29.未来への嘘

 

 僕が村長を殴った事も含めて、怒っていたのだろう。

 さんざんお説教を聞かされながら、傷を癒してもらい――アズはその後、怪我をした村人の治癒へと駆けずり回った。

 何人かの傷を癒したところで、ぷっつりと糸が切れるようにして意識を失った。

 力を空になるまで使い果たし、赤子のように眠りにつく。

 その一部始終を、ミティはじっと見つめていた。



 村がようやく落ち着いたころには、空が明るくなりかけていた。




 キャンサ村から離れた、野原。

 そこで僕らはジャターユの亡骸を燃やした。

 ミティの国では墓は作らず、燃やして灰にした後、風に飛ばされていくのが弔いなのだそうだ。

 風に溶け、自然に帰る。

 大空へと帰るのであればジャターユにとってもありがたい事なのかもしれない。


 空へと舞う煙を見上げながら、ミティは祈るように呟いた。


「安らかにおやすみ。ジャターユ」


 燃え尽きるまで。






 事が終わるのを見計らい――


「ほれ」


 シェンフーさんがボロボロになった紙切れを、ミティに手渡した。

 無理やり丸め込まれた紙を渡され、怪訝そうな顔をしながら彼女が広げる。

 驚いて、目を見開く。

 そして――そこに書かれていた文字を必死に目で追いかけはじめた。


「オットーがものぐさ野郎だったおかげで、そいつが奴の部屋に残ってた。掃除されずにすんで良かった」

「あれは?」

「――巫女の手紙だよ。あの子のな」



 ミティがぽつりぽつりと、内容を声に出して読んでいく。


 トラスの領主様、オットーへ。ミティの事をお願い致します。

 貴方の言う通り、あの子はまだ幼く、この先も連れていくのは危険だと、判断しました。

 あの子が怪我をした時、私の覚悟が揺らぐのを感じました。

 私のせいで、死んでしまったらと考えると、旅を続ける事が難しくなるかもしれません。

 あの子は家族のように大事な存在です。

 できれば、ずっと生きて欲しい。

 貴方に預ければ、国へと帰していただけると聞き、託すことに致しました。

 ミティに伝えても、きっと彼女は拒んでしまいます。

 ですから、黙って去る事にしました。

 どうぞ、あの子をミティを無事に国へと帰してください。

 よろしくお願いいたします。  トゥルシー。



「外面を取り繕うのだけは上手いからな。あの野郎」

「ミティちゃんのお姉さんは……置き去りにするつもりじゃなくて国に帰すつもりだったのですね……」


 ミティが大事そうに、まるで義姉を抱きしめるように――手紙を胸に抱いた。


 良かった。

 彼女は売られたわけでもなく、見捨てられた訳でもなかった。

 自分の事のように、嬉しさがこみあげてきた。


「その気持ちは、よく分かります。エリオットやシェンフーが死んでしまうのはとても、嫌な事ですから」


 アズが僕を見る視線が痛い。

 仕方がない状況とはいえ、無茶な事ばかりしているし、実際彼女の治癒が無ければ死んでいただろう。

 仲間の死の不安を常に抱えながら旅をするというのは、とても過酷だ。


 ミティの巫女様は旅をする中で、彼女が死んでしまうのが何より嫌だったのだろう。

 それに耐えられなくなって、国に帰すと決断した。


 託した相手が、嘘をつくとは知らずに。


「お姉……」


 安堵の表情を浮かべながらミティは、大粒の涙をこぼした。

 信じていた人から裏切られたわけではなかったと、心の底から安心した穏やかな表情。

 彼女は真実を見つけた。

 残酷な嘘から――救われた。


「あの……シェンフー。ミティちゃんはこれからどうなるのです?」

「ギュンターに頼んで、国まで送り届けてもらうつもりだ。あいつも了承している。まあ、村には居られねえだろうしな」

「……」


 ミティがうつむく。

 村が落ち着くと共に、村人たちのミティへの当たりは驚くほどおとなしくなった。

 燃え盛る炎にあてられたのか。それともあの怒り自体、『ベリアル』と呼んだ魔物の女性の仕業だったのかもしれない。

 怒りは収まったが――わだかまりは残ったままだ。

 以前と同じように。とはいかない。

 それはミティも一緒だった。


 暴走した状態とはいえ、ジャターユと彼女自身、村の人々を傷つけたのだ。

 その事実が、深く彼女の心に影を落としている。

 村には居られないだろう。

 しかし、国に戻ってどうするのだろうか。




 ミティは考え込み、そして恐る恐る呟いた。



「――あの」


 勇気を振り絞った声は、かすかに震えている。


「あたしも……あたしも巫女の旅に連れていってくれませんか!」

「おいおい……」

「足手まといにはなりません! 一生懸命がんばります! 雑用だってなんだってします! お願い! わたしも一緒に行かせてください!!」


 すがるようにして、アズの服の裾を握りしめる。決意は固いようだ。

 簡単には折れないつもりだろう。


「お姉さんに会いに行くつもりですか?」

「……それもある……けど。助けてもらった恩返しがしたいですっ」

「……危険な旅ですよ?」

「わかってます!」


 わがままを言うミティに困ったような顔をして――アズが僕らを見る。

 僕らの意見を聞きたいようだ。


「――僕は、歓迎するよ」


 その言葉を聞いて、ミティの顔が嬉しそうに瞳を潤ませる。

 僕自身似たような境遇だし、彼女が国に帰ったとして――おそらく一人でも義姉の巫女様を追いかけるだろう。

 それであれば、一緒にいた方がいい。

 アズは絶対に彼女を見捨てない。僕もそのつもりはない。

 旅は危険だけど、彼女が孤独な旅をするよりはずっとマシなはずだ。


「はあ。ガキばっかりだし、一人増えようが変わらねえけどよ。巫女殿のお好きなように……」


 お手上げ状態だと言わんばかりにため息をつくと、シェンフーさんはアズに決断を委ねた。


「……」

「お願いします……」


 アズの心が葛藤しているのが手に取るように分かる。

 彼女にとっても、ミティを旅の途中で失う恐怖は少なからずあるだろう。

 自分よりも幼い子を、護衛につけるというのはとても勇気がいる行為に見える。


 祈るようにお願いするミティを見下ろしながら――彼女は思案する。

 長い沈黙の後――



 苦笑いを浮かべて、アズが答えを出した。


「わかり――ました。ミティちゃん。旅の同行を許可しましょう」


「本当!? ありがとうございます!!」

「ただし、お姉さんと会えたとしても――彼女がどんな状態で、どんな反応をするかはわかりません。覚悟は……してくださいね」

「……はい」


 決意のこもった返事に、困った表情をしながらも――アズは優しく彼女の頭を撫でた。




 ●  ●  ●





 村へと戻ると、ギュンターさんが復興作業の支援をしていた。

 新しく切り取った木材の束を軽々と持ち上げている。

 怪我も昨日のうちにアズが治してくれたので、すっかり元気だ。


「もう出発するんですか? お礼も何もしてねえってのに……」

「はい。それほど時間が残っていませんので……」


 王都からの使者が来るという事は、彼女の話が伝わるという事。

 アズのお兄さんがやってくる前にすこしでも旅を進めたいというのがアズの判断だった。


「傷のお礼だけでも……」

「気になさらず。ただ、ミティちゃんの事ですが……私たちの旅に同行させることにしました」

「そりゃあまた、急に」


 モヒカンを揺らし、アズの後ろにいる少女を見下ろす。

 お互い事情を知らなかったとはいえ、トラスで何度もやりあった間だ。お互いに思う事があるのだろう。

 じっとミティを見据えて――鼻を鳴らして笑みを浮かべる。


「腕が立つのは俺のお墨付きでさ。しっかり巫女様を守れよ、大泥棒さんよ」

「……うん」


 ぐしぐしと頭を乱暴に撫でられるが――ミティはなんだか嬉しそうだ。

 ギュンターさんらしい、単純な思考。敵でないのであれば、わだかまりを残さずあたたかく迎え入れる。

 そのような割り切り方を僕もできるようにしたいと思える。

 立派な人だ。

 尊敬できるトラスの護衛騎士。



 ふと、少年と少女の三人組が周りを気にしながら僕らの方へと駆けてくるのが見えた。

 ミティよりもずっと幼い。あどけない子供たち。


「お姉ちゃん」


 ミティの前にくると、三人はもじもじと照れ臭そうにお互いを見合った。


「知ってる子?」

「うん。村の子たち……ジャターユとも一緒に遊んだ事ある」


 不思議そうに三人を見渡す。今となっては村人が彼女に声をかけるのは、珍しい事だろう。


「どうしたの?」

「うーんとね。お姉ちゃんこれ――」


 先頭に立っていた少年が、布を編み込んだ小さな腕飾りを差し出した。


 色とりどりの布が模様を描き、とても綺麗だ。


「あげる。お姉ちゃん、どこかへ行っちゃうって聞いたから。お母さんは会っちゃダメって言ってたけど……」


 隣にいた少女が、告げる。

 彼女たちなりに、勇気を振り絞った行動だったようだ。


「いいの?」


 ミティが嬉しさと驚きの声をあげると、三人は満面の笑顔で答える。


「うん。私たちで急いで作ったんだよ。これにはねーおまじないがこもってるんだって!!」

「そりゃ、村で作る旅の安全祈願のお守りでさ。丈夫でちぎれないから、怪我なく旅を続けられるって願いがこもってるんです」


 ひょっこりと顔を出してきたのはギュンターさんの子分の人。そういえばこの村出身だと言ってた気がする。


「ありがとう。大事にするね……」

「うん!」


 ミティは嬉しさのあまり、また瞳を潤ませていた。贈り物をもらったことより、村の子供が変わらず自分に接してくれた事が、たまらなく嬉しいように。


 少年は僕の方へと振り向き、目を輝かせる。


「お兄ちゃんは冒険者なんでしょう? 僕もおっきくなったらお兄ちゃんみたいなるんだ」


 その輝きが、憧れであることに気が付いて、恥ずかしくなる。

 僕は憧れられる存在には程遠いと思うけど。

 でも、憧れてもらえるのは正直、嬉しい。


「三人で冒険者になるって決めたんだー」

「おっ。そりゃいいね。デカくなったらおれんとこに来な。冒険者のイロハを教えこんでやるぜ」


 しゃがみ込み、ギュンターさんが嬉しそうに少年の頭を撫でた。いつもは怖い顔も、とても穏やかで優しい笑顔を見せている。




「旅が無事に済んだら、またトラスの町に来てくだせぇ。今回の件で俺も決心がつきました。もっと良くして、見違えるほどすげー町にしてみせますから、きっと驚かせてみせますぜ」


 少年たちを軽々と抱きかかえて、ギュンターさんがにっかりと笑う。

 彼ならきっと、出来る様な気がする。そして、そばの少年たちもいつしかギュンターさんのようになっているかもしれない。

 そんな未来を思い描いたのか――アズが優しく微笑み返す。


「ええ。必ずまた、伺います。それまで元気にしててくださいね。ギュンちゃん」

「お、おお! もちろんですとも!」


 嬉しさのあまり猛牛が鼻息を荒くして照れる。そんな彼を見て、アズがクスクスとまた笑みをこぼす。


「お達者で、巫女様」

「はい。ギュンちゃんもお元気で」

「お姉ちゃん元気でねー」

「うん……うんっ!」




 姿が見えなくなるまで、お互いにずっと手を振りあって――村を離れた。




 ●  ●  ●





「うふふ」



 村を出て、北へ向かう街道。

 広い野原でアズはなんだかご機嫌だ。


 右手には、ミティの手がしっかりと握られていた。


 ――旅に出てから彼女はアズにべったりくっついている。

 手を握って仲良く歩く姿は、遠目にみると姉妹のようにも見えた。

 たぶんそれがアズがご機嫌な理由だろう。



「楽しそうだね」

「うふふー。実は昔から、妹が欲しかったのです。こうやってお姉ちゃんぶるのが夢だったので」


 上機嫌でアズが答えると、ミティは少し恥ずかしそうにしていた。

 旅をするには不安な事だらけだが、こうやってのほほんとできるのもいい事かもしれない。

 おかげでミティもすっかり元気を取り戻したようにも見えた。


 じー。


 何故だが、アズが僕の事をじっと見つめてくる。

 なんだろう。

 何かを考えているようで――良いことを思いついたとさらに明るくなる。


「エリオット。はい」

「……?」


 彼女は立ち止まり、左手を差し出してきた。


 何のつもりだろうか。


「握ってください。エリオット」

「……なんで?」


 ちょっとだけ、不機嫌そうに眉をひそめる。

 なんで握る必要があるのだろうか。


「迷うといけませんから。しっかり握って先行してください」

「……迷う訳ないでしょ……こんな野原で……」

「いいえ。私は極度のほーこーおんちですから。違う方向へ歩いてしまっては大変です。さあ」

「自慢げにいう事? それ……」


 ぐいぐいと左手を差し出す。ミティも困惑した表情で彼女を見上げている。

 よく分からないけど……手を握って歩けという事なのだろう。


「あのなぁ。旅を急いでるってわかってる? 巫女殿」

「わかってますよ。さあ、エリオット」


 シェンフーさんの呆れた視線が背中に刺さる。

 アズは握るまで、動かないつもりらしい。

 こうなると、僕が折れるしかない。



 ため息をつき、アズの横に並ぶ。

 彼女の左手に手を合わせると、満面の笑みで握り返してきた。

 幸せ絶頂という感じで、顔をふやけさせる。


「うふふふー。両手に花というやつですねっ」

「微妙に違うと思うけど」

「私にとってはそうなのです! さあ、行きましょう」


 この状況を噛み締めるようにして、アズは言うとぐいぐいと手を引っ張り歩き出した。

 とても楽しそうで、どこか――ほんの少しだけ、寂しそうな笑顔。

 悲しい思い出を、塗りつぶそうとしているように。

 なぜそう感じたのかは分からないけど。

 アズのために、ここは黙って付き合うことにした。




 街道はどこまでも続くように伸びている。


 次の目標はレオの町。


 旅はまだまだ長い。

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魔犬の騎士と八咫烏の巫女~役立たず扱いされてた僕ですが、巫女様のために最強目指して頑張ります~ まさたか @sheva777

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