どんぐりころころ[KAGIRO's killertune Remix]

かぎろ

Track 1



     どんぐり



     ころころ



     どんぶりこ





     おいけに はまって





 さあ大変どころの話じゃあねえ。満身創痍の体に池の水が沁みる。だが、これでいい。奴から逃れるにはこれしかない。崖からころころ落下し、この池にどんぶりこと沈んだおれがそのまま浮かんでこなければ、奴はおれが死んだと思い込むはずだ。そうなればおれは助かる。復讐の機を窺うことができる。おれは奴をより確実に欺くため、被っていた帽子を外してあえて浮かび上がらせると、自分は池の深いところまで潜水した。さすがに息が苦しいが、そこは殺し屋として培った技術でカバーする。水辺に群生していた草に身を隠しながら限界まで息を潜め、頃合いを見て頭だけを出した。


「ぷはッ! はあッ、はあッ、はあッ……」


 崖の上を見上げる。奴の姿はない。どうやら作戦成功だ。

 池の縁に自分の身体を引っ張り上げる。水を吸った服が重く張りつく。可能な限りシャツを絞り、頭を振って濡れた髪の水滴を落としてから顔を上げると奴がいた。


 ドグマ・ジョー。

 巷で噂の殺し屋殺し。

 シティの殺し屋たちからは忌み嫌われ、そのひょろりと伸びた口ひげにちなみ、侮蔑を込めてこう呼ばれている。

〝ドジョウ野郎〟





     どじょうが でてきて





「コンニチハァァアーーーーッッ!!」


 叫びながら、奴がガトリング砲を乱射した。咄嗟に岩陰に身を隠したおれの耳を銃弾が掠める。全然騙せてねえじゃねえか、くそったれ……! おれはけたたましく鳴り響く射撃音に顔をしかめながら、岩陰で手持ちの武器を確認する。ハンドガンは弾切れ。使えるものはコンバットナイフのみ。わかっちゃいたが、ヘヴィーな状況だぜ。


「おい出てこいよ、タマ無し野郎! いや、一応ドン・グリードと名乗っているんだったか? どっちにしろ肝が小さいんだよ! タマ無しドングリ野郎がよおお!」


 クソが! 言いたい放題言いやがって。ネーミングセンスなさすぎなんだよ、ボケが。

 と、射撃が終わった。一瞬安堵したのも束の間、おれは弾かれたように飛び出す。ヤバイ。たぶん手榴弾か何かが飛んでくる!


「ぼっちゃん! 一緒に! あーそびーましょおおおお!!」


 BOMB!!

 今さっきまで隠れていた岩が爆破されるのを背中で聞きながら、おれは全速力で奴の方へ、ドグマ・ジョーの方へと駆ける。もう隠れる場所はない。突っ込むしかねえんだ。ドグマ・ジョーは忌々しい灰色のボサ髪と眼鏡ヅラのまま、狂ったように笑いながらガトリングを再びおれへと向けやがる。

 殺し屋殺し。中央政府に雇われた、罪人の抹殺者。

 その実態がこれだ。政府公認の正義に溺れて殺戮を愉しんでいる。まったくのイカレ野郎だぜ。


 それを言ったら、おれも大概、イカレちまってるが。

 なんたって、こんな、策とも言えねえ策に賭けようってんだからな。


「喰らえやオラァッ!!」

「ぐおっ!?」


 おれは予備動作なしで、手元のをブッ飛ばした。

 ドジョウ野郎の眼鏡にHIT! 見事に割れて隙をつくる。


「死ねやァッッ」


 コンバットナイフが奴の鳩尾をグッサリ貫いた。

 奴の吐いた血反吐が肩にかかる。汚えな。


「おま、え……。何を、した……」

「あ?」

「目潰しを投げてくる動作など……見せなかった……」

「はあ? おまえ、殺す相手の調査もしてねえの? だから殺されんだよ。ま、冥土の土産に教えてやるよ……」


 おれは殺し屋。偽名はドン・グリード。

 身長が低いから、シティの同業者の中には舐めてきやがるゴミ共もいるが、そいつらにはもれなくこいつをお見舞いしてやってる。

 握った銃弾を親指で飛ばす。

 親指の力が異常に発達してねえとできねえ芸当だ。

 が、今のおれは銃弾なんざ持っていねえ。ハンドガンは弾切れだ。

 なら何を飛ばしたのかって?

 けっ……笑ってくれるなよ?


だ。散々馬鹿にしたドングリ野郎に殺される気分はどうだ? ……って、もう聞こえちゃいねえか」


 おれは激痛で失神したドグマ・ジョーからナイフを抜くと、恨みを込めて蹴り飛ばした。死んだドジョウ野郎は、打ち上げられた本物のドジョウのようにビクビク痙攣してやがる。


 どっと疲れがきて、おれはよろめいて座り込んじまう。高揚を落ち着かせようとマルボロを探すが、池に落ちた時にシケちまって話になんねえ。舌打ちしながら空を見上げると、快晴だった。ちぎれ雲がひとつぽっち浮かんでいるだけだ。なんだかガラにもねえが、故郷の空とおふくろを思い出す。この空を死んだおふくろにも見せてやりてえってのは、感傷が過ぎるかな。

 ガキん頃、おふくろはよく童謡をうたってくれたっけ。

 ……懐かしいな。

 そう、こんな歌だった――――





〈了〉

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