最終話 正体

 私は三年前、東京から来ました。

 私は大手レコード会社に勤めています。

 地方バンド発掘のため、ここに来ました。

 地方は遊ぶところが少ないせいか、楽器の練習時間が長く、時々とてつもない技術を持った奏者がいるのです。

 田舎に鬱屈うっくつしているのか、桁外けたはずれのセンスを持った人がいます。

 ネットで音楽は聴けるけれどもライブは現場でしか体感できないので直接探しにきました。

 わが社の新しいプロジェクトです。

 バンドの私生活を事前チェックするのも仕事です。


 浅井さん、私がオファーを出したら貴方は受けてくれるでしょうか?

 貴方のバンドなら全国が注目するでしょう。

 ただしわが社のプロモーションを加えたら、です。

 いくら浅井さんのバンドが本物でも、ネットだけでは伝わりません。

 バンドは現場が勝負なのです。

 しかし売れるには、それだけでは足りないのです。

 この地方に何人、貴方のバンドを知っている人がいるでしょうか。

 ライブハウスに来ない人は、まず知らないでしょう。

 浅井さんが欲しい条件「地元に住んだまま活動・発信をする」を認めます。

 地元に住んだまま、全国にテレビにラジオに、浅井さんのバンドを流します。

 貴方のバンドなら、紅白も大型フェス出演も決まるでしょう。

 そうしたら私と浅井さんの関係はどうなるでしょう。

 きっと変わらないと思います。

 女の影がない浅井さんは魅力が半減するでしょう。

 私生活も今のままで結構です。

 

 近頃ライブハウスにいる時、浅井さんと目が合います。

 浅井さん、貴方はどこを見ているのでしょうか。

 私の正体に気づいているのでしょうか。

 私はずっと貴方を見てきました。

 貴方の私に対する視線の変化にも気づいています。

 私を見ているのでしょうか、それとも大手レコード会社社員の私を見ているのでしょうか。


 屋根から黒いものが飛び降りた?

 あれは私の見間違いです。

 安心してください。

 だって全て私の妄想なんですもの。

 ちゃんと妄想だって解っています。

 私は正常です。

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正常な女 青山えむ @seenaemu

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