最終話 雷記念日


 ~ 六月二十六日(金) 雷記念日 ~


 ※阿諛追従あゆついしょう

  ゴマすったり、へこへこ言いなりになったり



 友情が恋に変わって。

 友達が恋人になるまでの道しるべ。


 準備してあげたものは。

 たった一つの標語だけ。


 『俺たちが無理にくっ付けるのは逆効果』


 この標語さえあれば。

 恋の駆け引きなんて簡単で。


 逆効果になると言っているこいつをさらに逆にすれば。

 ほらこの通り、簡単に。


 幸せカップルの出来上がり。



 …………さて。

 その件について聞いておきてえんだが。



 俺は、失敗ばっかしてたのに。

 なんでうまくいったんだ???




 ~´∀`~´∀`~´∀`~




 やたら蒸し暑い。

 でも心には。

 涼風がそよいでる。


 そんな梅雨の午後。

 すぐ前の席にも聞こえねえほど小声で。


 幸せカップルが生まれたことについて。

 俺たちは、ずっと話し込んでいた。



「だ……、大興奮のお昼休みだった……」

「お前、やりすぎなんだよ。拡声器使って大々的に叫びやがって」


 お昼休みの屋上にいた皆さんの視線を避けるかのように。

 甲斐ときけ子が俺たちに報告してくれためでたい話し。


 この前の土曜日。

 二人で恋愛映画を見に行って。


 その内容にドキドキしたまま。

 一緒に夕ご飯を食べて。


 夜景の綺麗な高台の公園に行くと。

 どちらからともなく。

 お付き合いしようと口にしたとのこと。


 ……でも、そんな話を。

 しばらくは内緒にしてくれって甲斐が言ったのに。


 自分の叫び声のせいで何も聞こえなかったこいつ。


 舞浜まいはま秋乃あきのは。


 校庭に向けてトラック作りの指示を出してた先生から拡声器奪い取って。


 二人の交際を、校内どころか。

 近隣住人にまで宣言しちまった。


 そして、我が校自慢のお調子者たちが。

 窓を開けて、一斉に拍手して。

 お祝いの言葉を口にするという珍事に発展したところで。


 ……俺が職員室に呼び出されたんだが。


「不条理だ」

「こ、声。似てたの……、かな?」

「そんなわけあるかい」


 まあ、こんなめでたい事があったのに。

 目くじら立てるのも無粋。


 説教されて、昼飯も食えずじまいだったことは。

 綺麗さっぱり水に流そう。



 それよりも、だ。



「結局……、なんだか分からねえ間に勝手にくっ付いてくれたな」

「勝手……、じゃ、ないけど?」


 ん?


「保坂君の、作戦通り」

「え? なに言ってんだお前?」


 俺の、『押してもダメならどんがらばったん引いてみろ作戦』。


 上手くいかなかったんだけど?


「ってかさ。お前もイヤだって、協力しなかったじゃねえか、悪口言うの」


 こいつがなに言ってるかよく分からねえ。

 寄った眉根を自覚しながら文句言ってみたら。


 どういう訳やら。

 くすくす笑い始めやがった。


「何が可笑しい」

「あの、ね? 作戦の説明してくれた時、『押してダメなら押させればいい』って言ったの、覚えてない?」

「ああ。確かに言ったが」


 その流れで、お前にウソついて悪口言えって指示したら。

 ケンカになったんだ。


「だから、私はね? 私達が二人の仲を取り持つんじゃなくて、あの二人が仲を取り持つ側になればいいんじゃないかなって思ったの」

「…………ん?」

「だから、保坂君とケンカしてみたの」


 おお、まじか。




 ……え?




 ええええええええええええ!?




 マジか!!!

 じゃあ今までの、全部演技だったの!?



「全然気が付かなかった! 俺、ガチでへこんでたのにバカみてえじゃねえか!」

「気づいてると思ってた……。ごめんね?」


 悲しそうに、申し訳なさそうに。

 舞浜は小さく手を合わせて来るんだが。


 いや、そういうことなら謝るには及ばねえ。


「なんだ、安心した。だったらいいよ、気付いてやれねえで悪かった」


 俺の『褒めるんじゃなくて悪口言う作戦』と並行して。

 お前の『仲を取り持つんじゃなくて仲直りさせる側に仕向ける作戦』が同時進行してたんだな?


 二人がケンカしながらも毎日ずっと話してたの。

 その作戦のおかげだった訳か。


「……凄い、ね、保坂君。名指揮官」

「いやいや、お前の方が凄いって。それに、指針くれたの、ばあちゃんだし」


 俺は何もしてねえ。

 って言うか。


 俺自身の作戦は、から回ってばっかりだったし。


 しかも。


 お前から嫌い宣言された件について。

 ずーっと悩みっぱなしだったし。



 そう。



 表面には出さなかったけどさ。


 実は毎日。

 夜も眠れねえで呻いてたこと。


 凜々花だけは知ってる。



 ……まあ、そのことは言うのやめとこう。

 かっこわりいから。



「で、でも、気付いてると思ってた……。保坂君、頭いいし」

「悪かったな、気付けなくて」

「ううん? 悪かったの、私……、よ? どうすれば許してくれる?」


 こいつ。

 本気で泣きそうな顔してやがる。


 安心させてやらねえといけねえな。


 生涯、最大級にショックな言葉食らって。

 この二週間まったく回らなくなっちまった頭脳を。


 今なら、お前が評してくれた通りに。

 高速回転させてやれるっての。


「……おお、すげえ。やっぱ年の功だな、ばあちゃん」

「?????? ……え?」

「追うんじゃなくて追わせる側にすりゃあこうなるんだな?」

「どういうこと?」

「ウソに決まってんじゃねえか。お前を追う側にしてみただけだ」


 よし、これはうまくいったな。

 舞浜の奴、途端に膨れて。

 にらんできやがった。


「……なんか、悔しい」

「お前じゃ俺に勝てやしねえよ」


 ほんとは負けっぱなしな俺だが。

 ここは強気で通そう。


「私が追われてみたい……、かも。大切なお友達に追われるって、いい気分?」

「まあな。でも、お前にゃ無理だ」

「そんなことない……、よ? また、引いてみれば……」

「逆のことする気か? ああ、そりゃ慌ててお前にすがるかもな。ウソついて、俺の悪口言いふらす気か」


 ケンカのフリの間。

 体に沁みついてた、売り言葉に買い言葉。


 せっかく頭の回転が速くなったってのに。

 調子に乗って、つい。


 この二週間。

 ずっと後悔し続けたってのに。



 ……禁句を。

 口にしちまった。



 舞浜は、あっという間に柳眉を跳ね上げて。


 椅子を跳ね飛ばしながら立ち上がると。

 轟雷のごとき剣幕で叫び出した。


「また言った!!! 何でそんなこと言うの!? ウソも悪口も、私、言いたくなんて無いのに!」

「うわっ!? す、すまねえ舞浜! 今のは冗談で……」

「立ってなさい!」

「わ、分かった!」



 やっちまった!



 でも、廊下に出るだけで舞浜の機嫌がなおるとは思えねえ!


 いつぞやと同じ。

 目ぇ見開いて、みんなが息飲んで見つめる中。


 自分の歩みのせいで。

 どんどん離れていく舞浜に。


 なんとかこっちを向いてもらいたい。



 ……ああ、なるほど。

 離れられると。

 追いたくなるってこういうことか。



 扉へ手をかけたとこで。

 俺は覚悟を決めた。


 阿諛追従あゆついしょうなんて。

 そんなおためごかし、余計怒らせるかもしれねえ。


 でも。



 なりふり構っていられねえ!!!



「もう、ウソつけとか悪口言えなんて言わねえから! 機嫌直してくれ!」


 だから、そうやって俺をにらむな!


「勉強も分かりやすく教えてやるし、おかずもちゃんと作って来てやるから!」


 だから、氷みてえな仮面外してくれ!


「あと、映画な? あれ、連れて行ってやるから! 他にも行きてえとこあったらどこにだって連れてってやる!」


 だから、思いっきり膨らませた頬。

 急にすぼめて、プーって吹き出すな!!!



 …………あれ?

 なんだ最後の?




「あはははははははははははは!!!」




 え?



 なに、その爆笑。



 ……うそ。



 は?



「ま、まさかてめえ……」

「うん。……怒ったの、演技……、だよ?」

「まああああいはあああまあああああああ!!!」



 て、てめええええ!

 怒りに任せて胸倉でも掴んでやりてえとこだが。


 そもそも、同じ手使ったの俺だし。

 あまりの安堵感に膝から崩れて立ち上げれやしねえし。



 ああもう。

 勘弁してくれよほんと!



「……舞浜。よく分からんが、お前も立ってろ」



 で、先生に言われて。

 のこのこ近づいてきた舞浜に。


 手ぇ引かれて。

 廊下に出たんだが。



 ……すげえ困った。

 ここまでおちょくられたことねえから。


 なんて言ったらいいか分からん。


「……なんだよ。結局俺のこと、廊下まで追っかけて来てるじゃねえか」


 俺が引かれて出て来たってのに。

 我ながら。

 変な売り言葉。


 でも、舞浜は。

 律義にこいつを買ってくれた。


「どっちが追いかけたんだろう……、ね?」

「…………ちきしょう。厄介なテクニックだぜ」


 顔も見ねえで。

 ため息つくと。


 こいつは。

 手紙を見てもいねえのに。

 正解を口にした。


「これ……、恋のテクニック?」


 だから俺は。

 こいつが、多分、心底嫌がってる。


 『ウソ』をついてやることにした。




「……そんなんじゃねえ」

「じゃあ、なに?」

「友達になるテクニックに決まってんだろ」




 見えやしねえが。


 俺には。


 舞浜が、心から嬉しそうな顔してることが手に取るように理解できた。




 秋乃は立哉を笑わせたい 第3笑

 =恋のお手伝いをしよう=


 おしまい♪




 …………あと。


 初めて見れた、舞浜の無様な笑い顔。



 予想に反して。



 可愛いかった事が腹立たしい。

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秋乃は立哉を笑わせたい 第3笑 如月 仁成 @hitomi_aki

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