間違いなく君だったよ

佐倉奈津(蜜柑桜)

誓護の剣

 平和が保たれる時。それは剣が役目を持たず、刀身に日の光を映さぬ時代。

 しかし安寧が続く根幹に、その柄を握る者の力ありき。


 争いを憎み、壊したくないものがあるからこそ、

 守るもののためなら、


 煌く刃を鞘から抜くことも厭わない。



 ***


 国唯一の時計台を城下中央に持つ、シレア国の王都シューザリーン。妖精が住むと噂される北の山からは大河が流れ、街を縦断して南の海へ向かう。清らかな水の流れは田畑を潤し、自然の恵みは住人の生活を支え、国に富をもたらした。

 絶対中立を守ってきたこの国の歴史において、ここ久しく戦禍の記録はごく小さいものすら存在しない。しかしそれは自らが争わぬだけでは能わぬこと。才ある君主のもとに軍国に劣らぬ優れた武者を統べるというのは他国が認めるところであり、シレアが眠れる獅子と囁かれる所以である。


 ときの声が立たぬ昨今とあってはそうした評も噂に過ぎないが、その真偽のほどを証するは実の武勲だけではない。なおも火を入れ鋼を打つ優れた刀工がいることも、彼の国の秘めたる刃をほのめかすというものだ。


 今日も一人、城下屈指の刀鍛冶屋へ、石畳を踏みゆく者がいる。


 ***


 春の盛りの頃である。まだ太陽の位置も低い朝、シューザリエ城下の城から程近い一角を、急ぎ足で行く丈高い細身の青年がいた。商いを始めた店がまばらな中、青年は入り組んだ路地を迷いなく進み、煙の上がる煙突を有した古びた家の前に立ち止まる。

 家の戸の上には刀剣を交わらせた紋。国が定めた刀鍛冶屋のしるしである。閉まったままの戸に躊躇することもなく、青年は威勢よくそれを叩いた。


「おはようロス。帰ってたのか」


 中からの返事に扉を開けた青年に、主人と思しき中年の男性が店奥の卓から声をかけた。


「親父さん、久方ぶりだな。昨日の夜遅くに着いたよ」


 ロスと呼ばれた青年は、挨拶を返しながら慣れた様子で扉を閉めると、店の中をぐるりと見渡した。壁には一面、手入れの行き届いた美しい長短の刀剣が整然と並び、別の壁には鞘や手入れ道具などの細々としたものが収まる棚がある。見習いか何かだろうか。棚の前ではロスよりも二、三ほど年下かと思われる少年が、棚に並ぶものを整理しながらロスの方へ振り返った。


「そりゃ長旅ご苦労だったな。今日は刀替えかい?」


 卓の上で書き付けをしていたペンの手を止め、主人はにこやかに微笑んだ。


「ああ。帰ってきたら新しいの見繕ってくれるって約束してただろ。早速来たよ」

「そういえばそうだった。大体は考えてあるけど、お前の腕がどれだけ変わったかも聞かないとだしな。ちょっと待ってくれ。他の客が来る前に、終わらしたら一緒に選んでやるから」


 そう言うと主人は再び卓へ視線を落としてペンを動かし始めた。刀剣の材料の注文書である。取引先の商人が今日来る予定なのだが、新しい品を求める者や手入れの依頼で常のように店の中が賑わい始めてしまえば、落ち着いて書く暇がない。


「取り敢えずその辺に座っといてくれ、すぐ終わるから。それでどうだった、叔父さん、病気だったんだろ。具合は」

「全然元気なもんだよ。病気なんてのは大したことなくてただの口実。なんでも手伝わせようと思って呼びつけたんだと」


 薦められるままに木の丸椅子に腰掛けたロスは、脇にあった背の低い棚に肘をついて主人の手元を眺める。


「ほら、あそこの地区は地方官の仕事も特殊だろう」

「司祭の管轄だからか」

「そうそう、祭事とかもあるしでシューザリーンとはまつりごとの様子も違うから。もう十六だし、いい勉強になるだろうからって雑用に走らされた。口実つけずに初めからそう言えばいいのに」

「はは、叔父さんらしいじゃないか。で? 二年もあっちにいてお前がこの時分に都帰りってのは、やっぱりあれか」

「ん、まあね。今度はシューザリーン戻れって追い返された」


 帳面に向き合ったまま聞いてくる主人にロスが冗談めかして答えると、ロスの家族とも馴染みの主人は、「はは」と愉快そうに声をあげて笑った。


 シレア国では春に官吏登用の一般試験が行われる。代々王家に仕える家系の一部や下男など、個別に能力が図られて城へ出仕する者も中にはいるが、それ以外の多くの文官、武官には、城下にとどまらず地方からも集まった若者が、この試験の成績と本人の希望を元に城の各部署へ配属されるのだ。それもあり、このところは城下の宿も泊まり客で埋まっているようだ。


「何であれ、甥っ子想いじゃないか。そういやお前、例のお嬢幼馴染はどうした」

「ソナーレならもう城入りしたよ。侍女だと。まだ見習いだけど。向こうにいたときに貰った手紙で『王女付き侍女になる』って豪語していた」

「じゃあロスも宮廷に出仕するより他はないよなぁ」

「なんだそれ」

「わかってるくせに……で、やっぱり武官か?」


 その質問に、ロスの表情からそれまでの明るさが消えた。歯切れよく運んでいた会話に間が入る。


「実は……この期に及んでどうしようかと思ってるんだ。行ってみたらさ、司祭管轄領の仕事、複雑なだけに面白かったし」

「てことは、文官か」

「正直、俺としては国や陛下の役に立てることならどちらでも構わない。自分が一番力を出せるところがいいと思ってる。ただ、文官か武官か、どっちが向いてるかって言われると……」

「まぁ確かに……お前ほどの者が剣を身につけていないっていうのは、惜しいかもしれないな……」


 主人の呟きにロスは首肯した。幼少の頃より厳しい鍛錬を受けてきたのだ。武術の腕には自信があったし、好きだった。今のシレアに戦の兆しは露ほどもないが、南国のテハイザの動きが怪しいことも否定できない。もしシレアに災禍が及ぶ可能性があるなら、万が一の時には最大限の力を出したかった。

 だからこそ都から出る前は武官に、と決めて、帰ってきたら剣を新調しようと思っていたのだ。それはけじめをつけるためでもあった。しかし地方へ行ってみれば、平和な世において人々の生活の安寧と豊かさのためには、政治体制にも時世に合わせて常に改善するべきところがあることも分かった。そしてそうした仕事に従事するのもやり甲斐を感じたし、興味も深まったのだ。


 そう想いを巡らせながら、壁にかかる抜身の刀剣を眺める。


「確かに、司祭領は地理的にも王都の監視が入りにくいし、歴史的には私利私欲を肥やす司祭も多かったですね。現職の司祭が改善に努めていましたが難航していたところです。でもここのところ急速に王都との連携が円滑になったと聞いていますよ。貴方の働きですか」


 ロスが思考に沈んでいたら、これまで部屋の隅で黙して二人の様子を見ていた先の少年が突然口を開いた。


「ん? ああ、手伝いだから大したことはしてないし決定権は司祭長だけど、因習の改善とか司法の整理とか色々と思うところは言わせて貰えたし、採用してもらったかな」


 初めは見習いか何かかと思ったが、そういえば少年の身なりは城下の庶民のそれと比べるといやに整っている気もする。どこか裕福な家の息子が興味本位で訪ねてきたか。


「しかしね、こいつの剣の腕は相当だからなぁ。やっぱり文官は惜しい気もするんだよ」

「俺もそちらは捨てがたいんだよ。自分の適正って案外、自分じゃわからないもんだろ。国や陛下が、ご自身の求めるところを見定めて頂きたいくらいだ」


 主人の言にロスが苦笑すると、少年は口に手を当てて少しの間考え込み、そして思いついた、と言うように顔をぱっと上げた。


「そこまでの腕をお持ちとあれば、それでは一つ、私と手合わせをお願いできませんか。裏の庭ででも」

「はぁ?!」

「私もまだ修行中の身ですから手本を見せるとでも思って。どうです? 真剣で」

「おいおい、こいつの強さは本物だよ」

「その『本物』の強さを見せてもらうには、真剣でないと無理でしょう」


 驚いた主人に対し、少年は飄々と言ってのける。思春期にありがちな下手な自信か。生意気な発言に、ロスは鼻白んだ。


「本気で言ってるのか」

「本気でなくこんなことを言うと思いますか?」


 形の良い少年の目が、すっと細くなる。


 ——剣を手にすることの重さを、この少年こいつは知るべきなんじゃないのか。


 武具を下手に振るうことは許されない。それは武人たる者がけして忘れてはいけないことである。もしこの少年が武人を目指すのであれば、年長者として、これを教えてやらなければならないのではないか。

 ロスは丸椅子から立ち上がり、少年に向き合った。


「いいだろう。ただし、本気で行くからな」


 ***


「手合わせは一本勝負で。どちらかが剣を落としたらそこで試合終了とする。これでいいな」

「ええ。真剣ですから、怪我を負っても恨みっこなしで」


 鍛冶屋の裏には、受け取った剣を試すために使うやや広めで草木の無い裏庭があった。まだ朝靄のおかげで日射しが視力を邪魔するほどにはなっていない。手合わせには好都合の天候だ。少年から数歩の間をおいてロスが主人に借りた剣を構えると、少年の方も抜き身の長剣を肩の位置で地面と水平に静止させる。


 ——あの構え……どこかで?


 記憶の端に引っかかるものを感じたが、主人の合図で既に勝負は始まっていた。少年の足が地を蹴ったのを見て、即座に迎撃の姿勢を取る。


 キン、と硬質な鋼の音が朝の空気の中に響き渡った。


 ——速い……!


 まだ十五、六の子供の身体がそれを可能にするのか、少年の動きは予想以上に敏捷だった。踏み切ったと思えば初めのこちらの読みよりも速くにその身体がロスの脇に走り込んでいる。打ち込まれた一撃を躱せばすぐさま、次の一撃が繰り出された。


 ——なかなかこいつやるじゃないか。


 続け様に襲う少年の剣を、ある時は自らの剣で受け、あるいは飛び退って避けながら、ロスは正直、感心していた。

 自身ありげに勝負を申し込んでくるだけに、動きの俊敏さだけではなく太刀筋もその年頃にしては舌を巻くほどである。

 だが、それはロス以外が相手だったら、の話だろう。まだまだ自分が負けるほどの輩ではない。

 司祭領に行ったからといって、毎日の鍛錬を怠っていたわけではない。なまりなどないどころか逆に腕は上がっていたし、身体自体も城下を出る前よりも成長した。

 子供の身軽さには負けても、実戦では経験がものを言う。数撃打ち合ったところで相手の速度も掴めてくる。刃がぶつかり合う音に律動が生まれてくる。相手の剣は完全に読み切った。


 ロスに剣を止められて後ろに飛んだ少年が、次の一打のために腰を落とした。


 ——そろそろ終わりにしてやってもいい頃か。


 少年との間合いと自分のところまでの速度を、これまでの打ち合いで捉えた感覚を元に計算する。次の一撃を払って、試合終了だ。


 神経を研ぎ澄まし、相手の動きを見定める。少年の右足が地面を蹴ると同時に、ロスも刃筋が柄を持つ少年の手のすれすれの位置を通るよう、踏み込んだ。手を傷つけるつもりはない。この軌道なら相手の剣に刃をぶつけて手から落とせる。しかし——


 ——まずい!!


 草むらから突然、栗鼠が飛び出したのだ。しかもその栗鼠は少年の足元に近づき、栗鼠を避けようとした弾みで少年が身体の均衡を僅かに崩した。もうすでに剣は空を切り、切っ先が少年へ近づいている。このままではロスの剣の刃が姿勢を崩した少年の右肩を斬りつけてしまう。なまくらではない。与える傷の深さはいくらなんでも危険過ぎる。


 ——くっ……


 自らがつけた勢いと空気抵抗に逆らって上体の姿勢を変える。柄を持つ手に力を込める。手首に気を集中させ、剣先を下へ——


 ザッ……カラン……


 地面に尻餅をついた少年の手から剣が落ちて転がる音と、ロスの剣が地を突く音が同時だった。


「っはぁっ……ったくもう、何考えてるんだ!」

「あはは、負けました。お見事です」


 地に剣を刺して立て、ロスは急いで少年に駆け寄る。手を貸してやると少年はすぐに立ち上がって、ぱんぱん、と服を叩いて埃を落とした。


「お前くらいの動きの奴なら、地に手をつけば体勢も立て直せただろう、何でしなかった」


 少なくとも剣を持たずに自由だった左手を使えば、ロスの一撃を躱して次の一打を出すことができたはずだ。短い間であれ、少年の動きを見ていればそれくらい容易いのはすぐに解った。しかし、彼はそのまま倒れる方を敢えて選んだとしか思えない。


「そこまで読まれるとは思いませんでしたよ。予想以上です」

「やっぱりわざとか。生意気言うなよ、手にしてるのは真剣だぞ。俺とここまでやり合える人間なら、俺が体勢を変えられなかったらどうなるかくらい分かるはずだ」

「だからですよ」

「はぁ?」


 予想以上と答える少年に対して全く予想外の返答を聞き、ロスはつい、素っ頓狂な声を出した。それを見ながら、少年は微笑して続ける。


「単なる打ち合いをして勝負をつけるのは簡単ですけれど、すでに振りかざした剣の軌道や身体の動きを制御する方が難しい。戦いにおいて相手を斬るより、むしろ斬りかかった相手の命を救う方が難儀でしょう」


 口元こそ笑っているが、少年の顔は真剣だった。瞳の蘇芳色が鋭く光る。


「もし、すんでのところで相手に非がないことがわかったら? もし万が一、ほぼ同時に将が落とされて他を撃つ理由が無くなったら? 無駄な血を流せば自分が守るものも守れない。そうじゃないですか?」


 そう言うと、少年の瞳がロスの瞳を真正面から捉えた。


「どのみち、姿勢を崩した時点で私の負けです。いえ、その前から貴方の腕は相当だと思いました。そして最後に私を助けた御判断は、我が国が最も重きを置くところ……やはり是非とも武官に欲しい人材かと」


 淡々と述べると、少年は試合後の礼を取った。試合開始時の構えと同様、ロスにはどこかで見たことのある礼である気がするのだが……。

 すると、中庭への扉の前で二人の試合を見ていた鍛冶屋の主人が、さも感心したと呼びかける。


「これは一本取られたなぁロス。カエルム殿下も相変わらず人が悪いよ」

「殿下ぁ!? なんで殿下がこんなとこに」

「よく来るからなぁ、大臣さんが別の仕事してる朝は特に」

「っ……この……騙されたっ」


 別に何も騙してませんよ私は、とさっぱりと答えている少年だが、一方のロスは仰天して相手を凝視する。言われてみれば、先の構えは王族に伝わる流派の構えであり、礼は王宮の練習試合の時のものである。年に一度の公開試合でロスも見たことがあった。

 しかしシレア国のカエルム王子といえば、確かロスよりも三歳年下のはずであり、二年前に王都を離れる直前の式典で見た時には、遠目ではあれ、まだまだ背も低くあどけなさの残る顔立ちだったはずだ。今目の前に立っているのは、ロスよりも低いとはいえその時に見た王子よりもぐんと背が伸び、四肢もしっかりしているが……いや、子供の成長だとしたら不思議ではない。


「しかし、司祭領の近年の情勢が目覚ましく向上しているのも聞いています。新しい人材の起案もあると報告を寄越した官吏が述べていました。貴方のことでしたか。それは文官も向いているかもしれませんね」


 確かに、光を宿す蘇芳の瞳は現シレア国王、そして王子カエルムが引き継いだそれであり、王族以外にこの色を讃えた人間はいない。


「司祭領の地方官で上級職と言えば、プラエフェットの家系ですか。なるほどあそこは文官、武官、共に逸材が多いが……貴方の才ならどちらも捨て難いな」


 ロスが驚愕を露わにしているのにも構わず、少年——カエルム王子は、ふむ、と歳に似合わぬ様子で思索に耽っている。気がつかなかったとはいえ王子相手に何をやってしまったかと、ロスは王子の独り言に言葉を返すこともできない状態なのだが、カエルムはしばらくああだこうだと言ううちに、指をパチン、と鳴らして言い放った。


「そうだ近衛衛士! ここに志願する気はありませんか? この部署であれば、役職によっては政策に関しても王族の相談相手になってもらえるし、名前通り剣の腕も必要です」


 瞳を輝かせて喜々として言われるところを見ると、差し当たり自分の行動が咎められるようなことはなさそうだ。だがそれでも、ロスの頭はまだ上手く働いてくれない。自分の目の前の人物が王子だという事実も未だよく理解——したくないのに頭痛がしそうな感覚すら覚えつつ、ロスはこめかみを押さえて何とか返事をする。


「いや……はい。しかしそう簡単に言われても、まずは官吏登用試験に受かるかどうかで……」

「貴方なら受かります。と言っても、貴方は私が口を添えるなんてことは嫌そうだからしませんけどね。確実に通りますよ。私の勘はよく当たるので」


 爽やかに笑って、カエルムはロスに手を差し出した。


「私も武術の鍛錬に貴方くらいの年頃の相手が欲しくて。それにちょうどそろそろ、相談役が必要だろうと父上にも言われていたのですよ」


 一族に官吏が多い家系とはいえ、まさか自分がこんなにも早く王子と相対することなど予想していなかった。しかしカエルムはロスが王城に入ることをもはや信じて疑わない顔でこちらを見上げてくる。その瞳の色は、 善政を敷き民の信頼も厚い、今のシレア国王と同じ美しい蘇芳色。


「先に貴方が仰ったように、私も自分の一番力を出せる方法で国を守りたい。協力してくれませんか。ロス・プラエフェット」


 この瞳に背くことは、この先けして無いだろう。そう直感する。


 差し出された手を、ロスは堅く、握り返した。



 ***



「殿下……もうちょっと御自身の立場を考えて行動するとかしませんか……」

「うん? どうしたロス、何か問題でも?」


 前シレア王は崩御し、昨年に王妃も世を後にした。世代が代わり、次はカエルムと妹王女の治世になる。即位式を前に、カエルムはロスをはじめとする諸官を連れて近隣諸国へ挨拶と政治交渉を兼ねた外遊の最中だった。

 もう他の全ての国を歴訪し、残るは南国のテハイザ国のみになった。テハイザも先頃新王が立ち、風の噂に聞くところではいよいよシレアへ攻め込もうと言う気配が見られる今日この頃である。

 しかしそんな状況だというのに、テハイザに向けて馬の歩を進めているのはロスとカエルムの二人きりである。


「あのですね、貴方も南国の情勢は解っているでしょう。もう少し護衛の衛士を連れてくるとかしたらどうですか。それを僕だけつけてくるとか、自分の立場をなんだと思ってるんですか」


 先に訪れた国に、交渉を練るようにと残りの供を全て置いてきたカエルムに、ロスはくどくどと説教する他にやることが思いつかない。しかし常のことながら、カエルムはロスの小言を聞いてもどこ吹く風である。


「無駄な旅費で税を使うことはないだろう。しかも手勢が多いほど向こうも頭が血に登りやすくなる。これが最善の人選だよ」

「いや、その点については反対しませんけれど。しかしたった二人だけって言うのも……」


 仕えて十二年。主君がどこまで策を巡らせているのか、自分の方が年長であるというのに、カエルムの行動はまだまだ予想がつかない時がある。


「何を言っている」


 それまで前を見据えたままで馬の手綱を握っていたカエルムが、横に並んで騎乗するロスへ顔を向ける。


の二人だ。だからこそ、だろう?」


 爽やかな中に悪戯っぽさの混じるその微笑みは、少年の頃から変わっていない。


「……はいはい、解ってますよ」


 生涯、戦なしに自分の治世を全うした先代のシレア王と同じ、蘇芳の瞳。


 この瞳に反することは、一生ない——そう、確信する。


 ——二人の旅は、まだ長い。



***

旅のこの後のお話が、『天空の標』になります。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054891239087


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