28.一発お見舞いしないと気が済まない
ジャターユがかき消えそうな悲鳴をあげながら――落ちる。
重力に引っ張られ、螺旋を描きながら地面へと。
この高さから落ちれば、かなりの衝撃だろう。
みるみる地面が近づいてくる。
ジャターユの首に巻いていた鎖を緩め、飛びのく。
大鷲は崩れた家屋の瓦礫に突っ込むようにして、地面に叩きつけられた。
衝撃のすごさを物語るように、砂ぼこりが舞う。
なんとか巻き込まれずに済んだ。
地面を転がって、なんとか立ち上がる。
まだ力は残っており、怪我にも何とか耐えられそうだ。
ケルベロスを解除して――息を吐く。
「エリオット」
声をかけられたので振り向くと、アズが居た。
ボロボロの状態でミティに支えてもらいながらこちらへと向かってくる。
心配そうに僕を見つめているが、心配なのはこっちのほうだ。
「大丈夫ですか?」
「うん。全然平気だよ。僕はいいからアズの傷を癒して」
「……はい」
腹部がじんじんとするが、ごまかしてそういうと、アズの真上に八咫烏が現れる。
光の雨を浴びるようにして、目を閉じ見上げると――彼女の全身を覆っていた痛々しい傷がゆっくりと消えていく。
これで彼女の怪我は治る。
安心していると、瓦礫の山が大きく蠢いた。
血だらけのジャターユが姿を現す。
また空に逃げられては困る!
とっさに剣を構えなおしたが――そうはならないようだ。
痛々しい姿が逆に、僕の判断を鈍らせる。
落下の衝撃で、羽が折れてしまったようで――バタバタと瓦礫の上をもがき続ける。
血を吐き出しながら、声をあげるが、その声は悲痛に満ちており、聞くに堪えない。
僕が切った首からとめどなく血が流れている。
こと切れるのは時間の問題だろう。
必死にもがきながら、間もなく訪れる死に抗っているようで――思わず目を背けそうになった。
「ジャターユ……」
悲しそうなミティの声が、僕の心を締め付ける。
大事な友達が、死の淵でもがき苦しむ姿。
できれば見せたくなかった姿を彼女の前にさらしてしまった。
「ジャターユは……助けられない?」
ぽつりと呟いた。
返ってくる答えはたぶん分かっている。それでも聞かずにはいられなかったのだろう。
「ごめんなさい。ミティちゃんはなんとかなったけど、ジャターユちゃんは……」
「……ううん。助けてくれて……ありがとう」
アズが辛そうに答えると、ミティは静かに首を振ってその答えを受け取った。
表情は暗いが、どこか納得しているようだった。
ミティが僕を見る。
潤んだ瞳でまっすぐと。
「騎士のお兄ちゃん……お願いが……あります。ジャターユを……楽にしてあげて……」
「……いいの?」
「……はい。あたしにはできないから……お願い……します」
哀願するその声は、震えている。
なんとかして言葉にするその願いは、聞いているこっちが辛くなるほど、ためらいがこもっていた。
僕よりも幼い少女が、その決断をするのには、かなりの葛藤があっただろう。
彼女自身ではできないのが、ある意味救いかもしれない。
自らの手で、友人を殺すというのは味わいたくないものだ。
ジェスターを殺めた事は、僕の心に残り続けている。
それをミティも背負わなくて済むのは、不幸中の幸いと言えるかも。
悲願を託された僕は、何も言わずにジャターユへと向かう。
これから起きる事柄に目を背け――むせび泣く気配を背後から感じた。
ジャターユがそれに反応するかのように――バタバタと暴れる。
今になると――ジャターユは狂暴化してもなお、ミティを守る意思があったようにも思える。
ミティ、そしてジャターユのために。
楽にしてあげよう。
力を込めて、とどめの一撃を突き刺す。
暴れていたジャターユがゆっくりと――おとなしくなる。
ミティの小さな慟哭は――村を燃やす炎の音がかき消してくれた。
● ● ●
事が終わり、村の惨状に目を向けた時。
僕らの周りに人だかりができているのに気が付いた。
おそらく村の人々だろう。
危険が去った事に気づいて、出てきたのだろうか。
それにしては、少し雰囲気が変だ。
彼らの僕ら――ミティを見る目は、怒りがこもっている。
憎悪がこもった視線を皆、彼女に向けている。
ゲーバ村長が集団の中から、一歩前に出た。
「ミティを渡してもらおう」
その言葉を聞いて、ミティがアズに怯えるように隠れる。
おかげでゲーバ村長の言葉の意味することが、すぐに分かった。
「渡して、どうするつもりですか」
「……」
「村を襲った魔物――ジャターユは倒しました。彼女は関係がない」
「その魔物は、そいつのペットだったんだぞ。責任はそいつにもある」
村の男性たちがじりじりと距離をつめてくる。
どうやら、この惨状の責任をミティにとらせるつもりらしい。
村をめちゃくちゃにされた怒りは理解できる。
だけど、そのすべてが彼女のせいとは言い切れないはずだ。
なにより、彼女は村のためにトラスで盗みを働いていた。
今回も、助けに来てくれた事ぐらい、分かっているはず。
「今はそれどころじゃないでしょう。まだ燃えている家が――」
「そんな事はどうでもいい。はやく、その娘を渡せ!」
怒りの矛先を向ける相手が欲しいだけのようだ。
さんざん彼女を利用して、身勝手な人。
「彼女――ミティは、村を守ろうとしたんじゃないんですか? よくこんな真似ができますね」
「何が守るだ。こいつのせいで村はボロボロだ! さっさとオットーに売り払っておけばこんな事には……」
ゲーバ村長の本音が漏れた気がした。
僕らに提案したように、いつかはオットーにミティを明け渡すつもりだったのだろう。
計算が外れて、損をしたという。
苦虫をかみつぶしたような顔。
ミティは、目の前で言われてショックを受けているようだった。
どこかではわかっていたのかもしれない。
ショックを受けてなお、まるで仕方がないという風に――うつむく。
仕方がない事なのだろうか。
ミティは必死に頑張ってきたはずだ。
彼女は悪くはないはず。少なくとも僕はそう思える。
「渡す気はありません」
気づくとそう答えていた。
「こうなってしまった責任は彼女にはないはずです」
「だまれ! かくまってやった恩を仇で返しおって……オットーに突き出して、今回の損害の補填をしてもらわねばならん!!」
損害。
補填。
ゲーバ村長はこの期に及んでまだ――そういう考えをしているようだ。
村の復興のために彼女を売る。
オットーが村の娘を要求してきたことをあれだけ悲劇のように語っておきながら――ミティにはそれを強要しようとしている。
どこまでも打算的な考えをする人だ。
左手を伸ばし――鎖を飛ばす。
彼の首筋にからめこっちへと強引に引き寄せると。
思いっきり殴りつけた。
「がっ!?」
「エリオット!!」
アズが僕のしたことに驚いて、叫ぶ。
「いけません! エリオット、そのような事は……絶対に!」
咎めるように彼女は声を荒げた。
分かっている。
アズはどんなことがあっても、暴力に訴える事は良しとしない。
それでも一発お見舞いしないと気が済まなかった。
ケルベロスの力は使わず、自分の力のみで殴りつけた拳がじんじんと痛む。
ミティが望んでいるとは限らないが、彼女の『痛み』を知ってもらうために。
僕自身の拳をぶつけた。
「な、何をする! 貴様! 何をしたのかわかっているのか!?」
殴られた頬を抑えて、ゲーバ村長が怒りの声をあげる。
「あんたこそ、ミティにしようとしている事がどういう事か。よく考えろ」
わかっては貰えないかもしれない。
それでも、せめて彼女の痛みのほんの一部を味あわせてやりたかった。
同じように裏切られた自分にはミティの気持ちが分かるつもりだったから。
「てめえ」
村の男たちが、僕の行動を見て――殺気立つ。
「もういいよ。お兄ちゃん……ありがとう。でも、もういいよ」
諦めるように呟くと、ミティが僕らの前へと出た。
彼らの怒りの矛先を改めて自分へと向けるために。
「巫女のお姉ちゃん。騎士のお兄ちゃん。助けてくれて……ありがとうございました。でも、ジャターユはあたしの友達だったから……責任はあたしにも……あります」
深々とお辞儀をして、お礼をのべる。
最後まで彼女は村の事を思って行動するつもりだ。
そこまでする必要があるのだろうか。
「ミティちゃん……」
アズが引き留めようと声をかけるが、ミティは首を振って――ゲーバ村長の元へと歩み出した。
「待った!!」
馬のいななきと共に聞きなれた声が響いた。
シェンフーさん。
そして、ギュンターさんも一緒だ。
「その娘の身柄はこちらで預からせてもらう。何せ『罪人』オットーの大事な証人なんでな」
「トラスギルドより、依頼を受けて来た。どうやらあらかたすんじまってるようだけどな」
彼らの後ろから、何人もの冒険者が現れた。
10人ほどの集団が現れ、村の人々が騒然とする。
「『罪人』……オットーが?」
「そうだ。トラスの領主オットーは、罪を犯した。その任を解かれ、王都からおいおい沙汰が下りるだろう!」
ゲーバ村長が聞き返すと、村人全員に聞こえるようにシェンフーさんが声を張り上げた。
「税の取り立てにも不備が見つかった。無理な税率も見直されるはずだ」
ギュンターさんが腹を押さえながら、テキパキと指示を送る。
「村の消化と、怪我人の救助を優先だ! 瓦礫の下敷きなってるやつもいるかもしれねぇ。注意深く探れよ!」
「おうっ」
男らしい掛け声と共に、冒険者たちがちりじりに駆けていく。
これだけの人手があれば、これ以上の被害は出なくてすむかもしれない。
ふと、ゲーバ村長が顔を押さえているのを見て――シェンフーさんがにやりと僕を見る。
「なんだよ。一発殴ったのか? 俺にもやらせろよな」
「シェンフー!」
アズがしかりつけると、その姿を見て元気そうで結構と彼は嬉しそうにした。
「何をするつもりだったかは知らねえけど。そういう訳でその娘――ミティは俺らが預かる。オットーも捕まったもんだから、懸賞金もパー。あんたの計画は御破算。といった所ですな」
「くっ」
バツが悪そうに舌打ちをすると、ゲーバ村長は一度だけミティを睨み――顔を押さえながらトボトボと村の奥へと去っていった。
「ありがとうございます。シェンフーさん、助かりました」
「おう。間に合ってよかったぜ……ところで――」
僕の身体を見透かすようにして眺めると、アズに告げた。
「隠してるみたいだが、こいつも大怪我してる。治してやれ、アズリエル」
ぎくり。
「エリオット! どうして嘘を!!」
よろよろとしながら、物凄い形相でぼくをしかりつける。
「いや、そろそろ限界だろうと思ったから……」
「まだ余力はあります! なぜそんな大変な事を隠すのです!!」
「ご、ごめん。そんなに怒らないで……」
「いいえ! 怒ります! 怪我をしているならちゃんと言ってください!」
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