第9話 不審には不信を
作品 9話
喫煙所。
梱包の仕事がひと段落ついたので、トーカは喫煙所にいた。一応、喫煙所が設置されてはいるのだ。
ひまわりさんには、「合理的配慮」の一つとして、昼休憩とは別に、午前と午後にそれぞれ、10分程度の、一呼吸おく休憩が与えられるのだった。
とはいえ、その時間をもてあましているひまわりが多いようではあった。事務所に障害者雇用の人間は10人ほどいるけれど、その10分、誰もいない休憩スペースのテーブルに顔を突っ伏している人がよく見られたのだった。
そこいくと、ぼくのような喫煙者には、ちょうどいい時間なのだ。
とはいえ、ここ一か月で入ってきた中途入社の人間が狭い喫煙スペースに堂々と入っていくのも、気が引けるのは確かで。
人がいなければラッキーくらいなものだったけれど、今日は誰もいなかったので、ゴロワーズ1本に、右手に持ったマッチ箱を使って器用に片手で火を付けて、吸った。
ふうー。
面談について考えていると、すぐに喫煙所に人が入ってきた。
「お疲れ様です」と言うと、入ってきた二人も挨拶を返した。
まあ、人がいるところに入って行きづらいというだけで(初めて行くバーとかも、そんな感じである)、人が来たから出ていくようなことではない。むしろ交流を取れるものなら取りたいものだ。タバコミニュケーションというやつである。
吸っていると、彼らの話に、ぼくはぎょっとした。
「聞いた? また、ひまわりがやらかしやがった話」
「マジ? 発送ミスとか?」
「え、聞いてない? 確定申告で返却する書類、全然別のクライアントに送ったんだって」
「うっわー! 引くわ……」
「いまかなり大変なことになってたもん。下。午後、所長、荒れるぞ」
「だなー……。使えねえな、うちのひまわり」
その話が気になって、もう一本取り出し、さらに火をつけたのである。
ここにその「ひまわりさん」がいるとは思っていないのだろう。実際のところ、やはりどうしてもぼくは障害者扱いされるのが嫌だったので、そう見られないよう常にスーツ、それもダークスーツで仕事をしていたのだった。
少なくとも、ここにいるあまり見ない顔のぼくを、ひまわりさんの一員だとは夢とも思っていないのだろう、ということは少し嬉しかった。……いや、もっといえば、安心した。そう見えないのだということが。
「前もあったよね。全然違う企業の決算書送ったり」
「あれは地獄だったよねー。最大級の情報漏洩だっつーの」
「下手したら新聞沙汰だよね」
……誰がやった話なのかに興味はなかったけれど、もう少し聞いていたかったけれど、10分休憩が過ぎてしまいそうだったので、「お疲れさまっす!」と、喫煙室を後にした。
戻る時、社内自販機でコーヒーを買おうと思って、小銭を探しながら歩いていると、ぼくの指導役の木村、さんが自販機で何かを買っているところだった。ぼくは挨拶をした。
彼は半笑いで、何事か、挨拶じみたことを言った。ぼくは正直、彼の視線がずっと嫌でたまらなかった。ずっとそうだった。いかにも「奇特なものを見るような目」「かわいそうな障害者」を見る目でぼくを見やるのである。
彼が飲み物を取り出して順番をぼくに譲る。ぼくはどれにするか選んでいると、すごく嫌なものが目に入った。
ぼくに順番を譲って席に戻ったと思った木村が、ぼくの背後から、ぼくが自販機で飲み物を選んでいる様子を、じっと見ていたのである。
彼がぼくを後ろからじっと見ている様子が、自販機の透明プラスチックに反射して、見えたのだった。
気持ち悪い、と思った。彼はぼくを信用していないのだろうし、それを見たぼくも彼を信用できない気がした。
面談に呼ばれたのは席に戻ってすぐのことだった。
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