27.天空の覇者ジャターユ
「こなイでぇエエ!!」
悲痛な叫びと共に、雷が一層ほとばしる。
その声には、悲しみと怒りと――絶望がまじりあっていた。
これ以上、傷つきたくないから叫んだように見え――
傷つけたくないから叫んでいるようにも見える。
その言葉を聞いてなお。
アズリエルは一切ためらう事無く、ミティへと歩み続けた。
「大丈夫です。ミティちゃん」
安心させるために、呟きながら近づく。
一筋の電気の牙が、彼女の太ももをかすめた。
スカートがはじけ飛び、肌をえぐる。
きめ細かな肌から血が滴り落ちた。
一瞬、痛みに顔を歪めるが、歩むのは止めない。
本人が制御できない『インドラ』の攻撃が、アズリエルを襲い続けた。
肩が焼けこげ、頬を血で染める。
綺麗に結っている三つ編みに火花があがり、はらりと解けた。
ボロボロになっていきながらも、アズリエルはまっすぐにミティを見つめている。
その姿に、その瞳に耐えられなくなったミティは――
「うわあああ!!」
怯えるようにして、頭を抱えて身を丸めた。
ドス黒い感情が渦巻く中で、義姉の姿が蘇る。
髪が解けたアズリエルは義姉によく似ていた。どんなへまをしても、呆れた笑顔を見せて許してくれた。
孤立しかけていた自分のそばにいつもいてくれた。
それなのに。
「どうして置いテイッタノォォォ!!!」
「うっ!
アズリエルを拒否するように、雷撃が襲う。今までとは比べ物にならない威力。
突き抜ける激痛に、膝を落としかけ――それでも踏ん張りミティのそばへと向かった。
ミティはそれを見て、さらに拒否する姿勢を取る。
そうまでして、自分へと近づく彼女に心を許しそうになり――また裏切られるのではないかと恐怖して。
一歩踏み出すたびに、激しさを増す雷撃に必死に耐えながら――
ゆっくりと、しかし確実にアズリエルは近づいていった。
何度も崩れ落ちそうになりながらも――何とか、ミティのそばにまで近づくことができた。
傷だらけの酷い姿で、息を吐く。
美しい顔は見る影もないほど凄惨だ。
血の付いた頬を拭い、怯えるミティを見下ろすと――優しく微笑む。
「大丈夫です。私は――そばにいますから」
とめどなく電流を放つミティを――アズリエルはぎゅっと抱きしめた。
それがどれだけ危険な行為なのかは、堕ちかけ――意識が混濁しているミティにも分かる。
彼女の全身から流れる電流を浴び続けながらも、アズリエルは強く抱きしめる。
「ああああ……ああっ」
「うぅっ!!」
言葉にならない声をあげるミティを抱き抱えながら、アズリエルは『八咫烏』を発動させた。
歯を食いしばって痛みに耐える姿は、流れる雷から逆にミティを守っているかのようにも見える。
八咫烏が吠え、眩い輝き放つ。
その光が二人に降り注ぎ、ミティの身体を覆う闇を払っていく。
それと共に、ミティから放たれていた電撃が少しずつ力を失っていった。
ゆっくりと、しかし確実に『インドラ』の怒りが収まっていく。
大きな鼻を持つ象が一瞬現れて、いななくと――ミティを覆っていた電流と共にかき消える。
いつのまにか闇が払われ、彼女の意識もはっきりとしていた。
「ああ……巫女のお姉ちゃん……あたし……」
自らの行いに絶句して、傷だらけのアズリエルを見上げる。
大粒の涙を流す瞳には、魂を蝕む悪しきの波動はない。彼女を包み込んでいた黒い手もどこかへ行ってしまった。
アズリエルはそれを見て確信する。
確信して――力なく、へたり込んだ。
「良かった……助けられた……」
全身を襲う激痛と疲労感からすぐにでも気を失いそうだったが、そばで泣きじゃくる少女を見て、アズリエルはまた、微笑んだ。
「ごめんなさい……ごめんなさい……わかってたのに止められなかった……」
「大丈夫ですよ……雷は、へっちゃらですから……大丈夫……」
倒れ込みそうになったアズリエルを抱きかかえ、ミティは大声をあげて泣いた。
● ● ●
良かった。
抱き合っている二人の様子を見て僕はひと息ついた。
とはいえ、アズの怪我が気になって仕方がない。
遠目に見ても重傷なのは明らかだ。すぐにでも飛んでいきたいところだが。
とっさに横っ飛びをして地面を滑る。
直前までいた所をジャターユが一瞬で通り過ぎ――爆風が砂ぼこりを巻き上げた。
そうもいかないのが現状だ。
今ので四回目の攻撃。
ある程度、目が慣れてきたけれど――反撃の手立ては思いついていない。
「くそっ」
振り返ってみると、もうケルベロスの鎖が届かない位置まで舞い上がっていた。
大空を優雅に飛び回っている。
大きな翼を広げ、我が物顔で舞うジャターユは天空の覇者と言ってもいいだろう。
禍々しく姿を変えてしまったが、それでも空を飛ぶ姿には威厳と威圧感がある。
通り過ぎてからまた大空へと昇るスピードも尋常じゃない。
避けてから、攻撃をしようにも速すぎて間に合わないようだ。
とっさに鎖を撃ち込んでも、鎖が伸びるスピードよりもあちらの方が断然、速い。
なら相打ち覚悟で真っ向勝負と行こうかとおもったが、直撃のタイミングを計るのは至難の業だった。
あのスピードでもジャターユはしっかりとこちらを見ている。
少しでもこちらが攻撃するそぶりを見せれば、うまく体勢をひねって回避してしまう。
攻撃を当てるには、ジャターユがぶつかる直前、本当にぎりぎりのタイミングでしか難しい。
スピードにはだいぶ慣れてきたけれど――それを試すわけにはいかない。
遠くのアズをちらりと見る。ひどい状態だ。
この戦法を取れば、僕もただでは済まない。
ギュンターさんのように肉を切らせて骨を切る作戦なんて取れば、肉どころか骨ごと持っていかれるだろう。
すでに一度かすって、何本か骨がやられている。
ケルベロスのおかげで元気に動き回れるが、これ以上のダメージは貰う訳にはいかないだろう。
アズが力尽きる前に傷を癒せるのは、おそらくあと一人ぐらい。
できればそれは彼女自身を癒すために使ってほしい。
これ以上彼女の負担を増やすわけにはいかない。
そのためにも、無駄なダメージを負わずに勝たないと。
スピードを落とさせる方法でもあればいいのだが。
しかし、いい案はそんな簡単には浮かばない。
おまけにゆっくり考えている暇もない。
――ジャターユがまた迫る。
家屋の屋根へと鎖を伸ばし、ぎりぎりのタイミングで退避。
また、影と風圧だけを残してジャターユが通り過ぎていく……
捕まえられるタイミングはたぶん、僕を狙って急降下する時だけだ。
あの瞬間にしかチャンスはない。
飛び回る鳥を捕まえる方法なんて、存在するのだろうか。
そんな事を考えていると。
バキィ――
右足に力を入れたとたん、屋根を突き抜けて足が埋まってしまった。
屋根の上を人が歩き回ることは想定されていないのだろう。
ずいぶんと柔らかい木材で出来ている。
危うく身動きが取れなくなるところだった。
壊れやすく、柔らかい。
衝撃を和らげるにはもってこいの素材だ。
……使えるかもしれない。
ジャターユの位置を確認――舞い上がって旋回中だ。
また僕へと襲い掛かるには少し時間があるだろう。
チャンスだ。
「すいませんっ」
聞こえはしないだろうけど、この家の持ち主に一言断りを入れ――ショートソードを屋根へと何度も突き立てる。
抜け落ちないように注意しながらも、バラバラになりやすいように切れ目を入れていく。
屋根全体が取り外せるような形に切りぬいていく。
ジャターユが来る前に外れてしまっては意味がないので、急ぎながらも慎重に。
その下を支えるようにして鎖を這わせる。
上空でジャターユが方向を変えたのが見えた。もうすぐこっちへと向かってくる。
こっちもなんとか準備完了だ。
ケルベロスの鎧を装備。一気に加速してくるジャターユのタイミングを計っていく。
もうちょっと……
もうちょっと……
――ここだ!!
「食らえっ!!」
目の前に迫るジャターユに向かい、渾身の力で――屋根を引っぺがした。
木材が舞い上がり、大鷲の前に突如、壁が現れる。
突然の出来事に普通であれば反応できずに突っ込むだろうが――目の良いジャターユが即座に反応し、速度を落とす。
壁にぶつかると思って、急ブレーキをかけたのだ。
ほんの少しではあるけれど、そのブレーキが僕へと有利に働く。
おかげで。
木材の隙間からジャターユを捉える事ができた。
ブレーキをかけても止まることができず、ジャターユが舞い上がった木材に突っ込む。
それに巻き込まれながら、大鷲の首へと狙いを定める。
腹部に強い衝撃が入るが――木材が衝撃を緩和してくれたおかげで、何とか耐えれる。
折れた骨がさらに食い込んだみたいで激痛が走ったけど。
まだいける!
痛みに耐えながら、鎖を伸ばす。
首に絡めるようにして巻き付き――そのスピードに勢いよく引っ張られた。
一気に地面が遠くなる。腕が引きちぎれそうなスピードだ。
だが、捕まえた。
一瞬で綺麗な夜空へと舞い上がる。
ジャターユが甲高い声をあげた。
僕を振りほどこうとしているらしい。
天高く舞いながら、さらにスピードを増す。
その圧力に骨が軋んで、意識が飛びそうになる。
綺麗な夜空を眺める事も、一息つくこともできない。
ジャターユの背に乗って優雅な空中散歩とはいかないようだ。
鎖をしっかりと握りしめ、抗う。
やっとの思いで捕まえたのだから、逃すわけにはいかない!
すさまじい風圧の中、ショートソードを引き抜く。
必死に背中にしがみつき、大鷲の首筋まで這いのぼる。
一瞬。
ミティの言葉が脳裏をよぎる。
あたしの大事な――唯一の友達。
彼女はそう言っていた。
その子の大事な友達の命を奪う。
ためらいそうになるが、気を引き締めて剣をにぎりなおす。
できればこんなことはしたくはなかったけど。
こうするしか仕方がない。
覚悟を決めるとともに、ケルベロスの兜が唸り声をあげる。
「ごめん! ジャターユ!!」
大鷲の首筋に力強く剣を突き立て――その喉元を描き切った。
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