第5話:看病イベントを始めよう

ど、どどどどど、どうしよう…………


 楓は元々想定外のことをされてしまったら動揺して何もできなくなるタイプの人間だ。そして今回、全く想定していなかった土橋の欠席によって、何も手につかないほど困惑してしまった。


 どれくらいあわあわしてしまったかと言うと、うわの空になって1限目の日本史のテキストを机の上に出しっぱなしにしただけでなく、3限目の現国で朗読を指名された時に弥生時代の土器について朗読し始めたほどだった。


「大丈夫!?」


 昼休み前の段階で中田がそう声をかけたのも無理なかった。まるで振られた後のような放心状態だった。泡が吹き出てるんじゃないかと中田は心配していた。


「どうしよう……」


「まあそうよね……今日決行する予定だった……」


「…………体調壊したのかなあ」


「え? そこ!?!?」


 中田はつい突っ込んでしまった。まさかそんな観点で放心状態になっているとは思っていなかったのだ。


「去年まで一回も休んだことなかったのにどうしたのかな……」


「風邪じゃない?」


「風邪……食中毒……ノロウィルス……インフルエンザ……」


「いやいや今季節は春だよ!? まああるかもしれないけど」


 まさかここで体調を心配するとは……楓は本気で彼のことを心配していた。それは本気で、土橋のことを惚れている証でもあった。


「奄美先生に聞いたらわかると思うよその辺は……」


 中田はそうぶっきらぼうに提案したが、楓はそんな単純なやり方では満足していなかった。


「最近読んだことがあるんだ……惚れた女の子が実は膵臓癌になっていて、男の子と最期の時を過ごすラブストーリー……」


「映画にもなったあれよね?」


「もしかしたら土橋くんもそうなのかもしれない!! 人には言えない難病を抱えているのかもしれない!! 膵臓を食べてほしいかもしれない!! そしてだからこそ、先生にはその事実を伝えていないかもしれない!!」


「……あんたのその逞しい想像力だけは評価するよ」


 中田はそう飽きれつつも考えた。なるほど、これは看病イベントというやつではないか?


 中田とて少しくらいラブコメの造詣はある。そこによく出てくるのが看病イベント。男の子が病気になって、それを献身的に支える女の子。おかゆをあーんしてもらったり、汗を拭いてもらううちに、2人の距離が急接近して……


 しかし中田自身の率直な意見を述べる。病気で苦しんでいる時に頼んでもない見舞いの相手が来るというのは結構億劫だし、余計気を遣ってしまうのではないか。彼女は割と真面目にそう考えていた。何より自分がそうだった。


 そもそもあんなに鈍感な土橋だ。今回も訳の分からない思い込みにより楓を締め出してしまうかもしれない。病気が映ってしまうのが怖いとか、そんな理由で。


 しかしそうして悪くなる可能性を潰してきた結果が、このもやもやイライラする状況を生み出したのではないか。楓はもっとアピールすべきというなら、ここは絶好の機会なのではないか!?!?


 色々考えた結果、昼休み前にとある人間を捕まえてアドバイスをもらうことにした。


「アドバイスが欲しいんだよ。話聞けよ衛藤」


「……俺はお前らのスクールカウンセラーじゃねえんだぞ」


 昼休み、衛藤は迷惑そうな顔をしつつ中田からの無茶振りを聞いていた。


「これは友達の話なんだけどさあ」


 中田の話か。衛藤はそう認識した。だからその切り出し方をやめろと言いたくなったと思うが、指摘されないのだから仕方がない。


「告白しようって思ってた子が学校休んじゃったんだよ。凄い心配してて……こういうのって、看病に行ったほうがいいのかなあ」


 中田が土橋のところに看病に行くのか……衛藤はそう認識した。ぶっちゃけた話、衛藤も土橋の欠席理由をよく知らない。さっき送ったLINEも返信くれていないし。まあ正直衛藤からしたらそこまで興味はないけれども。


「看病なあ……」


「迷惑、かな?」


 迷惑かと悩む中田はまるで恋する乙女のようだった。少なくとも衛藤にはそう見えたのだ。いや、これは強く行くべきだろう!!


「いや、迷惑じゃないと思う!! 男性というのは尽くしてくれる女性に好感を持つもの!! ここで強く強くアピールすることで関係が良好になるはず!!」


 なお衛藤には病気でもなんでもないのに家までついて来てあわよくば既成事実を作ろうとしてくる女性が山ほど居るのだが……この話はやめておこう。神を含めモテない皆様が目から血の涙を流してしまうから。


「や、やっぱりそうよね!! そもそも今日(楓が)告白する予定だったんだし、ここで強くいってもいいよね?」


「そうだ!! (中田は)告白する予定だったんなら、ここで押すしかない」


 わかりやすく注釈をカッコにつけておいた。そして勘違いしたまま衛藤と中田は硬い握手を交わした。


「それじゃあ衛藤。土橋の家どこにあるか教えてくれない?」


「わかった。俺は知らないから土橋と同じ部活の奴らに聞いてみる!」


「ありがとう!! 後で教えて!」


 そう言って席を立った中田に、衛藤は声をかけた。


「中田、頑張れよ!」


 グッと親指を立てた衛藤だったが、中田は一体何を頑張るのかと首を傾げたのだった。


 そして席に戻り、中田は楓に告げた。


「楓、今日土橋くんの家に行くのよ」


「!?!?!?!?!?!?!?!?!?」

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