四話

「大変だ」


 ある日顔色を変えてPが会の扉を開けて入ってきた。


「どうしたのですか?」


 みんな次々に立ちPに駆け寄る。

「……金が……盗まれた……」


 Pは金庫の方を見ながら顔を青ざめさせて言った。


「そんな……」


 みんなは絶望して顔を曇らせた。


「金庫がある部屋は厳重にカギをかけている。だから部外者は入れないことになっている」


 Pは険しい顔をしながら言った。


「それって……」


 会の人たちが複雑な表情を浮かべPを見る。


「つまり犯人はこの会の中の人間だ」


 Pの言葉に僕はショックで俯いた。金庫の金は法に触れてまで集めている金。盗んだ奴も金を集める苦労はきっとわかっているはずだ。


「実は金庫の近くには防犯カメラが設置されている」

 

 Pのその言葉で一人の肩が揺れた。


「それを見れば犯人が分かる」


 Pは明らかに動揺し始めた一人を見つめながら言った。みんなはそいつへ軽蔑の眼差しを向ける。


「ちょっと来い」


 Pはその人の肩を叩き奥に連れて行った。その時のPの顔は僕が今まで見たことがないほど恐ろしい鬼の形相だった。


「さあ、みんなは自分の持ち場に戻って」


 幹部の一人が声を上げみんなそれぞれの作業に戻った。

 その日の夕方僕はPに少し話があるから残ってくれと言われた。

 だから僕は会の人たちが帰った後も僕の分担であるパソコンの作業をしていた。


「待たせたね」


 扉を開けて入ってきたPは僕の机にジュースを置いた。


「お疲れ様、よかったら飲みながら聞いてよ」


 そう笑顔でPは言うとPも缶ジュースをプシュッと勢いよく開け喉を鳴らしながら飲んだ。僕はPの顔を見て一瞬、さっきのPの鬼の形相を思い出したが忘れるべく僕も缶ジュースを開けて飲んだ。


「うみに頼みたいことがあるんだ」


 少し疲れた顔をしたPが僕を見て言った。


「聞いてくれるかい?」


 僕の手を握りながらPは真剣な顔をして言った。

 僕はこくりと頷いた。


「さっきのお金の件なんだけど」


 Pは僕から手を放し椅子の背もたれに寄り掛かった。


「お金を盗んだのはやっぱりKだった」


 Kとは先ほどPに肩を叩かれ呼ばれた人だった。


「そこでどうしてもPにしか頼めないことがあるんだ」


 僕は少し厭な予感がしつつもPの話を聞いていた。


「Kの始末を頼めないか?」


 Pのその言葉に僕は驚き、大きく目を見開いた。


「もう殺ってはいるんだ。Kの遺体をどこかに埋めるか流すかしたいのだが、俺は警察にマークされているからこの会の外に出ると警察にばれる危険性が高い。そこでまだ警察にマークされていなくて、俺がこの会で一番信頼しているうみに頼みたい。どうだ? やってくれるか?」


 僕は頭が真っ白になった。


――Pが人殺し……?

――そして僕は人殺しの加担者になろうとしているのか……?


 この会は殺人免除法をなくすために結成されているのに、この会の中で人殺しが起こっているのか?

 そんなのおかしくないか……?


「うみの気持ちはわかるぞ」


 Pの言葉に僕は心を見透かされたのかと驚き顔を上げた。


「確かに人殺しは犯罪だし、やってはいけないことだ。俺たちは殺人免除法を撤廃させるためにこの会を結成した。そんな会の中で人殺しを行うことはおかしいことかもしれない」


 Pの僕の心の読みの正確さに僕はまた驚いた。


「しかし、この世の中を変えるためには少しの犠牲はしょうがないんだ。仲間同士仲良くウフフオホホとやっていたって世の中は何も変わらない。反逆者や裏切り者を野放したら絶対に後で俺たちの脅威となる。芽は摘んでおかなければ、僕たちのこの志は叶えることが出来ない。だから俺は裏切り者には死を、歯向かうものには制裁を、悪人には刑罰を与えるんだ。そうでなければ正義は貫けない」


 PはKを殺した手で僕の両肩をつかむ。


「うみもわかってくれるよな? 俺たちが実現しようとしていることは世の中のためになる正しいことなんだ。だから俺らの正義に歯向かうやつもいて当然なんだよ」


 話すごとにPの手の力は強くなる。


「やってくれるよな?」


 僕はPの見事な大演説に心を抜き取られ頷いた。

 そのPの言葉はまるで催眠術のようだった。


 それからの僕はPの言う通りに行動する操り人形となった。


 僕はKの遺体を燃やした。Kの遺体は灰となり、燃え盛る炎を見ていた僕の心も灰になってしまったようだった。

 その後Kの家族からKの捜索願いが出されても僕たちは知らないと一点張りで結局その事件は未解決まま捜索は打ち切りとなった。僕らはKの遺体がない形だけの葬式にも呼ばれたが、その時Pはぼろぼろと悔しそうに涙を流していた。


 僕にはそのPの涙が心の底から流れ出る、仲間をなくした正義の味方の涙のように見えた。


 その涙を見て僕はますます正義の闘志を燃やし、またより一層この会の活動に積極的になっていった。

 僕は洗脳という言葉が似合ういいカモになったのだった。

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