第12話、料理が下手な女の子
ここで皆さんは自分の学生時代を想像して欲しい。どんな学生生活を送っていたかは容易に想定できる。クラスの数人と関わりながら、たまに外に出て遊ぶ。これが最も陽キャな部類で、もしかしたら友達が1人もいなかった悲しき戦士もいるかもしれない。
それをいうなら神も……友達と遊びに行くなんて年に一回あったかどうかだったとか、毎日帰り道は1人でとぼとぼと歩いていたとか、靴箱に虫がぶち込まれていたとか上履きがゴミ箱に捨てられていたとか、いまだにその実行犯を許していないとか……いやまあ、このへんにしておこう。本題とズレてしまった。
ともかく、そこに異性の家に行くというイベントが希少であることは納得していただけるだろう。幼馴染でさえ疎遠になるこの高校生という微妙な時期に、異性の家に行くというのは、もうそういうことなのだ。
と、全国のモテない男子はそう思うのだ。だから、
「あれまじ美味しかった。ネギ切るのとか上手だし、絶対料理うまいよ」
と断言する土橋を見て、井納は察してしまった。あーなるほどねーと。この2人、そういう関係なのかーと。
しかしこの井納という男、実は土橋に負けず劣らずの適当人間である。何ならこの会議もさっさと終わらして帰宅しゲームしたいと思っているし、BBQなんて適当に肉切って焼けばいいと冷めた目で見ていた。
「そかーじゃあ安心だねー」
井納はそう言って場を流そうとした。色恋沙汰に対して距離を置く彼にとって、突っ込むような話題ではなかった。それよりも早く家に帰りたい。この会議もさっさと終わらせたい。
「いや……そんなこと……ない」
楓はあくまで否定した。それを見て、井納はもう返答しなかった。いや、返事をしてもいいのだが、『またまたー謙遜しちゃってー』みたいな流れになるのが目に見えていたから、なんか面倒な会話になりそうと忌避したのだ。
「またまたー謙遜しちゃってー」
しかしながらそんな井納のある種気遣いに対して、堂々と反故した男がいる。無論土橋だ。
「そ、そんなに……うまかったのか?」
衛藤が少し遠慮しがちに尋ねた。
「いやマジでうまかった。りんごも切ってくれたんだけど超丁寧に皮剥かれてて感動した」
「へええ……そっ、そっかあ」
「や、そんな……恥ずかしい…………」
好きな人に褒められたのだから、楓の耳が真っ赤に染まるのは致し方ない。
「頼りにしてる」
そしてここまで言われたのだから、楓としてはもう絶頂である。顔を真っ赤にして手で覆いながら、ひたすら湧き出てくる狂喜乱舞の欲求を抑えんと必死だった。
「楓……?」
しかしここで、喜びと真反対の感情を抱き、とても人間とは思えない顔で楓を見てくる女がいた。
「楓さ、中学の頃とか……料理どヘタクソだったよね?……」
裏切りの飯マズ女、中田である。
「そ、そうかな?」
「チョコレート作ってきてめっちゃ焦がしてたり、包丁握るのも覚束なかったりしてたよね?」
「そ、そう……」
「してたよね??よね???よね????」
あまりの圧に、楓は首を縦に動かした。そしてその後、聞くものを絶望させる一言を発した。
「いや、あそこまで料理できないの……やばいなって思ったから……」
そう、楓はこの1年間料理修行をしていたのだ。と言ってもやっていたのはたまに昼飯を作るくらいの簡単なものだったが、それでも順調に経験値を貯めていたのだ。その結果、彼女には料理に対する苦手意識がなくなり、ある程度の料理スキルを取得するに至ったのだ。
一方こちらの中田さんは、そうした努力を怠ってきた。親がいない人コンビニ飯で済ませ、ろくに厨房に立たず、苦手なものから目を逸らしてきた。その結果がこの体たらくである。いや完全に本人のせいだろうと思うのだが、中田は崩れ落ちてしまった。
「裏切り者ぉ!!!!」
「ええっ!?」
何を裏切ったのかは、恐らく誰もわからない。
「いや正直この班になった時に安心してたんだよ!!!!私ら両方とも料理できないから、目立ち具合も半々になるかなあみたいな感じで!!!女子で料理できなくても、そんなに目立たないかなあって!!!」
「……自業自得だよね?」
更にぶっさす楓。
「そんな正論は聞きたくないんだよおおお!!!」
こうして中田は、この先頑張って厨房に立つようになったのだが、それはまた別のお話である。
そしてこの一連の流れに、動揺が隠せない男がいた。そう、衛藤である。彼はこう思い込んでいるからだ。中田は土橋が好きであると。
(どういうことだ??男子の家に行くということは……いやそもそも中田が土橋の家に行ったはず!!なぜその話をしないのだ??いや違う、詰まるところ、怪しまれないように土橋の家に内山さんと中田の2人で行ったんだ。だからこんな話になっているんだ……))
全くの的外れである。しかし前提を間違えてしまったので、この流れも致し方ないと言えば致し方ない。この日最もモヤモヤとしたのは彼だったことは間違いないだろう。
そんな思惑がぶつかる中で、今日の晩ご飯のことを考えている呑気な男がいた。そりゃあ勿論、土橋赤葉である。
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