第9話 デュラハン
彼女の顔だちは端正で美しい物だった。
さぞや男性にモテる事だろう。
但し、その眼窩に瞳が入っていればの話ではある。
私が唖然と固まっていると、彼女は自分眼もとから垂れる血を舌で舐めとり、口の端を歪めて笑う。
それを見た瞬間、私の背筋に寒気が走った。
彼女は人間ではない。
その事を理解した私は身構える。
「今から良い物を見せてあげる」
カルアが両手を大きく天へと掲げる。
すると祭壇から黒い靄が立ち昇り出す。
「まさか!?」
私は思わず声を上げる。
その靄から感じる波動。
忘れもしない。
それは魔王の波動だった。
「なんで……」
魔王はガレーン王国で封印されている。
その波動を、こんな遠く離れたこの場所で感じるはずがない。
無い筈なのに……それは間違いなく魔王の波動だった。
「ふふふ。貴方達は封印が一つだと思っているみたいだけど違うわよ。魔王様は体を引き裂かれ、複数の場所へと封印されているのよ」
「!?」
気付けば彼女の体からも、黒い靄が立ち込めていた。
彼女は魔王を様付で呼ぶ。
それはつまり――
「私は魔王様の忠実な僕、カルアよ」
カルアが首をかしげると、その中程から首が裂けて頭が地面に転がる。
「あら、落ちちゃったわ」
彼女は自らの首を拾い上げる。
手に掴まれた頭の方は相変わらず眼窩から血を流してはいるが、その表情は満面の笑みだ。
「どうやってアーニュの感知を……」
私はカルアを睨み付ける。
デュラハンは恐るべき力を持ったアンデッドだ。
だが死者である彼女は、生命活動を行っていない。
アーニュの生命を感知する魔法を使えば、直ちに判明していた筈だ。
「ああ、神聖魔法を使ったのよ。くくく、私こう見えて元聖女なのよ。貴方の後釜のね」
「私の……後釜?」
「ええ、ガルザス王子は魔女になった貴方の封印にケチをつけたのよ。だから、再度封印を施すってね。そして急増の聖女である私は失敗し、魔王様は復活されたってわけよ」
「んな!?」
何やってんのあのバカ王子!?
まさかそんな愚かな暴挙に出ていようとは。
こんな事なら、あの時殺しておくべきだったと悔やまれる。
「お陰で私は魔王様の配下になる事ができたの。あのバカ……っと、ガルザス王子には感謝しなくっちゃね」
カルアと睨み合っていると、黒い靄が次第に薄れ、消えていく。
波動も同時に消えた。
てっきりこの場に魔王が現れるとばかり思っていただが、どうやらその心配はなさそうだ。
「ふふ、此処に封じられていたのは魔王様の一部だからね。本体はガレーン王国にいらっしゃるわ。でも安心して、貴方は私がちゃんと殺してあげるから」
「ここへ私をおびき出したのは」
偶然私達のパーティーに声を掛けたのではないだろう。
そもそも、デュラハンなら冒険者など雇わずとも此処へ辿り着けたはずだ。
「勿論、貴方を殺す為よ。魔王様は、貴方に再封印された事に大変お怒りよ。だから封印を解く序でに、貴方を殺してくるよう私に命じられたの」
彼女が手を水平に伸ばすと、手のひらから靄が噴き出し。
やがてそれは鎌の形に姿を変える。
小柄な彼女には不釣り合いの長い柄もの。
とてもアンバランスに見えるが、彼女はそれを軽々と振り回し、肩に乗せて笑う。
彼女の態度は余裕いっぱいだ。
余程自信があるのだろう。
一瞬、ホーンを鳴らそうかとも思ったが止めておく。
最悪、私一人ならこの場から撤退するのも難しくはないからだ。
これを鳴らすのは撤退を決めてからでいいだろう。
それなら途中で合流して逃げ出す事も出来る。
まあ倒すけどね。
逃げても延々追いかけてこられるのは目に見えているし。
「ああ。言っておくけど。神聖魔法をちんたら唱えさせる気は無いわよ」
魔導師系は基本、単独では戦わない。
それは呪文には詠唱がある為だ。
強力な魔法であればある程、その詠唱は長くなる。
また、動き回りながらでは意識が散漫になる為、真面に魔法を扱うのも難しい。
その為、魔法使いは一対一になると魔法が使えなくなり、途端に弱くなるとい弱点を持っていた。
まあ、私には関係の無い事ではあるが。
私には武術がある。
ガーゴイルの様な強烈な硬さを持つ相手には弱いが、デュラハンはパワーこそあれ、そこまでの硬さはない筈だ。
魔法無しでも十分戦えるはず。
それに何より、私には切り札――時間停止もある。
当然停止中も魔法は普通に使える筈ので、動けない所に魔法をぶちかます事も出来るだろう。
魔王の様に強大な力を持っているなら兎も角、デュラハン程度であればどうとでもなる。
「じゃあ死になさい!」
彼女が肩に掛けていた鎌を振り下ろす。
それを私は紙一重で躱した。
想像以上のスピードだ。
前言撤回する。
このスピードを相手にするには、私の体術では話にならない。
よって――
「あらあら、今のを躱すなんてやる――」
時間が止まり、デュラハンが固まる。
私は動けなくなった彼女の目の前で長々と神聖魔法を唱え、そして放つ。
「ジャッジメント・ホーリー!!」
デュラハンに向けた両掌から巨大な光球が生まれ、私はそれを彼女に打ち出した。
私の使う神聖魔法の中で最大級の魔法だ。
これのいい所は、邪悪なもの以外には一切無害という所だ。
ここは地下だ。
強力な魔法を使って建物を傷つけ、崩落に巻き込まれてはシャレにならない。
「あれ?」
光球が突如止まる。
「もしかして……」
今まで試していなかったから気づかなかったが、どうやら私の手から離れてしまうと、魔法も時間が止まってしまう様だ。
「止まってる所に打ち込みまくるのは無理って訳か」
だがまあこの距離なら躱される心配も無いだろう。
私は止めていた時間を、正常な流れへと戻した。
「んな!?」
突如現れた――カルアにはそう見える――光球に驚きの声を上げる。
当然そんな物に彼女が対応できるわけも無く、私の放った魔法は彼女へと直撃する。
「おおおおあああああああぉぉぁぁおぁお!!」
光が炸裂し、凄まじいさ雄叫びと共に彼女は転がりまわる。
その肉体は神聖なる救いの力によって浄化され、煙を上げて消滅していく。
「ぐ……うぅ……」
彼女は咄嗟に放り投げたのか、頭部はまだ残っていた。
但し完全に回避できたわけではなく、その半分は焼け爛れ崩れている。
「魔王様は……必ず……お前を殺す。それまで……精々怯えて暮らすがいい!」
最後に強く叫ぶと、カルアの頭部が完全に崩壊する。
「馬鹿王子のせいで……厄介な事になったわね……」
私は大きく溜息を吐き。
心の中で死ね死ね言うのだった。
ガルザス王子に。
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