三、写真

 これでは身が保たないと思った昌一はアパートに帰ると、沖縄旅行の記録=携帯からパソコンにそっくり移したままになっている写真データを調べ、一枚の写真に行き当たった。


 昌一はそれを、

 テレビ番組「本当にあった恐怖心霊事件ファイル」に送った。




 番組でその写真を鑑定したのは男性霊能師

 畔田俊夫(くろだとしお)

 だった。

 畔田はその写真を見るなり難しく顔をしかめ、

「うーーーーーーん……………」

 と考え込んでしまった。

 昌一がホテルのエスカレーターホールの花の前で美尋に撮ってもらった写真だ。

 昌一は手を捧げたベリーダンスのポーズを取っているが、

 背後の山のように積まれた彩り豊かな花々の間から、

 何本もの裸の腕が天に向かって突き出ていた。

 畔田はため息をつき、

「数体……なんてものじゃない、数十体の霊が写り込んでいるね」

 と言った。

「この写っている青年のポーズと後ろの腕の形が似ているから、このふざけたポーズを取る青年を霊が怒っている、と見えるけれど、そう言うことではないんです。むしろ……、青年の方が霊の影響を受けているんだね。

 彼は沖縄旅行で訪れた断崖で霊に憑かれてしまったんじゃないかと考えていて、それはその通りです。それで彼はどうして自分が?、と疑問を抱いているんだね。

 自分はこの場所で死者を冒涜するようなことは何もしていない、むしろそうした態度をとった自分よりもっと大人の人間に憤りを感じたくらいなのに、と。

 うん……、そこが霊……と言うか、人間の心の難しい所だねえ……。

 彼自身が手紙の中に書いているように、どうして自分が?、と言う思いは、他でもない霊たち自身が一番強く感じていることなんだねえ……。

 どうして自分たちだけが、いつまでも苦しみ続けなければならないのか?

 うーーーん……………。

 沖縄の問題は難しいね。

 彼に取り憑いたのはあの崖から海に飛び込んで亡くなった人たちの霊、と言うより、その無念の思いだね。霊たち自身はその無念の地よりよそへはなかなか離れられないと思うんだね。

 沖縄戦における九万にも及ぶ民間人の死者たちの中には、戦火に追いつめられて自死した人も多くいて、それが自発的なものだったのか、軍の命令に強制されたものだったのか、いろいろな見方があるけれどね、

 わたしはね、

 もちろん軍人も含めて、日本人全体が沖縄の人たちをそういう状況に追い込んだんだと思うんだよ。

 それを誰が悪いと責任をなすり付け合うのはね、けっきょく、自分たちの責任逃れだと思うんだよ。

 戦争の責任を、いったい誰が負うのか?、それは非常に難しい問題で、わたしなんかにはとうてい答えは出せないけれど、戦争をするような、そういう国を作ってしまった、と言うのは、これはその国の国民が背負わないでどうするのか?、と思うんだね。

 そういう意味で、わたしが思うのは、

 日本人は、

 本当に戦争というものを反省しているんだろうか?

 と言うことなんだね。

 これは日本人ばかりじゃない、戦争に勝ったアメリカや旧ソ連、みんなそうなんだけれどね。

 でも、日本のことは日本人がきちんと考えないといけないよね?

 でも、我々は、本当にそれをきちんと考えて、戦争という愚かで悲惨な行為を、本当に反省しているんだろうか?

 今回霊に取り憑かれてひどい目に遭った彼は、はっきり言えば貧乏くじだったと思うんだね。おそらく、その時その場所を訪れた人たちの中で、彼が一番敏感に亡くなった方々の無念の思いを感じ取ったんじゃないかな? だから彼はとても良い心がけでその場を訪れたんだけど、悲しいかな、他の人たちが無関心すぎて、霊たちも怒りで祟るよりも悲しみですがってしまったんだね。うーん…、彼には本当に不幸だったねえ。

 戦争と崖と『万歳』と言うと、サイパン島の『バンザイクリフ』が有名だね。ここでも多くの死者を出す悲惨な戦闘が繰り広げられたわけだけれど、

 そうした南方からの帰還者が、沖縄で現地の悲惨な状況を説明し、『アメリカ人に捕まったらひどい目に遭わされる』という情報をもたらしたのが、沖縄で多くの自死者を生んでしまう一つの原因になったようだね。現地人に対する侵略軍人の蛮行というのは日本軍がひどく言われるし、実際そうであったのだろうけれど、アメリカ軍人による日本人に対する蛮行、犯罪行為も数多くあり、いずれにせよ、戦争というのは悲惨だね。

 ああ、辛い話が長くなってしまったね。

 送られてきた写真はきちんと供養しますから、彼へのこれ以上の災いはないと思うけれど、

 おおもとの霊たちを供養するのは、わたしには不可能だね。誰にも、霊能師なんて人間には無理だよ。

 沖縄の無念の思いはあまりにも多く、深く、

 そして何よりも供養を阻害しているのが、

 今現在の沖縄の状況だよ。

 我々日本人が、真に戦争行為を反省していないと言う象徴が、今も延々と続いている沖縄の軍事的負担だよ。

 少なくともこれが正されない限り、沖縄の地にとどまり続けている無念の思いを晴らすことは、絶対に不可能だ。

 これは霊能師なんかの仕事じゃあないよ、

 我々日本人、全員の仕事なんだ」

 畔田は断固として言い、合掌した。


 終わり


 二〇一〇年七月作品

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霊能力者紅倉美姫26 BANZAI 岳石祭人 @take-stone

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