第2話:人は変わらない
「…………………」
楓と中田は小学校からの知り合いだったけど、事情があって高校1年生の時はあまりコミュニケーションを取っていなかった。今年同じクラスになった結果、楓は彼女の手厳しい突っ込みを喰らうことになってしまったのだ。
「そうやって恋に落ちるのはまあ、結構いい話だと思うよ?? むしろあんなに内気で人間不信だったうっちーが、真っ当に男の子を好きになるなんて感涙ものだっての!! でも何よそれは!! 全然昔のまま変わってないじゃない!!」
「人は……そんなに変われないんだよ?」
「諦めるなよJKってのは世界最強なんだし。どんな我儘も通るし流行の最先端!!」
JKのイメージが1990年代だなあと楓は思った。
「ってか、もっと話したい!! とか。もっとこの人のことを知りたい!! とかなかったの? そういうのあったら、自然と会話するし話も弾むと思うよ」
「うん……そう思ったよ」
中田は銀縁の丸メガネをクイットと押し上げた。真剣に聞く気になった時の顔だと、楓はわかっていた。
楓は心に抱えていた想いを吐露することになった。
「そう思ったんだけどね……でもそれから向こうから声をかけられることはなくなっちゃったしね……私から声をかけようにも話題がないし……そもそも土橋くんが私のことどう思っているのかわからないしね……もしも彼女さんとかいたら私怖いしね……」
「だから何も行動しなかったの?」
「ううん。でも知りたい! もっと土橋くんのこと理解したいって思ってね」
「うん」
「だから……」
「だから……?」
「Twitterの裏垢を特定したの!」
……コノコハナニヲイッテイルノヨ?……
中田は目を丸くした。いや誰だって目を丸くするだろう。
「Twitterの……裏垢?」
「そう!Twitterの表垢は鍵がかかってたの」
「フォロー申請だしなよ」
「嫌だって……そんなことする勇気があったら話しかけてるもん……」
正論だと中田は思った。
「でも必死に検索してたらね、どうやら土橋くん、将棋用のアカウントを別に持っているらしいんだ。そこからはネットに上がっている対局結果とTwitterで画像を上げている日付や大会名を一致させたら、見事ビンゴだったわけ」
「何あんた芸能人叩きに勤しむ悪質ネット民みたいなことしてんのよ」
友人が変な道へと染まろうとしていた事実を、中田は重く見ていた。この子……内気を通り過ぎてネットストーカーとなってしまったのか……
「土橋くんってすごいんだ……ほら、この写真見て! 近畿大会出場だって……滋賀県まで行ってたんだってさ!! この写真とかほら、大人とかお爺ちゃんに混じって将棋指してる!! 私だったら絶対緊張しちゃうなあ……後ほら」
「うっちー? まるで自分で撮った写真見せる感覚で人のツイート晒すのやめてくれる?」
楓はまだ話し足りないという表情で、頬をぷっと膨らませていた。身長149センチの黒髪ショートボブ。小動物系で可愛らしい見た目をしているこの子に彼氏ができない理由は、こうした言動の暗さがあるのだろうと中田は思った。いや昔から分かってはいたが、恋をきっかけにその性質たちも変容してくれるかと思ったのだ。
「そこにさ……女の子と写ってる写真とかある?」
中田の質問に、楓は全力で首を振った。
「そっか。じゃあ彼女がいるかすらわからない感じ?」
楓はボンッと顔を赤くした。彼女、という言葉に反応してしまったのだ。確かに、まだ楓はその確信について質問していなかった。相手がいるかどうか。よっぽどクズ人間じゃない限り、その返答によっては恋の終わりも視野に入る危険な問いだ。
ちょうど楓が悶々としているタイミングで、教室の引き戸が開いた。
「はああああああ、マジ今日購買混んでたな」
「……確かに」
土橋とその友人である
「そもそも相手がパートナー持ちか否かわかんなかったら進みようがないよ」
「でも…………直接聞くのは恥ずかしいし…………」
「まっかせて!ここは私が行くよ!!」
「え? いいの?」
「いいっていいって旧知の仲だよ? それくらい当然」
中田はそう言って席を立った。こう言うのは思い立ったが即行動だ。中田は机3つ分くらい歩いて、土橋に近づいた。何回見ても普通の男の子だ。一体この人のどこに惚れたのか……中田はいまだにわかりかねていた。
「ねえ、土橋」
中田は思いっきり真剣な表情で言った。
「好きな人とかいるの?」
すると、土橋は少しだけ考えた。その間が少し中田の胸を襲った。沈黙が長いよとツッコミを入れたくなった。何か……変な空気になるだろう。
そして考えた末土橋の出した答えが、これである。
「……中田さんとは友達のままでいたいから……」
「いやそういうことじゃねーから!!!!!!」
一体何を勘違いされたのかわからないが、中田はふられてしまったのだった。可哀想な話である。
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