生きてる。褒めて。

ニョロニョロニョロ太

ある女の子

「あれ、昼ごはんの食器洗ってくれたの、誰?」

 お母さんが、ふと気づいたようにつぶやいた。

 その言葉を待ってました!

「はい!」と両手を真上に上げる。

「はい、はい、はい! 私!

 偉いでしょ? 褒めてくれてもいいんだよ!」

 上げていた両腕を真横に広げてウェルカムのポーズ。

 そんな私(高校生)に、お母さんは未知の生物(怖いというより不思議な動きをしている)を見るような目を向ける。

「当番だったんだから、そのくらいは当たり前のこと。

 それで褒めてもらえるのは小学生までよ。」

 疲れてるのか、ため息にもならない息をついて、お母さんは自分の部屋に戻っていった。






 知ってますか?

 最近、提出物をきちんと出してること。

 部活をずる休みしてないこと。

 当番の手伝いを忘れずにしてること。

 当たり前のことでは、褒めてくれませんか。






 玄関の扉がガチャという音を立てて開いた。

 閉まる音より先にお母さんの姿が現れる。

 お母さんの目に、待ち構えていた私の姿が映った(はず)。

 私の手にはテストの解答用紙。

「……。」

 無言のお母さん。

「……。」

 ニコニコとお母さんの言葉を待つ私。

「……何?」

「英語で62点取りました!」

 えへんと胸を張る。

 英語は40点台常習の私にとってはだいぶんいい点数!

 だてに英語ばっかり勉強してるわけじゃないんだよ。

 ふふん。と得意げにしていると、お母さんが私の手からテストをとる。

 そして、軽く目を通してから、

「あんた、文系に行くんでしょ?

 それならもっと取れないとだめでしょ。」

 その言葉に私はフリーズ。

 固まった状態の私の手にテスト用紙を差し込んで、お母さんは私の横を通り過ぎて行った。






 知ってますか?

 同じ趣味の友達を作れたこと。

 部活でやっと足手まといにならなくなったこと。

 勉強とやりたいことの両立を頑張ってること。

 人並みになっただけでは、褒めてくれませんか。






 休日。お母さんが弟をクラブに送って帰ってきた。

 自室で着替えてきたお母さんは、せわしなく家中をうろついてから、掃除機を引きずってリビングに来た。

「あ、お母さん、ここ掃除機かけたよ。」

 ついでに言うと、家中掃除機をかけておいた。

 というか、一応私が勉強してる横で掃除機かける気だったの?

 呆れ顔の私に気付いていないのか、お母さんは、

「あ、そう?

 じゃあ、風呂掃除しようかな」

 よいしょと一声意気込んで掃除機を持ち上げ片付けに行く。

 その背中に私は慌てて声をかける。

「お風呂掃除、さっきしといたよ。」

「え、そうなの?

 うーん、じゃあ……。」

 再びお母さんがひとしきりぐるぐる家中を回るが、残ってる家事は今のところなかったらしい。

 お母さんは私の前に立って、

「寝る。」

 本当に何もすることがなかったらしい。

「そっか、おやすみー。」

 ひらひらと手を振ると、お母さんは「うん。」とうなずいて、自分の部屋に戻っていった。

 しばらくは、静かにしとこうかな。






 知ってますか?

 毎日、家事をできるだけやってること。

 ゲームより、先に勉強してること。

 最近弟とけんかしてないこと。

 ちょっと頑張っただけでは、褒めてくれませんか。






「へぇ、英語で、91点。」

 お母さんが机の上の紙をみて、つぶやいた。

 別に見せびらかしたかったわけではないけど、テストの結果がどうであれ、親に見せる義務がある気がするから。

 一応、念のため、毎回机の上に置いているのだ。

「まあね。今回はヤマ当たったのかも。」

 私は肩をすくめて、カップのお茶を飲む。

「そうだね。

 現代文がこの点数だもんね。」

 お母さんがコミュ英の用紙を持ち上げて、その下を確認する。

 げ。ばれた。

「得意だった現代文がこれでどうするの?」

 ちょっときつい声色に変化する。

 その声を静める方法を私は取得していない。

「はーい、ごめんなさーい」

 刺激しないように、そそくさと自分の部屋に戻った。






「そういえば、最近、お金ないって言ってなかったっけ。」

 お母さんがひょっこり、私の部屋に顔を出す。

 参考書から顔を上げる。

と、目の前にぴらっと五千円札。

「はい、おこずかい」

「えっ!?」

 突然のことに、私は戸惑う。

「要らないよ、お金なんてー。」

「なんかゲームにはまってなかった?」

「んー。今はもういいかなーって感じ。」

 だから、気にしないでー。とひらひら手を振る。

 すると、お母さんは訝しげに私を見て、

「何か企んでるの?」

「……。いや。別に。」

 何でもないよ。と続けて、私は勉強に戻る。

「そう。

 ならええんやけど、無理はしないようにね。」

 そう言って、お母さんは部屋を出て行った。






 知ってますか?

 テストでいい点取り続けてること。

 家事のほとんどを私がしてること。

 ゲームをやめて、勉強をしてること。

 できる限りのことをしても、褒めてくれませんか。


 知ってますか?

 褒められると、とっさに謙遜の言葉を口走ってしまうこと。

 褒められると、調子に乗ること。

 本当はいっぱい褒めてほしいこと。


 気づいてますか。

 あなたの娘が変わったこと。

 私がお母さんの望む娘になろうとしてること。


 私が私じゃなくなっても、褒めてくれないんですか。

 なら私は何になれば褒めてくれるのですか。

 私は、私のまま生きても、褒めてくれないんですか?

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生きてる。褒めて。 ニョロニョロニョロ太 @nyorohossy

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