第17話 アガートラーム

「くっ!?ジャッシメント・ホーリー!」


正面から私に突っ込んできた巨大なナーガを、特大の神聖魔法で迎え撃つ。

魔法はその上半身を完全に吹き飛ばした。

だがそれも一瞬だけの事だ。

残った蛇の下半身から、瞬く間に上半身が生えて来る。


本当に厄介極まりない。

この不死身性さえなければ、もうとっくに殲滅出来ているというのに。


「アリア殿!結界が!!」


シェナスが大声で叫んだ。

彼女はレアを守る事に専念しているので、戦いには参加していない。


結界の方に目をやると、2匹のナーガに絡みつかれた結界が悲鳴を上げているのが目に入る。

恐らくもう長くはもたない。


「ジャッジメント・ホーリー!」


再び最大級の神聖魔法を唱え、その2体を纏めて吹き飛ばす。

魔物の肉が周囲に飛び散り、結界から離れて崩れ落ちる。

だがそれらもまた、見る見るうちに回復していく。


完全に焼け石に水だ。


悔しいが、私には彼らを仕留める術がない。

ひょっとしたらあるのかもしれないが、それを探している時間的余裕はなかった。

このままでは5分とかからず、結界は崩壊するだろう。


結界を守るのは不可能だ。


そう判断した私は、時を止めて結界へと駆け寄る。

魔物の目的のゴールは結界を破る事ではない。

その先に眠る、魔神器とやらを手に入れる事だ。


だったら――


「はぁぁぁぁぁ!!」


私は結界に触れ、神聖魔法を使ってそれを解除する。

結界は邪悪な力に対しては強力な反発作用を齎すが、聖なる力には驚くほど無抵抗だ。

そのため結界は容易く破れ、私はその中へと飛込んだ。


「これが魔神器?」


目の前には、邪悪なオーラを纏うひと振りの剣が台座に突き刺さっていた。

だが何だろう?

目の前の邪悪な魔神器からは、邪悪さだけではなく、何か祈りにも似たような力の波動を感じる。


これはいったい――


「って!考え込んでいる場合じゃない!」


復活したナーガ達がもう目の前にまで迫っている。

私は自らの手を魔力で覆い、魔神器を掴む。

素手で掴めば邪悪なオーラに心が喰われてしまうからだ。


「これを持って!!」


この場を撤退。

そうしようとした時、魔神器から強烈な光が放たれた。


それは邪悪な黒い閃光であり。

同時に清らかな輝きを持つ、清浄なる光だった。


「ここは……」


気付けば私は大空を漂っていた。


「わわわっ!?」


体が急に地上に引き寄せられる。

遥か下方には巨大な城があり、私はその城に激突――せず、体は城の屋根をすり抜け落ちていく。


何度も床をすり抜け、そして大きな広場へと私は辿り着いた。

そこには多くの屍が転がっている。

人も魔物も関係なく、大量の死骸が折り重なって倒れているのだ。


その広い空間で生きているのは――たった二人。

正確には一人と一体だ。


純白の鎧をまとった少女と、下半身がタコの様な醜悪な姿の魔物が戦っている。

少女の手にしている武器を見て気づく。

それが魔神器と呼ばれる物である事に。


「これは……ひょっとして魔神器の記憶!?いえ、記録!?」


≪我が名はアガートラーム。神に選ばれし戦士よ≫


少女の手にした白銀の剣。

アガートラームが私に語り掛けて来る。


≪先代の戦士、アンリは魔王を倒す事には成功しましたが。消滅にまでは至りませんでした≫


少女の剣が魔物を捉える。

と、同時にタコの足の様な触手が少女を貫き通した。


≪彼女は、自らの命と引き換えに魔王を封印するのが限界でした≫


少女――アンリは最後の力を籠めて魔王の体をいくつにも切り裂き、そして神聖魔法で吹き飛ばした。

だが魔王も只ではやられない。

少女の持つ剣に強力な呪いをかけ、穢す。

聖なる武器――アガートラームの力を封じるために。


聖剣が魔王の武器として勘違いされてきたのは、この呪いのせいだろう。


≪ですが魔王は長き時を経て、今完全に蘇ろうとしています≫


どうか世界を――その言葉と共に、私は現実へと引き戻された。


体に感覚が戻り、目の前にはナーガが迫っていた。

咄嗟に私は時を止める。


「先代の戦士……か。そりゃそうよね。目的も無く転生なんてさせないわよね」


神が私を転生させたのは、魔王を倒させるためだったという訳だ。

恐らくアンリという少女も転生者だったのだろう。

勝手な思惑で説明も無く利用されたのには腹が立つが、神による転生があったからこそ、私はこうやって生きていられる。


複雑な気分ではあるが――


「今は!」


目の前の敵の対処に集中する。

相手は不死身だが、魔王すら切り裂いた聖剣ならばきっと通用するはず。

私はありったけの魔力をアガートラームに注ぎ込んだ。


聖女である私の魔力には、神聖な力が宿っている。

その力で呪いの解除を――


「くっ……うぅ……」


全身に雷が落ちたかの様な衝撃と痛みが走る。

呪いが流した魔力を伝って逆流し、中から私を蝕んで来る。

だがこんな物にやれられ程、私はヤワではない。


「聖女様……舐めんなぁ!!」


気合と同時に更なる魔力を剣に流し込む。

私の魔力と邪悪な呪い。

その二つが絡み合い、お互いを焼き尽くす。


「アガートラーム!」


私は体の痛みを無視して、渾身の気合と共に剣を掲げる。

その叫びに聖剣が応え、呪いが弾け飛んだ。


「これは…… 」


白く輝く剣が私の中に溶け込み、変異する。


鎧に。


そして拳に。


気付けば私の全身を白銀の鎧が包み込み。

その両拳には紅い宝玉の付いた白いナックルが嵌っていた。


全身に力が漲り。

今の私になら何でも出来る全能感が溢れ出す。


「これならいける!」


時間停止を解除する。

同時にナーガが突っ込んできた。

私はその顔面に、魔力を籠めた拳を叩き込んだ。


「はぁっ!」


ナーガの肉体が、まるで腐りかけのトマトの様に砕け散る。

触れた場所だけではなく、全身の肉という肉が弾け飛び、骨だけを残して崩れ下ちた。

その骨も、煙となって消えていく。


「こりゃ凄いわ」


もし自分がこの光景を見てる側なら、絶対ドン引きしている。

それ位圧倒的な強さだった。


「これじゃ、嫁の貰い手は無さそう――ね!」


遅れて襲って来たナーガ2体も、それぞれ一撃で粉砕する。

今の私にとってもはや遅るるに足りない相手だ。


「これで……あれ?」


急に体から力が抜ける。

足元がふらつき、視界が明滅しだした。


「あ――」


そこで私の意識は途切れてしまう。

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