第10話 躊躇には決断を
面談室の扉をノックして入ると、直属の上司の東郷部長と、この間の土曜日に就労移行支援事業所で面談をした彩華定着支援員が待っていた。
ぼくは二人に挨拶をして、席についた。
「お疲れ様。今、こちらの彩華さんと、赤木さんの仕事ぶりについての話をしていたところですよ」
彩華支援員が東郷部長とどんな様子で話をしていたのか知る由もないけれど、ぼくに対してはとても冷たい目を向けているように見える。表情も固い。障害者就労を選んだのに、あれだけ愚痴るぼくを軽蔑しているかのようにも見える。
「こちらでのお仕事ぶりのお話は聞かせていただきました。良かったですね。東郷様からは非常に……良い評価を頂いていますよ」
「いやあ……、1か月やってもらってね。梱包作業を中心にやってもらっているんだけど、PCスキルもあるみたいだし、最初はどうなのかなって思っていましたけど、頑張ってもらっていると思っていますよ」
そう、ぼくと彩華支援員に言った。
PCスキル……ね。
「それで、私の方からはこの調子でお願いしたいと思っているという話をさせていただいていたんだけど、どうだろう。何か不安とか、こうしてほしいというようなことは、赤木さんからはありますか?というか、聞かせてもらおうという場ですからね」
「……」
彩華支援員……みすゞさんの目が刺さる。
「私はまだ入社して一か月少々しか経っていません。だから、いまはどんなことでも教えていただくという立場で……、素直な気持ちで吸収させていただきたいと思っています……」
それは本音。
「うん、その姿勢はすごく良いと思いますよ」
ただ。
「ただ、今の梱包作業やパック詰めの作業は、ずっと続くのかなという点は、不安です」
「不安というと?」
ぼくは彩華さんをちらりと見る。
「指導していただいている木村さんはもう4年ほどこの業務をされていると聞きます。他の方も、1年以上続けているようで……」
「何か、不満がありますか?」
ぼくはいちばん肝心なことをぶつけてみることにした。
「ぼくはこの法律事務所に、法律の資格を活かせるというお話で入社させていただいたつもりです。正直なところ、司法書士関連の部署や行政関係の部署と関われないんでしょうか?」
「……少なくとも、今の段階で赤木さんにそちらの仕事をお任せすることは考えていません」
「なぜですか!?」
もともとそういう話だったのに。
「私たちも、しばらくは様子を見させてもらわなければいけないです。仕事がどうという以前に、当たり前に出社して、人と関わって、やっていけるのか。見極めなければいけない」
「では、せめて研修には参加させていただけないのですか?法改正があれば、全社員参加の研修がありますよね」
「それはとても、まだ無理です」
「なぜですか?」
「研修会場ともなれば社員全員集まります。大勢の人の中で、倒れたりしないと言い切れますか?」
「倒れるって……」
「病気があるのであれば、そういうこともあるでしょう。あるとすれば大変じゃないですか。だから、一か月やそこらでなんて、弊社としてはあり得ません。ちょっと焦りすぎです。うちの方針として少なくとも1、2年は様子を見させてもらうことになると思います」
そして「そういう『配慮』をさせていただくということです」と言った。
「……!」
オープンで入社したのだから、障害のある、なしで違いが生じるのは、わかる。障害者雇用には、「配慮」が必要ということもよくわかっている。
しかし……。それは、ぼくにとって、…俺にとっては、望まない配慮だ。
事務所では障害者は障害者としての席がある。そういう島がある。部署がある。ひまわりさんという「属性」が。
「東郷さん。それは、ぼくが障害者だからということですよね」
「……それは、そういうことになりますね」
「しかし、障害は、人それぞれ違うものではありませんか……?」
東郷部長の顔色が変わってくるのがわかる。
普段はとても温厚で穏やかな表情の部長が。
く……。
「何が言いたいんですか?」
言葉に窮してしまう。
すると。
隣の席に座っていた彩華さんが、鋭い目で、ぼくにはっきりとした口調で言った。
「赤木さん。あなたはなぜ、ここに来たの?」
!
「誰かに言われて来たの? 何を求めて来たの?」
みすゞさん……
「あなたはどんなことも決めることができるし、決めないこともできる」
東郷部長は眉を強くひそめ、僕たちのやりとりを見ている。
「決めるの? 決めないの?」
決める。
「部長……。 ぼく達は障害者です。 だけど、……障害者じゃない。障害があるけれど、障害者という存在ではありません」
「……」
「会社が僕たちを「障害者」として括るならそれは、差別です……!」
東郷部長の顔色が完全に変わった。
「ぼく達がひまわりさんでしかないなら、……退職します」
「何を……言い出すんだ!」
続
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