SIX 海と山とどっちに行きたい?
僕と
静けさ、っていうのは大切だ。
そもそも今のアパートの賃貸契約をする時、大家のおばさんはいい顔しなかった。
「若い男と女の同棲なんて、うちの壁の薄い部屋じゃご近所迷惑だわね」
日常の生活音だけでなく男女の営みの声も想定してのことだったろうから、僕は一応伝えた。
「あの。僕は病気でそういうことのできないカラダなんです」
「あらそう。ならいいわ」
僕らふたりは静かなものだ。
縁美も僕もテレビでお笑いを見てもせいぜいくすくす笑う程度だしじゃれ合って猫撫で声を出すこともない。
だから休みの日にしたって常と同じに静かに過ごしたいんだ。
「
「唐突だね。考えたこともなかった」
「わたしは山派だよ」
「へえ。なんで?」
「実家にあったピアノがYAMAHAだったから」
数秒間を置いた。
そのあと、僕は大笑いした。縁美も珍しく言った冗談が僕にウケたのでいつものくすくす笑いじゃなくてけらけら笑っている。
誰もいない大自然にもう来ているからたまにはこれくらい笑ってもいいだろう。
僕らの街のいいところは、ほんの少しバスに乗るだけで海にも山にも行けるところだ。今日来てるのはそのどちらも満喫できる小高い山の麓にある海岸。
ただし、サーフィンができるような場所でもなく、ほぼ人がいない。遠くの防波堤に釣り人が何人かいる程度。
「海は静かじゃないと」
「ああ、あの映画だね」
ふたりしてずっと前にレンタルで観た『あの夏、いちばん静かな海』っていうとてもいい映画があったんだ。
乾いた砂浜じゃなく波と雨とでしっとりした砂地を歩くと白い花びらのふちが淡いピンクの小さな花が咲いてた。
「蓮見くん。すごいよ。こんなところに花が」
「ほんとだ」
「うーん。悔しいなあ・・・花の名前とか観てすぐわかったらなあ・・・やっぱり高校行っときゃよかったかなあ」
「高校行ったって分かるとは限んないでしょ。なんだったら帰りに花の図鑑でも図書館で借りてく?」
「いいね、蓮見くん。わたしより乙女っぽいね」
高校の話が出ると僕はちょっとだけ苦しくなる。僕は僕の事情で中卒で就職したわけだけど、縁美はまるで僕に付き合うみたいにして高校受験をやめたから。
本人はそんなことないって怒るぐらいに否定するけど。
「さて、蓮見くん。さっきの質問の続き。蓮見くんは山派?海派?」
「ほんとは海派なんだけど・・・うーん・・・」
「なんでそこで考え込むの?」
「海派だとYAMAHAなんて答え返せない」
「あははははっ!」
縁美が笑うと幸せになる。
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