俺はいま空の覇者になった

 「階段多くねーか? 鬼ぶっ飛ばすより疲れる気するわ」

 その感覚は分からないが、まあ中々の段数だ。ぐるぐるぐるぐると狭苦しい階段を登っていく。途中、空気窓が開いているが、いちいち下を覗くのも面倒になってきてひたすら登り続けていた。ただ登るのも退屈で、俺は戦利品を検めつつ足を動かすことにした。


 大鬼の死体から頂戴してきた短剣だ。

 雑な石の武器と違ってしっかりとした鉄製の武器。刃渡り10㎝ほどのごく小振りな短剣だが、光を吸い込むような黒い刃の色は武器として一定の水準を十分に満たしているだろう。もしかしたらそこそこ値が張る逸品かも知れない。刃の真ん中に微細な文字が確認できるのも細やかな仕事ぶりで、字は分からないが鍛冶師の名前でも刻まれているのだろうか。


 「うん、いいね」

 黒い短剣を鞘に納め、また抜く。黒い革の巻かれた握りは手に吸い付くようだ。刃を納める鞘も同じように黒く、あつらえて作ったのだろう一体感があった。


 「なにしてるのヴィゴ?」

 カチャカチャやっていると俺の前のクロエが振り向いて聞いてきた。

 「あぁ、音、気になった?」

 「別に、平気だよ? 随分気に入ってるなーって」

 「うん。けっこう気に入ったかな。この短剣、けっこう良い物っぽいけど、俺が貰ってよかったのか?」


 少し大きめの声で全員に聞いてみる。

 一番前を行くアッシュがデカイ声で返してくる。

 「俺は武器はいらねぇ!」

 「ヴィゴくんが倒したんですから、貰ってしまっていいんじゃないですかね」

 「あたしも別にいらなーい」

 「俺も……別に大丈夫」


 良かった。まあ皆そう言うと思ったけど。念のためクロエの了承も聞く。

 「クロエは?」

 「わたしも特に……。いや! やっぱり欲しいかなー!」

 は? いや、おいおい。どういう……。

 「じゃあ俺も……実は欲しかった」

 「あたしもいるー!」

 「ヴィゴくんが倒したからといって、ヴィゴくんの物とは限りませんよねぇ?」

 「俺に武器をよこせ!!」

 嘘つけお前ら! 絶対いらないくせに!


 そんなこんなでからかったり、からかわれたりするうちに天辺に着いた。

 高所は風が強い。階段を登り切ってすぐに強風が頬を叩いていくのが分かった。でも、いいもんだな。狭苦しい階段は埃の匂いが充満していた。それを吹き飛ばしてくれるように気持ちがよかった。


 それに、なんといってもこの眺めの良さ。地平線が見えている。

 「たっかー! すごっ! 見てすごくない? ティントア見てる? 高いよ!」

 「見てる見てる」

 フーディじゃないがはしゃぎたくなる気持ちも分かる。これは絶景だ。

 一番はしゃぎそうな男が意外と静かで

、何をしているのか見てみれば拳を天に掲げ不動のポーズをとっていた。

 「アッシュ? なんのポーズしてんだ?」

 「これは……王のポーズだ。俺はいま空の覇者になった。」

 ウオオオオッ!! と空の覇者の王様が叫ぶ。フーディも急に王様になったらしく叫び始めた。その辺の感性は似ているらしい。まあ、放っておこう。


 俺は辺りをぐるりと回ってみる。周囲に何が広がっているのかが重要だ。太陽から東西南北にあたりをつけて時計回りに、北はすぐ近くに森が広がっている。地平線まで緑一色。俺たちがいる廃墟の街はやはりかなり大きく。視界一杯、東の果てまで伸びている。よほどの大国だったのだろうか。南には山が立ちはだかっていた。進路としては最もまずい方向になるか。最後に西、見渡せるのは平原……よく目を凝らせば地平線のほんの少しだけ手前に線が引かれたような茶色が見える。あれは……街道か?


 「クロエ、あれ見えるか? 道……街道っぽいと思うんだが」

 「ん、んー……ちょっとわたしじゃ何とも言えない」

 カトレアにも聞こうと思ったが、そう言えば姿がない。この手の相談はやはり彼女にもしておきたいところだ。探してみると階段を登り切ってすぐの場所で仰向けになって寝ていた。汗を浮かべて目を瞑っている。


 「……カトレア? 具合悪いのか?」

 「あ……ヴィゴくん」

 薄目を開けて一瞬だけこちらを見てまたすぐ目を閉じた。普通とは言えない状態に俺が焦り始めているとアッシュが近寄ってくる。


 「こいつ高所恐怖症だとよ。情けねーよなぁ!」

 「登っている途中は平気だったんですが……。景色が見えたら腰が抜けてしまって……。寝てる体勢が一番落ち着くみたいです……」

 意外な弱点があったもんだ。

 「なあ、カトレア。たかいたか~いって、してやろっか? 楽しいぞ」

 「絶対にやめて下さい。たかいたか~いってしたら、私はアッシュくんに、コロすコロ~すってします」


 なんだそれは怖い。

 「カトレア、弱ってるところ悪いが相談させてくれ。進路は西に取ろうと思う」

 東西南北、周辺から見えるものを伝え、西へ向かう理由を説明した。

 「いいと思います。わたしも目で見たいところですが、ちょっとこの状態じゃ無理そうです。それに、クロエが見えないなら私も同じかと思います。アッシュくんも西に街道が見えるか、確認してくれませんか?」

 「じゃあ、たかいたか~いって、していいよな?」

 「ダメです……。意地悪しないでお願いしますよ。空の覇者の目ならもっと遠くまで見えるかも知れませんしね」


 しゃーねぇなーと空の覇者が西に目を光らせた。

 「あー……まあ、ぎりっぎりなんか茶色の道っぽいの見えるぜ。街道かどうかの保証は出来ねぇがな。まっすぐ行けたら距離は20~30㎞くらいだ」

 俺もそのくらいの距離だと思ったことを伝える。

 「さすが、二人とも距離感まで分かるんですね。さて、どうしますか……そろそろ食事も必要ですし、下でゆっくり考えませんか?」

 「上でよくね!? なあ! 上でいいよな!? いや上がいいよなぁ?!」

 「も~……頼みますよアッシュくん。私いまけっこうキツいんですから……」

 カトレアの口から「も~」と出るとは。似合わない口ぶりに心底まいっているのが伺い知れた。


 「へいへい、空の覇者ジョークだよ。じゃー降りるぞ! 者ども!」

 おー! とクロエとフーディが手を挙げて続く。あ、ティントアも小さく手を挙げていた。俺はカトレアに肩を貸しながら下りて行ったが、これは役得だった。半身に感じる体の柔らかさは何とも表現に困るところがあった。

 

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六王連合 月山 朗 @AkiraTukiyama

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