第14話:取り消したいもの

 ウキウキしている時ほど手心を加えたくなるのが人情、いや神情しんじょうであろう。特にそれが恋の話ともなれば、ハンカチを噛み殺しながらでも障害を加えたくなってしまう。まあそんな力はない傍観者ながら、いつかそんな力に目覚めないかと願うほどに楓はふにゃけきっていた。平日の夜も、休日も、いつもいつもスマホを眺めてはニヤニヤする。


「ぐっへへへへへへえええええええええ!!!!!ぐっぐっ……ぐっへへへへへええええええええ!!!!!!」


 見てられない。親族にも見せられない姿だ。最早これは恋する乙女というよりも、惚気た乙女になっている。別に土橋赤葉の彼女になったわけでもないのにだ。


 そんな彼女の態度を知ってか知らずか、一通の連絡が入った。通知がピコンと鳴った時は遠足前日の夜10時。楓はもうピンク色のパジャマに着替えて明日の準備をしていた時だった。


(また!また通知が来た!!土橋くんかなあ……土橋くんかなあ……それとも……やっぱり土橋くんかなあ……??)


 こうして都合のいいことしか考えず、何だろうと思ってスマホを覗くと、そこには衝撃的な内容が書かれてあった。


【このメッセージは取り消されました】


 相手は同じクラスの武田魅音たけだみおんからだった。よくよく見るとグループへの書き込みではなく、個人に書き込まれたものだった。そして無論なことながら、楓にとって日常的にやりとりをする程度の友達はごくごく僅か。とても目立つ位置に武田魅音のアカウントが表示されていた。


 武田の第一印象はというと、ザ軽音楽部とも言える派手な見た目の持ち主だ。化粧もしてるしネイルもしてるし金色に染髪もしている。無化粧無アクセサリー無染色の楓とは住む世界が違う人間だった。


 一体何の用で電話をかけてきたのか。楓は逡巡することとなった。そら特に仲良くもない、住む世界も違っているクラスメイトがかけてきたのだから。これが弟とかだったら無視できるのだが、流石に仲良くない子だったら不安になってしまう。


 まず1番単純にしてよくあるパターンは、送信し間違いである。近くに友達とお話ししていたのが残っていて、それを投稿してすぐに消したんだ。最も合点がいく丁寧な論理構成である。


 しかし……本当にそうだろうか?楓はだか待って欲しいとありもしないメガネをクイっとさせつつ、状況を整理することにした。


 そもそも送信間違いが起こる理由というのは、過去にやりとりをしていたからそのタップを間違えてしまう、というのが普通の流れだ。TLとは最新でやり取りをしたものから表示される。ぼっちの楓にはほとんど更新されることはないものの、何人かとメッセージを交換しているとそうしたミスが誘因してしまう。


 ならばこの仮説はおかしいのではないか?楓みたいな根暗な人間にメッセージを送信し間違えたんでそんなことがあってたまるか。都合が良すぎる。あり得ないと考えるのが妥当だ。


 ならばどうしてだろう。どうしてこんなクラスでも全く目立っていない楓に連絡が入ったのだろう。それはもう……緊急事態だったから!


 楓は何かを悟った顔になって、即座に武田へ電話をかけた。もしかしたら、満足に誰かを指名できない状態なのかもしれない。もしかしたら、もう指先しか自由が残されていないのかもしれない。もしかしたら…もしかしたら…


「あっ、びっくりした……」


 電話越しの武田の声は明るかった。楓は恐る恐る尋ねてみた。


「さっきの……メッセージ……」


「ん?あーごめんごめんうっかり送信先間違えちゃってさ!!内容言わないでね。本当にごめん」


 ……とまあ、前日にこんなハプニングがあったのだった。そしてここで楓は、武田の声を完全に信じてしまったのであった。

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お前ら早く付き合えよ!!!〜鈍感男子と内気女子の一向に先へと進まないラブコメディ〜 春槻航真 @haru_tuki

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