五話

 僕が活動に積極的になることに比例して、Pはますます僕を可愛がるようになった。Pは僕にお守りだよ、といって拳銃をくれた。Pは僕をこの会の幹部にしてくれた。Pは本当に頼れる友は僕だけだよと言ってくれた。


 僕が頑張ったからPは僕を認めてくれた。

 志の高いPについて行けばきっとこの世界は良くなる。だってPは正義を行う者だから。


――義に飢え乾く人は幸いである、その人たちは満たされる。


 Pは正義に飢え乾き、求め自分の志を貫き己の欲望を満たそうとしている。

 ああ、そうか。Pはこの世界の創り主、神の子供であり天からの救い主なのだ。


 僕の中でごちゃごちゃしていた考えが一つにまとまり宗教のようなものが完成した。所謂、悟りを開いたのだった。


 それから僕はその宗教を伝えるために少しばかり会の人たちに新しい本当の救い主Pの存在を説いた。瞬く間にその教えは広がり、宗教活動は会の収入源となった。

僕は自分の義を満たされたような気がしてとても嬉しかった。


 僕はPにも褒められ、いつの間にか会で僕を敬わない人はいなかった。

 会の金の回りがよくなって活動は過激化した。会の知名度も上がりデモ活動に参加する若者の数も増加し、Pはこの国を救うのは我々だと大人の前で宣言した。TVやラジオでも僕らは特集され世間は、若者がこの国を担う覚悟があるとみることが出来たと安心していた。


 しかし知名度が上がり収入が増えれば増えるほどPは怠けるようになった。会の活動は下端の仕事となり、僕以外の幹部の人間は金で贅沢するばかりで殺人免除法撤廃のための活動なんてろくにしていなかった。


 僕と一緒に宗教を広めていたSはそんな幹部やPの姿に憤慨していた。


「うみ、おかしいとおもわないか? 俺らがこんなに国を変えようと頑張って貯めた金を湯水のように使いやがって」


 Sは僕と境遇が似ていた。僕と同じで親に恵まれていなく、この会に入るまでどこにも居場所がないような人間だった。だから僕らはお互いに不思議な縁を感じ目には見えない信頼関係を構築していた。正義感が強いSは僕の優柔不断さを補い、的確な僕の思考力はSの思考の単純さを補った。僕らはお互いになくてはならない存在だった。


 いつも考えなしに行動するSはPに対し我慢の限界らしく


「ちょっとPと話してくる」

と僕に言った。


 その頃僕は、僕がこの会に初めて来たときに一緒にこの会に来た若者たちの多くがこの会の秘密(法に触れることをしている事)を知ってしまい、警察に言うと言ったためPに殺されていたと知った時期であった。


 だから僕はあまりSを強くは引き止めなかった。しかし

(俺は裏切り者には死を、歯向かうものには制裁を、悪人には刑罰を与えるんだ。)


 以前のPの言葉を思い出し、僕はSの身を案じ、Sを急いで止めに行った。


 しかしどこを探してもPの姿もSの姿が見当たらなかった。

 

 バキューーーン!


 その時何かを貫く銃声が聞こえ僕はとっさに最悪の状態を想像し背中に汗をかいた。

 僕は急いで自分の拳銃を構え、銃声が聞こえた部屋に向かった。


 そして焦るあまり勢いよく銃声のした扉を開けると、僕の目には銃を持つPの姿と頭から血を流し倒れているSの姿が映った。


 僕は一瞬にしていつもの鋭い思考力を失った。

 そして自分の呼吸と瞬きをも忘れ、どす黒い赤色が僕の目の前に広がっていくこの目の前に広がる悪夢のような現実を受け止められなかった。


「始末しておけ」


 Pは悪びれもせず僕にそう告げた。Pは拳銃を床に投げ捨てると僕の肩をポンと叩いて部屋を去った。Pの手は暖かさがみじんも感じられないただの人殺しの手になっていた。僕が慕っていた昔の優しいPは、今や金にものを言わせ人を物のように扱うただの権力者となっていた。


 目の前に広がるどす黒い赤色が、灰となった僕の心臓を赤く染める。


――目には目を、歯に歯を。殺人には殺人を。


 もはやこの世に救い主はいない。いるのは金に溺れる支配者と金を集める悪魔の手下と、見せかけに騙される大バカ者だけだ。僕は一体何になるのか?


 僕はすっと目を閉じた。


――僕は義に飢え乾いた、正義を求める反逆者になる。


 僕は床に落ちているPの拳銃と自分の拳銃を両手に持ち外に出た。

 Pはたくさんの大バカ者に囲まれ機嫌よく手を振っていた。とっさに僕はポケットに拳銃を隠しながら大バカ者の輪の中心へ向かう。


「うみさま!」


 人々は僕に気づき僕にひれ伏しながらPへ道を開けた。


「どうした?」


 Pは僕がポケットに手を突っ込み近づいたのを不愉快だと言わんばかりに眉を顰めて言った。


「……好きな聖書の個所は?」


 僕はか細い声でPに聞いた。Pは少し考えて


「義に飢え乾く者は幸いである。その人たちは満たされる。かな」


 と言った。満足げな顔をするPへ歓声と拍手がわく。


「うみさまはどこなのですか?」


 十字架のネックレスをした女が僕に聞いた。

 僕はPを見ていった。


「目には目を、歯には歯を。殺人には殺人を」


 そしてPに銃口を向けた。


 次の瞬間、僕の目の前から光が消え、僕の影はなくなった。

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