その上で私の魔力をレア様に分け与えれば、儀式のために命まで使う必要は無くなるはず。
そして儀式が終わった所で私が素早く仮死状態になる魔法を彼女にかけて死んだことにし、その遺体を葬儀の前にちょろまかす。
それがレア様救出作戦の全容となっている。
「では……」
レア様が魔法の詠唱に入った。
私はその少し後ろから、彼女へと自らの魔力を送り込んだ。
直接触れた方が効率は遥かに良いのだが、流石に傍仕えとはいえ、儀式中の巫女姫に触れる事は許されなかった。
「偉大なる御身の御力を示し、我等に大いなる祝福と慈愛を――っ!?」
儀式が始まり5分程経過した所で、突然地面が大きく揺れる。
レア様の詠唱が中断され。
その場にいた者達全てに緊張が走る。
「何がおきているんだ!?」
「落ち着け!」
周囲に怒号が飛び交う中、大地の揺れはどんどんと大きくなってくる。
やがてその揺れはぴたりと止まる。
だがそれは一瞬だけだった。
封印の祠の床に大きな亀裂が走り、そして爆発音とともに爆ぜた。
土煙がもうもうと立ち込め、視界が奪われてしまう。
「げほっ、げほっ。一体何が?」
やがて砂埃が薄れていき、私はその目で異変の理由を目の当たりにする事になる。
そこには――上半身が人間の女性の姿をした、巨大な蛇の姿があった。
「ナーガ……でもなんて大きさなの……」
封印の祠は吹き抜けの塔の様な形状をしている。
その為天井までは10メートル近くあるのだが、巨大なナーガの頭部はその頂上付近から私達を見下ろしていた。
胴体が床にあいた穴にまだ続いている事から、その体調は軽く十メートルを超している事が分かる。
こんな巨大な化け物を見るのは、生まれて初めの事だ。
余りの出来事に誰も反応できずにいると、ナーガは円錐状の結界に自らの胴を絡ませ始めた。
どうやら、弱っている結界をその巨体で締め付けて破壊する気の様だ。
「結界を守れ!」
皆が唖然とする中、責任者である老人が檄を飛ばす。
流石長生きしているだけはある。
シェナスが素早くレアを抱き抱えて避難させると、その場にいた魔導師達が一斉に魔法を唱え始めた。
私もそれに合わせて魔法を唱える。
但し神聖魔法使うわけには行かないので、通常の攻撃魔法ではあるが。
魔導師達が次々と魔法を打ち込む。
流石封印の儀に立ち会うだけあって、皆その腕前は一流だ。
高威力の魔法の前に巨大なナーガの体が抉れ、血飛沫と肉片が辺りに散らばる。
「これで!」
私の放った炎の魔法がナーガの頭部を捉え、吹き飛ばした。
勝負ありだ。
幾ら強力な魔物でも頭部を吹き飛ばされれば――
「っ!?」
だがナーガの動きは止まらない。
それ所か、私の見ている目の前で全身の傷が見る間に回復していき、吹き飛んだ頭部まであっという間に再生されてしまう。
「ぬうぅ、なんという化け物だ!攻撃の手を緩めるな、魔法を浴びせ続けよ」
指示を受け、再び魔導師達が魔法の詠唱に入る。
だがその時、巨大なナーガが大きく口を開け、声なき奇声をまき散らした。
「ぐっ……」
まるで心臓を鷲掴みにされたかの様な恐怖が私を襲う。
私は咄嗟に神聖魔法で精神を安定させる。
周囲を見ると、皆青い顔をして蹲っていた。
「ぎしゃああ」
不快の声が響く。
ナーガの開けた穴から、ゴブリン達が這い上がって来るのが見えた。
「追加……しかも大きい」
ゴブリンは小さく弱い、魔物の中でも最下級に位置する存在だ。
だが穴から出て来たゴブリン達は、明かに通常の物とは様相が違っていた。
本来は1メートルにも満たない小柄な体であるはずが、穴から這い出て来た物は全て優に2メートルを越していた。
さらにその目は赤く染まり、開いた口元からはだらだらと涎が滴り落ちている。
明かに異常な個体だ。
「どうやら、力を隠している場合じゃなさそうね!」
傍仕えの魔導師を装っていたため神聖魔法は控えていたが、そんな場合ではないと判断する。
このままでは封印はおろか、全滅させられかねない。
「ライトキュアオール!」
手を天に翳して魔法を発動させる。
先ずは態勢の立て直しだ。
私の手に灯る暖かい光が、周囲を照らしだす。
その光は、恐怖におびえる者に勇気を与える力が籠っていた。
「くっ、魔物を蹴散らせ!」
魔法によってその場にいた者達全てが立ちなおり、再び詠唱を再会させる。
だがさっきまでの様には行かない。
ゴブリン達がそれを妨げようと此方に突っ込んで来るため、魔導師達は唱えた魔法をゴブリン達に使わざる得ない。
「このままじゃ結界が!」
その間にも、ナーガはぎりぎりと封印の結界を締め上げる。
騎士達がいれば彼らにゴブリンを担当して貰えるのだが、それは難しいだろう。
何故なら、外からも喧騒が響いて来ているからだ。
おそらく大量の魔物が内外同時に攻め込んで来たているのだろう。
その為、祠内への援軍はあまり期待できそうになかった
「ジャッジメント・ホーリー!」
時間を止め、5連打する。
放った魔法はナーガの胴体を引きちぎり、バラバラになった体は豪音と共に地面に崩れ落ちる。
だがそれも一瞬の事、すぐさまその体は繋ぎ合わされ一本に戻ってしまう。
「何なのよ全く!キリがないじゃないの!」
吹き飛ばしても吹き飛ばしてもキリがない。
まるで不死身であるかの様に、巨大なナーガは再生し続ける。
「このままじゃ――」
不味いと続けようとして、言葉を詰まらせた。
何故なら、穴からゴブリン達に続きもう一体の巨大な
もはや不味いと言うレベルでは無かった。
不死身のナーガが、その巨体で一心不乱に結界を破壊しようとしているのだ。
それも2匹も。
だが幸い、ゴブリン達の排除は早々に終わっていた。
新しく現れた1匹を私が押さえ、魔導士達が結界に取り付いている方に砲火を集中させ続ければ時間を稼げるはず。
その間に外の魔物を兵士達が制圧し、援軍に駆けつけてくれるのを期待するしかないだろう。
「私が新手の一体の相手を……する……から……」
そんな私の考えをあざ笑うかのように、床にあいた穴から3匹目のナーガが姿を現した。
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